第193話:ウイルスの処分方法

振り返るとすぐ傍でこちらに銃口を向ける黒づくめの男の姿がある。


「おい、こんな所で何してるんだ?」


「いやぁ。何も……」


「貴様、あの女と一緒に居た男だな⁉」


男の構えていた銃が火を吹いたかと思うと、コンクリートの上に落ちたスマホが火花を散らして弾き飛ばされた。

周囲には焦げ臭い匂いと砕けた部品が散乱している。

俺はあっけなく男に拘束されてしまった。銃も取り上げられてしまったし、どうしようも無い。


俺は両手両足を縛られて倉庫の床に転がされる。

そこには先ほど連れ去られたエリザベッタの姿があった。彼女も両手両足をロープで縛られている。


「アレク!」


「エリザベッタ、大丈夫か?」


「えぇ……」


見た感じ目立った外傷は無さそうだったのでよかった。

だが、この状況はかなりやばい。


「さぁ、嬢ちゃん。あんたが研究所から持ち出したブツのありかを教えてもらおうか?」


なすすべもなく縛られている俺たちに、黒づくめの男が問いかけた。

どうやら彼女はウイルスの入ったケースをどこかに隠したと言ったようだ。


「言うわけないでしょ! あれが悪用されたら世界が大変なことになるのよ? パンデミックを引き起こすつもり⁉」


「……どうやら痛い目に遭いたいようだな」


男が彼女に銃口を向ける。


くそ……何かいい手は無いのか……考えろ、俺……!


その時、前方から聴きなれた革靴の足音と気の抜けた声がした。


「あの~。お取込み中失礼いたします。そちらにワタクシの兄がお邪魔しておりませんでしょうか?」


「な、なんだ貴様⁉」


「ジェル!」


「あ、アレク! ここに居たんですか! もう、急に電話で大きな音をさせないでくださいよ! 耳がキーンとしたじゃないですか!」


ジェルが文句を言いながら俺たちの所に平然と近づいてくる。動揺しながらも男がジェルに向かって銃を撃つと、見えない壁がそれを弾き返した。

ありとあらゆる物理攻撃を弾く障壁魔術を事前に自分の周囲に張り巡らしてきたらしい。


「ひっ、化け物」


「失敬な。ワタクシはただの天才錬金術師ですよ」


男は慌てて「おい! 誰か! 見張りはどうした⁉」と叫ぶ。


「見張り……? あぁ、入口にいらっしゃった皆さんなら、お休みになってますよ」


「ジェル殿~、そちらはいかがでござるか? おぉ、アレク殿、無事でござったか!」


刀を持った着物姿の骸骨が、カチャカチャと音をさせながら近づいてきた。


「宮本さん!」


なるほど、宮本さんが一緒なら銃を持ったマフィア相手でもどうってことはないだろう。なにせ彼は伝説の剣豪だから。


「骨が動いてる……!」


男は銃を撃つことも忘れて腰を抜かしている。

まぁ、普通はびっくりするよな。


こうして俺たちはジェルと宮本さんに救出された。


「それにしても、よくこの場所がわかったな」


「えぇ、そこにナイフがありましたので」


ジェルは俺の胸元の隠しポケットを指さした。


「そのナイフは特殊な金属で出来ています。魔力が宿っていてワタクシなら場所を探知できるんですよ。だから“肌身離さず持っていなさい”と言ったんです」


ジェルは得意げに口角を上げた。そして、眉をキッと吊り上げて俺を睨みつける。


「まったく。このナイフが無かったら大変なことになってたかもですよ。ホイホイと危ないことに巻き込まれて、あなたという人は――」


「いや、それよりもやべぇことがあるんだよ! これを見てくれ!」


お説教が始まると長いので、慌てて俺はエリザベッタの持つウイルス入りのケースを見せる。


ジェルはおとなしく彼女の説明を聞いてから、口を開いた。


「ふむ。処分に困っているんですね。ならば、アレクのナイフに使っている金属でそのケースを覆ってブルーホールでも沈めたらどうでしょう?」


「ブルーホール、ですか?」


「えぇ。深い海の底に沈めてしまえば、誰も手が出せません。砂や泥の堆積物に埋もれてしまいますし」


「それはいいかもな」


早速、俺たちは船を借りて、とある深いブルーホールのある海に出かけた。


「本当に上手くいくのかしら……」


心配するエリザベッタにジェルは微笑みかける。


「ブルーホールは水深九十メートル付近に硫化水素の層があるんです。その下は光がまったく届かない暗闇で酸素もありません。だから底に生物は居ませんし、もし仮に何かあったとしてもワタクシが場所を探知できますから大丈夫です」


「ありがとう、ジェルマンさん」


「おい、ジェル。そろそろブルーホールの真ん中だ」


「じゃあ、沈めましょうか」


金属に覆われて鈍い光沢を放つ小さな塊になったウイルス入りのケースを俺が握って、水中でゆっくり手を離した。


「良い感じです。どんどん深く沈んでいってます……この速さなら思ったより早く底に到達しそうですね」


しばらくすると無事にケースが底に到達したので、俺たちはブルーホールから離脱した。


「エリザベッタはこの後、どうするんだ?」


「どこか別の国に移住するわ。研究所に戻るつもりは無かったし」


「それなら、俺が話つけてやるよ。これでも各国の偉いさんに知り合いが結構いるんだぜ」


「あなたも弟さんも……本当に不思議な人たちね」


「まぁ、長く生きてるといろいろあるんだよ」


俺の返事に彼女は笑う。冗談だと思ったんだろうな。

こうして、俺の久々の旅行はなんとか終わった。

いろいろありすぎて、当初の目的だったヴァネツィアのガラス工房に行くのを忘れたんだけど。


まぁ世界は救われたんで、とりあえずはよかったなってことで今回の話はおしまいだ。

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