第47話 ウィン、絶対に守るから

「そうだ、何か文句あるか?」


 毅然と言葉を返す。俺のこと知っているのか……。俺は──思い出した。

 Cランクくらいの強さで、やたら態度が悪い奴に、そんな名前がいた。


 金髪で、髪が長い男。確実にこいつだ。


「このクソ野郎!! お前なんかに、俺が勝てるわけねぇだろ。とっとと殺すなりしろ!」


「安心しろ。俺はそんな無法なことはしないんだ。しっかりと捕まえて、罪状を付けて牢屋行にしてやる!」


「ふざけるな! こんなやつに、勝てるわけねぇだろ。くそがぁぁぁぁ!」


 そう叫んで、ヤコダは俺の部屋から尻尾を巻いて怯えるように逃げていった。

 しかし──。


「逃がさないから」


 そうつぶやいてドアからヤコダが逃げようとする姿を目撃。アパートから出ようとしたその時──。


「いい加減にしなさい!」


 ヤコダの前にレーノが立ちふさがり──。


 パシィィィィン!!


 レーノは思いっきりヤコダの頬をひっぱたいた。


 ヤコダは腰を抜かし、尻もちをついてただレーノを見ていた。

 俺も慌ててその場所へ駆け寄る。


「な、何だよお前!」


「ウィンは、あなたの性欲を満たす道具なんかじゃない!」


「うるせぇ。お前なんかになにがわかる!」


「わかるわ。あんなことされたら、誰だって怯えるもの。自分が何したか理解してない、あなたとは違うのよ!」


 きっぱりと言い放つレーノに、ヤコダはひっぱたかれた頬を抑えながら、叫び返した。


「うるっせぇ! お前みたいな一般人に何がわかるんだよぉ! こっちはよぉ、お前みたいな一般人を守るために命を懸けて戦ってるんだよぉ! 必死に戦って、仲間が死んで、どれだけ過酷な状況にいると思ってんだよ。せめて、これくらいはさせろよ。じゃなかったら、気が狂う……」


 そう叫んで、隣にある壁を思いっきり蹴っ飛ばした。

 その言葉に嘘やハッタリはないだろう。


 彼にも、そう言った経験があるのだろう。

 俺にもあったし、後輩の中にはそれがきっかけでトラウマを持ってしまい、素質を持ちながら魔法を使わなくなってしまった奴だっている。


 意外な回答にどう返せばいいか迷ってしまう。すると──。


「それとこれとでは、話が違うわ」


 レーノが真剣な目でヤコダをじっと見る。腕を組んで、真剣な表情。


「あんたに事情があるのは分かった。けれど、だからって何をやっても許されると思ったら大間違いよ! ウィンは、あなたと同じ泣いて、悲しんで、笑って、感情を持った一人の人間なの。決して、あなたが性欲を満たすための道具じゃないのよ!」


「知ったように言いやがって、危険も何もない、安全なところでぬくぬくと暮らしているだけのお前に、何がわかるんだよ!」


 ヤコダも、レーノに負けないくらいに、強い口調で言い返す。

 俺もレーノもヤコダも、どう言葉を返せばいいかわからないのか、誰もしゃべらない。

 沈黙の時間が続く。そして、ヤコダはズボンについた砂を払ってゆっくりと立ち上がる。


「元Aランクにケンカ売るほど、俺はバカじゃない。帰らせてもらう」


 そして、そんな捨て台詞のような言葉を吐いて、ヤコダはこの場を去って行った。


「追撃して、ぶん殴らなくていいの?」


「もう、そんな気力もわかなくなった」


 それに、手出しの心配は、なさそうだ。

 アイツの行動パターンは分かる。ヤコダは自分よりも強そうな奴には、絶対に手を出してこない。


 だから弱そうなウィンを狙ったし、俺がいるとわかればもう手出しはしてこないだろう。


 何はともあれ危機は去った。


「よかったわ」


 そう言ってレーノが大きく息を吐く。やはり、強がっていても冒険者との対峙に恐怖があったのだろう。

 そんなレーノに、俺はそっと肩に手を置く。


「とりあえず、戻ろう……」


「そうね、ウィンもいるし」


「あれ?」


「どうした?」


 レーノが、空を見つめている。


「赤い星。何か不吉なことが起きるわ」


 その言葉が気になって俺はレーノが見つめている方向に視線を向けた。

 そこには、見かけたことのない星。


 夕焼け空に、十字に光る赤い星。ちょうど、ヤコダが歩いていく方向の空にそれはある。まるで、ヤコダがその方向に向かっているかのようだ。レーノが、それを見ながらつぶやく。


「あの星が現れると、不幸なことが起こるって、噂。聞いた事がるわ」


 そして、レーノがボソッとつぶやいた。


「死兆星っていうんだけどね」


 なんか、名前を見ただけで不吉な代物だというのがわかる。何か、良くないことが待ち受けているとでもいうのか──。

 そんな事を考えながら、俺達はとぼとぼと部屋へと戻っていった。


 キィィィ──。


 ドアを開けると、ウィンが部屋の隅で、うつむいてちょこんと座り込んでいた。

 体が震えている。よほどトラウマだったのが一目でわかる。


 俺とレーノは一回視線を合わせた後、ウィンにゆっくりと近づいた。


「もう大丈夫だよ、ウィン」


 優しく話しかけると、ウィンはすっと顔を上げて、俺達に視線を向けた。


「安心して、あのバカは尻尾を巻いて逃げてったから」


「レーノさんの言う通りだ、安心して──」


 そう言って俺はウィンに手を差し伸べた。すると──。


「うっ……うっ……」


 ウィンがその手で目を抑え、泣き始める。

 よほど、怖かったのだろう。



 それからウィンは、俺に背を向けて、縮こまった。背中が震えていて、とても恐怖を感じていたというのが理解できた。


 俺はそんなウィンの背中を、優しくなでる。


「ウィン。大丈夫か?」


「は、はい……」


 声も、弱弱しくてかすれたような声。

 よほど、怖かったのだろう。


「ほら、彼氏さん。ウィンを慰めて、あんたの仕事よ」


「──わかったよ」


 俺はウィンの隣に座り込む。それからウィンの体を掴んで寄せ、右手でぎゅっと抱きしめた。


「安心して。いっぱい泣いていいから」


「ガルド様──。本当に怖かったです」


「大丈夫。ウィンに手出しはさせないから。俺達が、絶対に守るから」


 そう言うと、ウィンは俺の胸に飛び込んできた。

 俺は、飛び込んできたウィンの頭を優しくなでながら抱きしめる。


 ウィンは、ただ涙を流して泣いていた。

 ウィンが悲しんでいるのを見て、俺まで悲しい感情になってしまう。


 心の底から誓った──。


「俺が、ウィンを大切にする。だから、安心して──」


「……ありがとうございます」


 ウィンが、俺の胸で涙を流しながらそう返す。

 それを見たレーノが、大きく息を吐いて言う。


「あんた、意外と女の子の扱い、手慣れているようね」


「いや、そんなことないよ。ただウィンを、悲しませたくないだけだ」


「まあ、彼女。頑張り屋だけどいろいろ抜けているところがあるから、ちゃんと守ってあげてね」


「わかった」


 泣いているウィンを抱きながら、俺達は会話する。

 ──いろいろと過去のことでも訳アリのウィン。


 ウィンが過去トラウマだったことを、帳消しにするくらい大切にしたいと、心から思った日だった。



☆   ☆   ☆


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