第80話 スターゲイジーパイ

「本当に、戦えるの?」


 その言葉に、ウィンの身体がピクリと動いた。小さく口を開け、視線が左に泳ぐ。

 わかっているのだろう。口で簡単に言って、乗り越えられるようなことではないと──。


 ウィンは視線を左にそらしたまま沈黙。しばし時間が経った。

 そして、迷いがあるのだろう。しどろもどろになりながら斜め下を向いて言葉を返す。


「今はまだ、分かりません。けれど、いつまでもこのままガルド様が戦っているのに何もできないなんて嫌です。ガルド様が戦うなら、私も戦いたい」


 言葉に、強い意志が感じられた。ウィンの目も、さっきより力があるものになっている。

 その意思は、尊重していきたい。


「わかった。でも、これだけは言いたい」


「なんでしょうか」


「いくら力があるとはいえ、ウィンにはブランクがある。体の感覚が戻ってなかったりでうまくいかない可能性だって十分にある」


「そ、そうですね……」


 ウィンがコクリとうなづいた。これは冒険者の復帰勢でたまにある構図だ。

 何年もブランクがある冒険者が、いまも全盛期の実力があると思い込んでその時の感覚でやってしまう。その結果、体がついていかずに大怪我をする。


「だから、いきなり強い敵とではなく、弱い敵と戦ったりして少しずつ調子を上げていこう。サポートはするから」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 そう言って、ウィンは頭を下げる。


「大丈夫。意欲はあるんだし、ウィンなら絶対できるよ」


 少しでも前を向けるように、前向きな言葉をかける。

 ウィンの表情が、どこか明るくなった。


「お客様、スターゲイジーパイでございます」


 そんな話をしていくうちに、料理が出て来る。

 出て来た時に見た目にはいったその名称に、思わず驚いてしまった。


 ──グロい。


「お待たせしました」


 ウェイターさんが、そのパイを運んできた。

 そして、外見に言葉を失う。


 イメージしていたものとは、全く違う。


 大きな皿に2人分の茶色いパイ生地があって、そこまではいいのだが──。

 そこから何匹かの魚が天を見上げるかのように刺さっているのだ。


 何というか、グロテスクな外見。

 予想から大きく逸脱した物を目撃して、言葉を失う。


「とりあえず、食べよう」


「──はい」


 俺とウィンが、恐る恐る料理に口を付ける。そうだ、味は大丈夫だとウィンは言っていた。

 果たして、食べられるものなのだろうか。


「見た目ほど、まずくはないね……」


「それは分かります」


 ちょっと生臭いけれど、カボチャが入っているのかほんのり甘みがあったり、ジャガイモやパイ生地、魚の味が良く合わさっていて決して食べられないわけではない。


 ただ、やはりグロテスクな目ためのせいで──あまり食欲がわかない。


「次からは、外国の料理の店に行こう」


「そうですね……」


 ウィンが大きくため息をついて言葉を返す。

 なんとか料理を食べきった俺たち。食事を終えて、会計。

 涼しい夜風が頬にあたる夜。


 タツワナは、王都でありながら田舎町特有のひっそりとした雰囲気を持っている。

 ゆったりとした、ごみごみしない空気が心地良い。


 帰り道でも、ウィンに復帰を見据えてのアドバイスをした。


「特に息が上がりやすかったり、体がうまく動けなかったりが多い。いきなり全力を出す必要はない。まずは今の実力を知ることから始めていこう」


「ありがとうございます。とても参考になりました」


 ウィンは興味津々そうに聞いていた。

 復帰の件。本格的に復帰をするのはまだ先だと思うけれど、ウィンがそう言ってきたというのはうれしい。

 何とか、ウィンの気持ちに答えていかないと。



 それから、一端ウィンの実家に戻る。


 玄関を開けるなり、マリーさんが対応してくれた。


「おかえりなさい。2人の部屋を用意してます。シャワーは、もうすぐでお母さんが終わるので、そしたらお入りください」


「そんな、最後でいいですマリーさん」


「いいんですか? わかりました」


 寝る部屋まで用意して頂いてるのに、先にシャワーを浴びるというのは罪悪感を感じる。

 風呂は最後に、ゆっくり入ればいい。


 ということでまずメイドさんに2人の部屋に案内してもらう。


 部屋は、シンプルながらも広さがある部屋。

 豪華さこそないが、清潔感があり地位のある家の部屋という印象。


 貴族だけあって、ベッドもそれなりにいいものを使っていた。

 ふかふかで、柔らかい。


「眠いです」


 ウィンが目をこすってそうつぶやくと、大きくあくびをする。

 考えてみれば今日は、長旅での疲れに両親との再会と体力的にも精神的にもいろいろあった。


「今日はゆっくりと休んだ方がいいな。寝よう」


「そうですね」


 とはいっても体を洗わないわけにはいかない。

 しばらくベッドで座って話をする。この街のこととか、ウィンから聞いた。


 みんな知り合いみたいな雰囲気で、平和的な一面があったとか。

 そんな話をするうちに、兄妹たちの入浴が終わり、俺達の番となった。


 流石にこの家で一緒に風呂に入るわけにはいかない別々に入る。

 貴族の家だけあって、風呂も広々としていた。


 そして俺達はすぐに布団へ。別々のベッドがあったが、ウィンがそれでは寝られないので、いっしょに布団に入った。

 真っ暗な寝室で、ウィンを抱きながら目をつぶる。


 ようやくのウィンの両親との出会い。

 しかし、両親はかなり厳しい人だとわかった。


 どれだけ説得しても、分かる気がしない。

 ウィンが戦えるようになって、立ち直るしか道はなさそうだ。

 ただウィン1人では厳しそうなのも現実。ウィン自身のためにも、何とか手助けをしていきたい。


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