第79話 一緒に食事

「いいや、それは明日でいいや。ちょっと、2人で食事しながら話したいし」


「いいんですか?」


 ロックが驚いて言う。確かにここで食べてもいいんだけど、旅にでて知らない街に言ったら一度はそこの文化や食生活に触れてみたい。


 それに、今日はウィンにとっていろいろあった日。2人で食事をして、色々話したいということもある。


「はい。街の様子も見てみたいし、今日はウィンと2人でどこかで食べに行きます。それでいい、ウィン。それとも、兄弟たちと食べたかった」


「──大丈夫です。ロックさん。みんなで食事は明日で大丈夫ですか?」


「気にするな。せっかく返ってきたんだ。楽しんできなよ」


「──ありがとうございます」


 ウィンが頭を下げる。さっきまでと比べると、わずかだがほっとしたような表情になっている。

 少しでも、元気を取り戻したのだろうか──。


 俺も軽く頭を下げると、マリーさんが玄関まで送ってくれた。


「ありがとうございます」


「いいえ──。両親が厳しいからこそ、助け合っていかないといけませんからね」


 そう言葉を返すマリーさんの表情は、まるで優しいお母さんのように暖かかった。

 この人たちは、本当にいい人たちだ。良い関係を築いていきたい。






 こうして俺達は夜の街に飛び出していった。


 向ったのは、街のメイン通りともいえる場所。

 がやがやとした人ごみ。活気のある大通り。買い物かごを腕にぶら下げたおばさんに、今日の食糧をバッグ一杯に詰め込んでいる男の人。


 賑やかで、活発。まさにこの国の王都といった感じ。

 こういう雰囲気が、俺は好きだ。


 クエストとかで地方に行ったときは毎回こうして大通りを歩いている。

 知らない街の雰囲気に触れて、その地の人と話したり、その地の名物を食べたりしていた。



 いつもクエストは命がけだから、こうして自分で息抜きをしていたのだ。


 今回もそうなりそうだ。ウィンを見ていたが、家にいた時よりも表情が明るくなっている。

 両親にあんな風に言われて、やはり精神的に傷ついていたのだろう。


 そういう時は外に出て気分をいったん切り替えるのが一番だ。


「嬢ちゃん。この肉買ってくかい?」


「この薬草どうだい。少し口にするだけで性欲がすごくなるよ。今日は野生に返って燃えなよ」



 いろいろ露店の客引き。嫌いというわけではないが、2人で話しながら食事というには向いていない。適当にあしらう。何というか、活気のある通りだ。


 そんな通りをしばらく歩く。

 ウィンとはぐれないように、手をつないで。


「いいお店、分かる?」


「あ、うわさで聞いた店があります。この街の名物料理がおいしい店。案内しますか?」


「わかった。そこに行こうか」



 そこからウィンが先頭に立って歩く。お願いされて使命感があるせいか、足取りが軽い。

 こうやって目的を持たせると、ウィンは前を向けるみたいだ。

 薄暗くて狭い細い通りをしばらく歩いていく。



 簡素な建物が不規則に連なる小さな通り。


 視線の先に、一軒の店があった。ウィンが俺の方を向いて、店の方を指さした。

 木造の、質素な家屋。けれど、看板に「レストラン・バルキ」の文字があり飲食店だということがわかる。


「あの店です」


「うん。ああいう雰囲気、悪くないね。入ろうか」


 そして俺達は店の中に入る。


「いらっしゃいませ」



 ウェイターさんがやってきて、端っこの2人掛けの席に案内された。


 ウェイターさんからもらった水を飲みながらキッチンの方に張り出されているメニューを見る。

 あった……以前ウィンが言っていたフィッシュアンドチップスに……げっ! マーマイトにウナギのゼリー。


 フィッシュアンドチップス以外は、グロい味だと聞いていた。

 興味はあるけど、やめておこう。


 でも、折角だから食べたことが無いような料理がいいな。そんな事を考えながらメニューを見ていると、一つの食べ物が視線に入る。


「スターゲイジーパイ?」


「はい、この街の名物なんです」


 これは、始めて聞いた名前だ。

 星を見上げるパイ。なんだかロマンチックな名前だな。きっと、その名にふさわしい外見をしているのだろう。


 味は良く分からないが、どんなものなのだろうか。


「食べてみますか? 以前食べたことはありますが、味自体はそこまで悪くなかったです」


「そうなの。じゃあそれにしてみよっか」


 そして、ウェイターの人を呼んで注文。


「了解しました」



 注文を終えて、ウェイターの人が去る。

 静かな雰囲気の中で、向かい合う2人。ウィンは、もじもじとした後ふんすと両手を強く握って、話しかけてくる。


「ガルドさん。私、決めたんです」


「何が?」


 その真剣そうな表情から、重要な事だろうと推測できる。

 ごくりとウィンが息を呑む。そして──。


「私、ガルド様と一緒に戦います」


 そういうことか。確かに、ウィンが認められるようになるにはそれが一番だ。

 今更、あの両親が考えを変えるとは思えない。しかし──。


「本当に、戦えるの?」


 その言葉に、ウィンの身体がピクリと動いた。小さく口を開け、視線が左に泳ぐ。

 わかっているのだろう。口で簡単に言って、乗り越えられるようなことではないと──。



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