義妹と高嶺の花のヒロインに好かれる主人公っていいよね。まあ、僕じゃないけど。
青見銀縁
1日目(木曜日)
第1話 瑞奈の頼み事と「特になし」と報告する僕
とある放課後、僕こと、高校一年の長井和希は駅前にあるカフェのテーブル席にいた。
「先輩。毎日の報告がずっと、『特になし』ばかりなのですが、本当ですか?」
目の前に座るセーラー服姿の女子中学生は言うなり、僕と目を合わせてくる。
後ろを肩まで伸ばし、前はぱっつんといった黒髪。ほっそりとした体型にあどけなさが残る顔。見た目のお淑やかさが相まって、成長をすれば、さらに美人となるであろう雰囲気を醸し出している。といっても、現時点で同学年の男子から何人も告られているほどだ。高校生になれば、どうなるかわからない。
そんな彼女に対して、僕は躊躇せずにうなずく。
「本当だって」
「怪しいです」
「いや、そこで怪しまれても、『特になし』っていうのは本当だし……」
「ただ単に面倒だから、『特になし』と報告してるだけなのではないですか?」
彼女、中学二年の柏木瑞奈は訝しげな表情を崩さない。手にはスマホを持ち、画面は緑色のSNSアプリ、MINEを開いていた。
「そもそも、お兄さんが毎日『特になし』ということはありえないです。何人かの女とは接しますよね? 普通は」
「いや、まあ、それはほら、『おはよう』とかそういった挨拶なら」
「なら、それは報告してください。相手の名前も含めて、どのように挨拶されたのかとかもです」
「いや、それくらいは別に気に留めなくても」
「気に留めるべきです」
僕の言葉を遮るようにして、瑞奈は強い語気で言い放った。
瑞奈の兄、柏木陽太は僕の幼なじみだ。クラスメイトであり、いつも登校をしたり、昼は一緒に取ったりする。まあ、陽太は卓球部に入っているので、放課後は練習とかで下校は別々なのだけれど。
「これでもし、お兄さんに彼女ができたりしたら、先輩、責任取ってください」
「いや、責任って、それはあまりにも」
「異論は認めません」
瑞奈は毅然と口にすると、手前にあったコーヒーカップを持ち、中身を飲む。
にしても、僕はなぜ、年下の女子中学生に説教まがいなことをされているのだろうか。
事の発端は、一週間前に瑞奈から変な頼みを受けてしまったからだ。
「先輩。お兄さんが異性の人と何かあったかどうか、MINEで報告してください。学校がある日は欠かさずです」
とか言われて、僕はとりあえず、二つ返事で受けてしまったのがまずかったかもしれない。
まさか、ずっと「特になし」という報告を続けていたら、呼び出しをされるとは。
僕は今更ながら悔やみ、ため息をこぼしてしまう。
「一応、その、聞いておきたいんだけど」
「何ですか」
瑞奈はコーヒーカップをソーサーに戻しつつ、視線を向けてきた。
「陽太のことは、その、恋愛感情として好きとか、そういうことなんだよね?」
「当然です」
はっきりと答えた瑞奈は、鋭い眼差しを送ってきた。
「そんな感情がなければ、先輩にこんな逐一報告とか求めないです。もしかして、先輩はそれを知らずに報告をしていたのですか」
「いや、それはさすがに、なんとなくわかっていたけど」
僕は頬を人差し指で掻きつつ、困り果ててしまう。
瑞奈の陽太に対する好意は、相当なもののようだ。
何せ、兄の幼なじみである僕に、監視みたいなことをさせるのだから。
「そもそも、だけど」
「何ですか」
「いや、陽太とかに、自分の気持ちとか伝えたりしてないのかなって」
「それはもう、毎日伝えてます」
「そうなの?」
「はい。いつも、『お兄さんのこと、大好きです』とか、それは言える時があれば、いつもです」
「ああ、それは確かに、登校の時とかにも言っているのは聞いたことあるけど」
「けど、何ですか」
「いや、陽太には本当の意味では伝わってないんじゃないかなって」
というより、陽太はおそらく、妹の微笑ましい言葉としてしか受け取ってない気がする。
「そんなのはわかってます」
瞬間、瑞奈は唇を噛み締めて、俯いてしまう。
「お兄さんはわたしの気持ちを真剣に受け取ってくれないんです」
「それはまあ、だって、妹だし……」
「妹と言っても、血は繋がってないですし、そういう異性として見てほしいっていう気持ちをお兄さんにはわかってほしいんです」
真剣そうに語る瑞奈は、感極まって涙をこぼしそうな様子だった。
確か、陽太と瑞奈の親同士が再婚したのは、僕が中学二年くらいの頃だろうか。
とはいえ、それより前から、親同士の交際はあったようだ。確か、陽太が、妹ができるかもしれないとか伝えてきたのを覚えている。
だが、まさか、できた義妹が兄にゾッコンになるとは思いもしなかっただろう。まあ、陽太本人は気づいてないみたいだけど。
「先輩」
気づけば、瑞奈は姿勢を正して、僕と改めて向き合っていた。
「だから、わたしはお兄さんが他の女に取られるようなことは防ぎたいんです。だから、それを事前に察知するためにも、先輩の協力が不可欠なんです」
「うん、それはわかったけど、でも、僕だけでは頼りにならないかもしれないし」
「先輩がそうやって卑屈になったら、わたしはどうすることもできなくなります」
瑞奈は弱気な調子でこぼすと、スマホをしまい、学校の鞄を肩に提げ、立ち上がる。見れば、コーヒーカップの中身は空だった。
「とにかく、先輩はお兄さんのことをちゃんと見ていてください。そして、少しでも変な動きや異性と接するようなことがあれば、その日にわたしに報告してください」
「まあ、それはうん、できる限りのことはするけど」
「けど、何ですか」
「こういうことをしていることがもし、陽太にバレたりしたら、嫌われるんじゃないかなって」
「それは、先輩がお兄さんにこのことをばらすってことですか」
「いや、そういうわけじゃ……」
「それなら、わたしにも考えがあります」
「考え?」
僕が問いかければ、瑞奈は「はい」と首を縦に振る。
「その時は、わたしは先輩にいやらしいことをされたと打ち明けます」
「いや、それって、でっち上げのウソじゃ……」
「ウソでも、お兄さんはわたしの言うことを信じてくれると思います」
瑞奈は当然のように言うと、おもむろにお辞儀をする。
「では、先輩。ご馳走様です」
「って、僕が?」
「はい。男の人が女の人に奢るのは普通ですよね?」
瑞奈は口にするなり、颯爽と立ち去り、カフェ店内を後にした。
僕としては、追いかけたい気持ちに駆られたが、実際は何もできなかった。
「はあ……」
僕は椅子の背もたれに寄りかかると、テーブルにある伝票の紙を掴んだ。
「まあ、これくらいなら……」
とはいえ、痛い出費だ。まあ、後日請求をするというのはせこい感じもするし、致し方ないだろう。
何より、僕としては本心として、瑞奈の恋を応援していたりする。
でなければ、陽太のことを報告するという頼み事など、受けるはずがない。
でもだ。
「こんなことを続けても、瑞奈は何もプラスにならないと思うんだけどな……」
僕はため息をつきつつ、何かいい策はないかと頭を巡らしてみたが、ダメだった。
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