第176話:雛人形は未亡人
雛祭りの前日、ワタクシの経営するアンティークの店「
「この人形には命が宿ってるらしいのよぉ~。ジェル子ちゃん、何とかしてちょうだい!」
「いや、何とかって言われても、当店は人形供養なんてやってませんし困ります」
カウンターの上では、
「見た感じ、普通のお雛様に見えますけどねぇ」
ワタクシの疑問に答えるように、雛人形を当店に持ち込んだ張本人である、魔人のジンが来歴を語り始めました。
「このお雛様はある華族の令嬢のところに居た子なの。でもぉ、お屋敷が火事になって男雛や他の人形達は全部焼けちゃったんですって~」
「どうしてそのお雛様だけが焼けずに済んだんですか?」
「たまたま着物を補修するとかで職人さんが預かっていたから助かったらしいわよ。そのまま、いろんな人の手に渡って、ご縁があってアタシのところに来たんだけどねぇ……」
そこまで言うとジンは眉をひそめて小声になります。
「夜中に泣き声が聞こえたり、いつの間にか移動してたりで……何か伝えたいことがあるのかもだけど、アタシじゃわからないし、
「はぁ……」
「ほら、ジェル子ちゃんはこういうの得意でしょう? お家にもおしゃべりするぬいぐるみが住んでいるじゃない?」
「あぁ、キリトのことですか」
「そうそう、キリトちゃん! あの子に会わせてあげたら何かわかるかしらね?」
そういえば、今はアニメ見たさにテディベア―に憑依して我が家で暮らしていますが、もともとキリトは古いフランス人形に憑依していたオタクの幽霊でしたっけ。
「ふむ……もしそのお雛様に幽霊が憑依しているのなら、何かわかるかもしれませんね」
「じゃあ、お願いするわぁ。また何かわかったら連絡ちょうだいね!」
そう言って、お雛様を残して魔人は颯爽と魔法の絨毯に乗って帰って行きました。
彼は世界中に顧客がいる行商人なので忙しいのです。
そんなわけでワタクシは雛人形をキリトに会わせるべくリビングへと持って行ったのですが。
「なんでありますか? えっ、幽霊がとり憑いている雛人形⁉ なにそれ怖いであります!」
「いや、あなたも幽霊でしょうが」
「これから小生はアレク氏とサニーちゃんのグッズを買いに出かけるであります。アクスタがトレーディングのくせに三限なのはクソであります」
キリトはまったく役に立たなかった上に、よくわからないことを言うばかりでした。
テーブルの上には兄のアレクサンドルがさっきまでそこに居たのか、飲みかけのコーラのペットボトルと漫画とロボットの玩具が置かれています。
「あぁもう、また散らかして。アレクに片づけるように言っておかないと……」
しょうがないので、ワタクシはお雛様をいったんその場に置いてコーラを冷蔵庫に片づけに行き、その後、再び店の方にお雛様を持って帰りました。
今のところは何も起きないし、とりあえず店に飾っておこうと思ったのです。
夜になるとアレク達が帰ってきて、いつも通り一緒に夕食を食べました。
その頃にはすっかりお雛様のことが頭から抜けていたのですが。
やはり、あれは普通の人形ではなかったのです。
なにやら店の方で物音がするので行ってみると、お雛様が宙に浮いているではありませんか。
「これはいったい……?」
「ちょっとそこのあなた。私の恋愛相談にのってちょうだい」
「はぁ?」
どうやらお雛様がしゃべっているようです。
「あの、すみませんが迷惑なので成仏してもらえますか?」
「私は幽霊じゃないわよ!」
幽霊で無いとすると、
古い物には魂が宿ることもあります。ましてや人形のように人を模った物ならなおさらそういうこともあるのかもしれません。
「それで、恋愛相談とはなんですか?」
ワタクシが問いかけると、急にお雛様はモジモジするかのように左右に揺れました。
「火事で夫を亡くして、私もいいかげん未亡人でいることに飽きてしまったのよねぇ。だから再婚してもいいかなぁなんて思ってるんだけど……」
「ま、まさか……ワタクシを狙っているのですか⁉ 金髪碧眼パーフェクトな美青年であるワタクシを呪いで人形に変えてその美しさを永遠に愛でようとかそういう魂胆ですか⁉」
「いや、私にも選ぶ権利があると思うんだけど」
「え、違うんですか?」
お雛様は呆れた様子でワタクシを見下ろしました。
「自分が選ばれて当然、みたいな顔するのは腹立つわね。そもそも私、人間の男には興味ないわよ」
なるほど。やはり人形は人形同士の方がいいということでしょうか。
だとすると男雛を用意する必要がありますが、基本的に雛人形は男雛と女雛がセットになって売られているものです。
男雛だけで売っているのは見たことがありません。
ならば特注で制作してもらうしかなさそうです。
「経費はジンに請求しないといけませんねぇ……」
ひとまず、お雛様の希望を聞いて、それに沿った男雛を作ればいいでしょうか。
「それで、どのような男性がお好みですか?」
「そうねぇ。白くて、がっしりとしていて」
「白くてがっしり……」
「
「寡黙で……」
「体が角ばっているの」
「角ばっている⁉」
――そんな男雛ありますかね?
「腕が飛んでいくのを見たわ!」
「雛人形にそんなギミックありましたか⁉」
「いや、だって私、見たんだもの。武装した凛々しい人形が腕を飛ばしているのを」
見た、という言葉から察するに彼女のお目当てはこの家の中にある何かのようです。
「早く会わせてちょうだい。でないとあなたを呪ってしまうわよ!」
それは困ります。
しかし、そんな奇妙な人形、うちにありましたっけ……。
その時、リビングの方からにぎやかな声が聞こえてきました。
「よしパン男ロボ! ロケットパンチだ!」
「アレク氏、やめるであります!」
あぁ、またアレクがパン男ロボで遊んで……ん? ロケットパンチ? もしかしてこれは……!
「アレク~! そのロボットをこっちに持ってきてください!!!!」
「どうしたんだジェル、急に大声だしたりして……ん? なんだ? 人形が宙に浮いてる?」
店にやってきたアレクが手にしていたロボットに、お雛様は反応しました。
「あぁ! その白いお姿は!」
やはり、彼女のお目当ての男性はパン男ロボだったようです。
そういえば、お雛様をテーブルの上に置いた時に、ロボットもすぐ傍にありました。
白くてがっしりとしていて寡黙で体が角ばっていて、腕が飛んでいくというのも合致します。
怪訝な顔をするアレクに事情を説明すると、彼は快くロボットを譲ってくれました。
もちろん新しいのを買ってあげるという約束付きですが。
こうして、ちょっと変わった雛人形のカップルが誕生しました。
ロボットと仲良く並んで飾られるようになった結果、お雛様はすっかりおとなしくなり、動き回ることも泣き声が聞こえることも無くなったんだそうです。
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