第175話:美白の湯の真相

 翌日、転送魔術の光に包まれて移動した場所は「地獄」のイメージにはほど遠いところだった。


 俺たちの顔写真が付いた横断幕で飾りつけされたでかい門があって、門の真下に居る三つ首の大きなもこもこの白いワンちゃんが俺たちを見て大きな声で吠えた。

 前に魔界の犬ぞりレースで一緒に走ったケルプードルだ。


「おー、ケルプ―! 久しぶりだなぁ」


 ケルプードルの首には、ハワイでしか見たことないような大きな花のネックレスが付いている。

 まるで式典か何かの為にオシャレをしているかのように思えた。


「しかし、どういうつもりなんでしょうねぇ……」


 ジェルはケルプードルを撫でた後、門を見上げて横断幕をにらんだ。


「あの横断幕は、何って書いてあるんだ?」


「祝☆フォラス様のご子息ご帰還、って書いてあるんですよ」


 すると、横断幕の文字を読み上げたと同時に門が開いた。

 門の向こうにはたくさんの人が集まっていて、皆が拍手している。

 やたら皆の体格が良いように見えるし、翼や角なんかも生えているので、悪魔とか鬼とかそういうのかもしれない。


「えっ、なんだなんだ?」


 彼らはずらりと左右に並んでいて、中央には赤いカーペットが敷かれていた。まるでアカデミー賞だ。


「いとし子達よ! よく父の元に帰って来てくれた!」


 戸惑う俺たちの前に、両手を大きく広げたフォラスのおっちゃんが現れた。

 ジェルは不機嫌そうに顔をしかめている。


「この大げさな歓迎はなんですかいったい?」


「我が息子たちがやって来ると聞いて、歓迎する為に配下の者たちが集まってきたのだ」


「はぁ……それはどうも」


 周囲には二千人くらいは居る感じだが、こんなにたくさんの人が俺たちに会いに来たのか。

 試しに俺が群衆に向かって軽く手を振ると、それだけで皆が「うぉぉぉぉ!!!!」と大歓声をあげた。やべぇ。


 おっちゃんは満足そうな顔で俺たちを見た後、ジェルの手にしている箱に気づいた。


「ジェルマン、その箱はなんだ?」


「あぁ、これ。手土産のワタクシが作ったチョコレートです。どうぞ」


 ジェルは、そっけなくトリュフの入った箱を渡したが、おっちゃんはそれをまるで優勝トロフィーのように観衆の前に掲げた。


「皆の者、見よ! 菓子をもらったぞ!」


「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「ヌンッ! しかも手作りであるっ!」


「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 盛り上がる周囲に対して、ジェルは困惑しつつもなんとか愛想笑いを浮かべている。

 まぁそうだろうな。余り物を持ってきただけだし。

 おっちゃんはすっかり上機嫌になってジェルの背中をバンバンたたいた。


「さぁ、地獄を案内してやろう。いや、その前に歓迎パーティか……」


「いえ、どちらも結構です。ワタクシは『美白の湯』に行きたいので」


 ジェルの言葉に、場が静まり返った。

 そりゃそうだよな。せっかく歓迎してくれてるのにそれを拒否して温泉に行きたいって言ったんだから。

 しかし、おっちゃんは感極まった表情でジェルの手をとった。


「ヌォォォォ! わざわざあんな辺境に視察に行くというのか! よくぞ言ってくれた! それでこそ我が愛し子たちであるっ!」


「あのような田舎にまで気を配る、さすがフォラス様のご子息様だ!」


「地方の内政に力を入れるとは、名君の器ですな!」 


 皆、盛大に勘違いして拍手して喜んでいる。ジェルの笑顔はさすがに引きつっていた。

 早くここから逃げないとヤバい気がしたので、俺はおっちゃんに今すぐ出かけたいと申し出た。


「ならば、ケルプードルの引く車に乗っていくと良い」


 ほろが付いた馬車みたいな物を、おっちゃん達の部下が用意してくれた。先にケルプードルが繋がれている。


 名残惜しそうなおっちゃん達に万歳三唱で見送られながら、俺たちは地獄の門を後にした。


 馬車ではなく犬車……なんて言葉があるのかどうかわからないが、馬みたいにでかいケルプードルの引く車は俺たちを乗せてどんどん進んでいく。

 あまり道が整備されていないのか上下左右に揺れてゴトンゴトンとうるさいのが難点だが、さすが魔界の犬ぞりレースに出場するだけのことはあってとても速い。


「これが地獄かぁ……」


 俺は物珍しさに車の窓から外を眺めた。

 茶色い土壁と木々に囲まれた殺風景なヨーロッパの田舎町といった感じで意外と普通だ。


「人が拷問されてて血がドバーッとかそういうの想像してたんだが、そうでも無いんだな」


「地獄は何層にも分かれているんですよ。ここはまだ上の階層ですからね。地下に行けば行くほど重罪人が集まっていると聞きますから、下層の方はもっと地獄っぽいんじゃないですかね」


 俺が感心しながら相槌をうつと「さすがにワタクシも行ったことがないので詳しくは知らないんですけど」とジェルはつぶやいた。

 確かに、そう気軽に行く場所じゃねぇしな。


 そこからしばらくするとさらに木々が増えてきて、とうとう山道に入ってしまった。

 おっちゃんが「辺境」と言っていただけのことはある。


 目的の温泉はそこから三時間ほどで到着した。

 途中でケルプードルが疲れてしまったので休んだりした分も込みなので、この程度で到着したのは早い方だろう。

「こんなことならさっさと転送魔術を使えばよかった」とジェルがぼやいている。


 車の中はふかふかのクッションが敷き詰められていたのでさほど苦では無かったが、それでも腰が痛い。

 俺たちは外に出て大きく体を伸ばした。


「いやぁ~疲れたなぁ。これは温泉に入ってゆっくりしたいよな」


「そうですねぇ。温泉で美しくなって、さらに温泉成分を解析して販売すれば大儲けできますよ! 美白の湯、楽しみです!」


 ――ジェルがやけに乗り気だと思ったら、そんなこと考えてたのか。


 目の前には小屋があって、そのすぐ傍に白い岩で囲まれた

 地面から透明のお湯が湧き出している。


 俺が温泉をもっと近くで見ようとした瞬間、ジェルが叫んだ。


「アレク! そのお湯は危険です! 近づかないでください!」


「えっ⁉」


「美白……そういうことでしたか……」


 ジェルは悔しそうにつぶやいた。


「おいおい、どういうことだよ」


 ジェルは小屋の壁に貼られた木の板を指さした。太い文字で何か書いてある。


「温泉成分、過酸化水素。骸骨以外は入らないように。長時間入らないようにしましょう、と書いてあるんです」


「かさんかすいそ?」


「漂白や殺菌に使う成分です。薄めれば消毒液にもなりますが、人体には有毒ですよ。爆発する可能性もありますし」


「でも宮本さんが秘湯だって……」


「骸骨仲間に聞いたって言ってましたからね。詳しいことは彼も知らなかったんでしょう。たしかに骨格標本の漂白にも使う成分ですから、骸骨であれば白くはなるでしょうし、嘘ではないですから」


 ここまで一気に説明して、ジェルは肩を落とした。


「はぁ……また儲けそこなってしまいました」


「ジェル、そうがっかりするな。温泉くらいお兄ちゃんがいくらでも連れて行ってやるから」


 ――こうして俺たちの地獄への旅は幕を閉じた。

 温泉には入れなかったが、普段見られないところに行けたし楽しかったんで俺は満足だ。

 また機会があれば、おっちゃん達に会いに行きたいと思う。

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