第72話 ウィンの故郷


 ガルド視点


 クエストが夜まで立て込んで、帰りが遅くなった夜。


 帰ってきたら、ウィンと、この男の人がいた。

 ドアを開けた途端、ウィンが助けを求めるように俺に飛びついてくる。


「ガルド様。お帰りなさい──」


 飛びつくなり、助けをせがんできて、その目には涙が浮かんでいた。

 そして、見知らぬ男。


 何かが、あったのだろう。


 ウィンが、涙目で震えながら事のいきさつを説明した。

 ウィンの頭を優しく抱きしめ、髪を解きほぐす様に撫でる。


「怖かったね、ウィン──」


「……は、はい」


 返ってくる言葉が、震えていた。よほど怖かったのだろう。

 そして、ウィンを抱きしめながら視線を男に向けた。


「お前、何者だ。ウィンの一体何なんだ」


 サングラスをかけて黒いスーツを着た男。



「俺の名はレナート。タツワナ王国で、特殊憲兵として貴族リスト―ル家の名を受けウィンを回収しに来た」


 特殊憲兵──、なんだ? 普通の兵士と違うのか?

 そう考えているとウィンが耳打ちしてきた。


「特殊憲兵というのは、タツワナ王国で秘密裏に働く憲兵のことです。暗殺や目的の人物の拉致、敵対集団への裏工作やスパイなど王族や貴族たちが表立ってやれないことを行うエリート集団といった所です。

 あと、リスト―ル家は、私の家です。恐らく、家長の父が彼をここに向かわせたのでしょう」


 なるほど──。裏社会に精通した集団ってことか。

 だからウィンの職場も特定できて、うまく1人になったところを待ち伏せすることができたのか──。手際もいいわけだ。


「ウィンを、取り返しに来た。帰ってもらうんだよ、タツワナ王国に──」



「ダメだ。勝手なことはさせない。ウィンの意思を無視してそんなことをするなんて、絶対間違ってる」


 俺はウィンの前に立ちはだかる。相手が誰であろうと、ウィンの心を無視するなんてこと絶対に許さない。

 レナートは、俺を指さして言葉を返す。


「どうせ性欲目的でウィンを拾ったのだろう。わかっている。綺麗ごとを言おうと、女を拾って住まわせて──やることはそれしかない。だから、ウィンを返してもらう」


 レナートの言葉。それは火事の家に油を注ぐようなものだ。

 確かにそんな奴だっていた。


 それでも、ウィンの尊厳を踏みにじる言葉の数々に、怒りを爆発させる。


「いい加減にしろ!! そんなことはない。お前達とは違う。俺は、ウィンをそんなふうに扱って時はいない。一人の人間として、俺なりに大切にしているつもりだ。使えるとか、使えないとか、ウィンは、お前たちが機械のように使っていいものじゃない」


 毅然と言い返す。

 ウィンは、物なんかじゃない。感情を持った、心を持った人間なんだ。そんなふうにウィンを扱うというなら、絶対に絶対に──ウインは渡さない。


「ウィンをそういうふうに扱うのなら、絶対に連れていかない」


 ウィンは、ぎゅっと俺の腕を掴んで俺の方を見ていた。

 涙目を浮かべ、何かを訴えるようなまなざし。


 大丈夫。ウィンを、ひどい目になんか合わせない。

 そんな決意で、レナートをにらみつける。

 レナートは、クイッとサングラスを持ち上げた後に言葉を返す。


「お前がそう思うなら勝手だ。しかし、ウィンを欲しているのは家族だけじゃない。兄弟も、ウィンの帰りを待っている」


 兄弟。貴族ともあれば当然跡取りのことも考えてるので存在しているのだろう。

 そして、ウィンの表情が変わる。


「お兄さんお姉さんが、ですか?」


「そうだ。皆、家の存続のために最善の努力をしている。お前とは違ってな。皆、お前に会いたがっている」


「お兄さま。お姉さま……」


 しょんぼりとしたような、複雑な表情をしている。


「どんな関係だったの?」


 そっと問いかけると、ウィンは俺から視線をそらして言葉を返す。


「私のことを、想ってくれていました。両親とは違って……。今はお兄さんたちは政治を担い、お姉さまは王族に嫁いでいます。会って、またいろいろ話したいという気持ちは……あります」


 ウィンの心に迷いがあるというのを感じる。

 レナートは、最後の背中を押す様に言葉を足した。

「身の安全が心配だというのなら、この男と一緒に来ればいい。どのみち、この家のほかに身寄りなんてないのだろう。このまま、この男以外と関係を断つつもりか? 両親からも、兄弟からも逃げ続けるつもりか?」


「そ、それは……」


 戸惑ってしまい、答えを出せないウィン。確かに、どこかで向き合わなければいけない問題なのだろう。

 どのみち、このまま逃げ続けるのもウィンにとって良くないと思う。


 今なら、俺がついている。何かあった時、ウィンの力になれる。

 それなら、今行くしかないということか──。

 タツワナ王国へ。


「わかった。一緒に、タツワナ王国へ行こう。それで、いいんだな?」


「ああ。両親も兄弟も、それを望んでいる」


 こうして俺とウィンはウィンの故郷であるタツワナ王国へ行くこととなった。


 正直、行ったことはない。初めての土地となる。

 おまけにウィンの両親との出会い。


 どんな事が待っているのか、とても気になる。

 当然だが、両親は俺のことをよくは思ってくれなさそうだ。場合によっては、変な誤解を招いてウィンと二度と一緒に居られなくなることだってあり得る。それでも、精一杯手を尽くすしかない。


 ウィンと別れるなんて、俺は絶対に嫌だ。ウィンだって、悲しむだろう。

 だから、行くことにした。会うことにした。


 ウィンの故郷へ、ウィンの家族の元へ。


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