第70話 謎の、来客

 ウィン視点


 ニナさんと出会ってから数日後。今日は、喫茶店で仕事。

 忙しい昼食時が終わり、3時くらい。

 みんな、お茶目的だったり、おやつ目的だったりで甘いものやコーヒーなどを頼んでゆっくりしている。


 どこかゆったりとした雰囲気が流れていた昼下がり。


 最近、指名される数が増えた。

 自分が必要とされている感じがして、嬉しい。今もご指名してくれたお客様がいて、その会計中だ。


「ありがとうございました。ご主人様」


 お客さんが、デレデレ笑いながらぺこりと頭を下げた。私も、しっかりと頭を下げる。


 自分が必要とされている感じがして、ちょっと誇らしげな気分になる。もっと、私を必要としてくれている人が増えるといいな。

 そんな、浮ついたような気分で厨房に戻ると──。


「アンナさん、どうしたんですか?」


 休憩から戻ったばかりのアンナさん。

 壁越しに隠れて、じっと警戒したような目つきで外を見ている。


 何があったのかな……。


 私が質問をすると、アンナさんはいそいそと厨房へ移動。

 もう一度、首をかしげて窓の向こうに視線を置く。


「あの馬車、良く店の前で止まるのよね」



 アンナさんの話によると、私がいないときも、あの馬車は時折店の前でストップして、しばらく動かない。


 そして、中にいる人がじーっとこっちを見てくるのだとか。


「それ、私も思ってた。ちょっと、怪しいよね」


 同じく厨房に戻ったレーノさんも、口をはさむ。

 そうだったんだ、ちょっと怖い。


 今、店長の人もいないし──。


「まさか、ストーカーか何か?」


「あり得るわ。警戒──」


 レーノさんがそう言いかけたのをやめる。


「ちょっと、中の人こっちに来る」


 レーノさんの言葉に、あたしの身体が震えだした。

 物陰から隠れて入口を見るとサングラスをかけて、黒いスーツをピシッと決めている人が、こっちに近づいてくる。


 ど、どうしよう──。


 すると、私の前にレーノさんがパッと手を出す。


「私が出る。二人は奥へ行ってて」


 私も、アンナさんも体を震わせながら厨房の方に隠れる。


「あ、ありがとうございます」


 ちょうどほかに、お客さんはいない。

 私達は、物陰からレーノさんを見守る。



 カランカラン──。


 ドアが開いて、鈴が鳴る。


 男の人が入り口に入ると、レーノさんがニッコリと笑顔を見せ、ぺこりと頭を下げた。


「いらっしゃいませ。どんなコースにしますか?」


 男の人はレーノさんの質問に答えない。サングラスをくいっと上げると、レーノさんに質問をしてきた。




「ウィンって女の子を知っているか?」


 男の人が発した言葉に、私の心臓が、止まりそうになった。

 目的は私だったんだ──。


 自然と、体が震える。怖い──怖い──。

 そんな感情が、私の心を支配し始めた、そんな時──。


「大丈夫。私が、守るから」


 アンナさんが、震える私の肩をぎゅっと握ってくれた。

 アンナさんの、柔らかい手。とっても、頼もしく感じる。アンナさんだって、怖がっているのに──。


「ありがとう、ございます」


 私は、アンナさんと一緒に厨房の物陰からのぞき込み、レーノさんと男の人の話を聞く。

 レーノさんは威圧感さえ感じる男の人相手に、腕を組んで微動だにしない。


「そんな人、知らないわ。人違いかなんかじゃないかしら」


 表情を崩さず、きっぱりと言い返した。


「大丈夫ウィンちゃん。レーノは外見は子供っぽいけれど、こういうことはしっかりしているし、ウィンちゃんの事、よく考えているから」


 アンナさんも、自信をもってそうつぶやく。

 私も、レーノさんがここで折れるような人じゃないというのは知っている。いつもは猫をかぶっていても芯があって、私達のことを決して裏切ったりしない。


 先輩として、とっても頼れる人だ。レーノさん以外に、今頼れる人はいない。


 お願い──。私を助けて、レーノさん。


「ごまかしたって無駄だ。わかっているんだ、ここにウィンがいることは」


「だから、分かりません」


 男の人の問い詰めにも、レーノさんは動じない。

 本心は分からないけれど、冷静なそぶりを保っている。


「おそらく、人違いかなにかかと思われます。そのような人物は、ここにはいませんし私も知りません」


 レーノさんの言葉に、男の人は諦めてくれたのか大きくため息をついた。

 そして──。


「もうわかった。出ていく、すまなかったな……」


 そう静かに言って、この場を立ち去っていった。

 男の人が視界から消えた瞬間。レーノさんはこっちを向いて話しかけてきた。


「ほら、あの人いなくなった」


 私もアンナさんも、恐怖から解放されて大きくため息をついた。


「よかった……」


「ふぅ──」


 何とか、危機は去った。大きく息を吐いて安堵する。

 でも、あの人なんなんだろう。私を捜していたようだったけれど、すごく気になる。


 動揺を隠せないでいると──。



 キィィィ──、チリンチリン。


 お客さんがまた入ってきた。対応しなきゃ。


「ほら、お客さんお客さん。精一杯もてなすわよ」


 レーノさんがパンパンと手を叩く。


「は、はい。わかりました」


 そして私はお客さんの対応に当たる。


「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」


 レーノさん、本当に頼りになる。

 助かった。



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