第49話 運命の人

「ガルドさん。こっちこっち。一緒に、行きたいところがあるんです」


「わかったわかった」


 引っ張られるように俺はニナと一緒に夜の街を歩く。


 しばらくすると、ニナの足が止まった。


 海からの磯風が頬をよぎる。先日、ウィンとのデートで行った海岸だ。

 星空満天の夜空と、真黒な海。


 周りには、カップルらしき人が数組。

 キスをしていたり、手をつないで歩いていたり──。


 それを見ていると、こっちまで意識してしまう。


 ニナは組んでいた腕をほどいて、前を歩き始める。

 機嫌がよさそうに、時折ステップを踏みながら歩いている。


 そしてくるりと振り返って、手をひらひらと振って、穏やかな笑みを見せた。


「ここ、知ってました? きれいですよね」


「行ったことはある。綺麗だと思うよ」


 ニナは肘を柵について頬をほっぺに当て、微笑を浮かべながら俺の方に視線を向けた。


「絶好のデートスポットってやつなんです、ここ!」


 確かに、真っ暗な海に星空が輝いていて、とても神秘的できれいに見える。


 女子力が高いとでもいうのだろうか。やっぱりニナは一つ一つのセンスがすごい。俺なんかとは、大違いだ。


「確かに、カップルがデートで訪れるにはぴったりな場所だね」


「はい……」


 返事をするニナの声が、どこか切なく感じた。

 何があったのかとニナに視線を向けると、ニナは真剣な表情でじっと海の方を見つめている。


 何か、考えているのだろうか──。


「ガルドさん──」


 ニナが、海を見つめたまま話しかけてくる。地平線のかなたを見ているかのように、遠くをじっと見ている。


「何?」


「憶えていますか? フィアネさんがこの前言っていた物語──」


「ああ、あの本でしょ。女の人を中心にした、恋愛物語」


 ニナが話題ししているのは、「スイート・ラブ」という小説。フィアネさんの知り合いが物語を書いていて、貴族たちに人気だとか。


 そしてそれの本を受け取ったフィアネさんが冒険者達に本を貸し出したことがきっかけで、軽くヒットになっている。女性たちに人気で、ギルド内では1冊しかない本が2週間先まで取り合いになっているのだとか。


 聞いた内容だと小国の貴族の物語。片思いの男と女が一人づついた。

 互いに人見知りで、互いに恋心を抱きながら、少しずつ愛をはぐくんでいく物語だ。


 お互いに顔を赤くして、相手のことを想いながら、相手が好意を抱いていることになかなか気が付かずに進行していく物語。


 二人の仕草や、甘酸っぱい恋愛シーンがとても人気なのだとか。


 ニナが、好んでいそうな物語だ。


「あれ、切なさやもどかしさがいっぱい詰まっていて、とっても良かったよね」


 ニナならこういう話──好きそう。

 しかしニナの表情は、そんな喜びとは違うような印象だった。


 目をほんのりと閉じて、下の方に視線が向いている。


 切なそうな、どこか悲しそうな表情をしていた。


「確かに、あの物語。いい所もあると思います。互いに相手のことが好きなのに──それを互いに言えなくて。その中にあるもどかしさや、思いやるシーンとかはすごいと思います」


 そして、ニナの表情が真剣な物へと変わっていく。


「でも、私はこう思ったんです。そんなの、悲しいなって。好きだったなら、好きって気持ちを伝えた方がいいし、一緒にいた方が、いいじゃないですか! 少なくても、私はそんなの嫌です」


「そ、そうなんだ……」


 拳を強く握ってそう言い切ったニナに、思わず一歩引いてしまう。確かに、好きなのにいつまでも結ばれないというのは、悲しいものがあるかもしれない。

 そして、俺の元に近づいてから、言葉を返して来た。


「だって、そんな片思いを互いしているよりも、いっしょにいて、幸せを感じていた方がいいじゃないですか!」


「確かに……そうだね」


「私、絶対叶えたいんです──」



「心に決めた人がいて、絶対に結ばれたいって思ってるんです」


 その言葉に、はっとする。

 やっぱり、ニナにもいるんだ、心に決めた人が──。


「ニナがどんな人がいいか分からないけれど、ニナのこと応援してるから」


 精一杯考えて、言葉を返す。

 その言葉にニナは──。


 海の方に視線を変えて、大きくため息を吐いた。


 喜んでいないというのが、俺にもわかる。何とか、フォローしないと。


「あ、あの……ニナのこと、応援してるから──」


「そういう所ですよ、先輩」


「ど、どういうこと?」


「もういいです。そっちの方が、先輩らしいですしね」


 何か俺、まずいことしちゃったかな?

 心の中で首を傾げ、思い出そうとするがわからない。


 やはり、乙女心というのは良く分からない。


 もっともっと、そう言ったことの知識を身につけないと──。

 ウィンだって、満足してくれないだろう。


「もう、そろそろ夜も遅いな」


 夜も遅くなり、道を歩く人影もまばらなものになる。

 あまり遅いとウィンが心配する。


 そろそろ帰らないと……。


「そうですね。今日は、この辺までにしましょう」


 そして、ニナは俺の正面に立つ。


「今日は、一緒にいることができて、とても嬉しかったです。本当に、ありがとうございました」


 そう言ってぺこりと頭を下げた。ニナは、俺をじっと見て微笑を浮かべている。


「こっちこそ、色々ためになったよ。一緒にいれて、良かったって心から思ってる」


「それは、良かったです」


「ニナのこと。応援してるから」


「ありがとうございます。これからも、見ていてくださいね。私の事──」


 そう言って、ニナは手を振ってお別れとなる。最後にニナが見せた、フッとした笑み。


 とてもかわいくて、ニナの良さがとても引き出されているように感じた。

 しかし、課題点もあった。


 あの、ニナの意味深な表情。どういう意味なのだろうか。


 俺が運命の人と、結ばれるといいねと話した時のこと。

 応援のつもりで、喜んで言ったのだが、微妙な反応をされてしまった。


 何が悪かったのだろうか──。

 それに、もうちょっと気の利いた言葉が話せたらなと感じた。


 全体的に、もうちょっとニナに喜んでほしかったのだが。これが、自分の今の実力なのだろう。

 まだまだだ。これじゃあ、ウィンにも喜んでもらえない。


 もっと、女の子のことがわかるようにしないと──。


 そんなことを感じた、一日だった。


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