第170話:リュージさんのクリスマスパーティ

 クリスマス。それはイエス・キリストの降誕を祝う日。

 本来は自宅で家族と過ごすものです。

 決して恋人と高級ディナーを食べて浮かれてよさげなムードの夜景や美しいツリーを見つめながら「君の方が綺麗だよ」なんて言うような浮かれた日ではないのです。


 つまり、ワタクシが兄のアレクサンドルや居候のキリトと過ごすのは極めて正しいことなのです。


「――だから決してワタクシがモテないとかそういうことは無いのです!」


「急にどうしたでありますか、ジェル氏」


 ワタクシの独り言に、リビングでアレクと一緒に薄い冊子を読んでいたテディベアのキリトがこっちを見ました。


「キリト、いいからそっとしておいてやれ。毎年のことだから」


 アレクはやれやれという表情をしています。どうしてそんな目で見られないといけないんでしょうね。


「そういやさぁ、俺達あてにクリスマスカードが届いてたぞ」


 アレクがテーブルの上にある封筒を指し示しました。


「へぇ、珍しいですね」


 封筒は三通あります。誰からでしょう。


「このピンク色の封筒はジンですね……」


『はぁ~い、ジンちゃんよ~♪ メリークリスマス! 今アタシはダーリンと二人でのんびり旅行中なの。クリスマスはニュージーランドで過ごすのよ。ビーチで泳ぐの久しぶりで楽しみだわぁ! それじゃ、また会いましょうね』


「クリスマスに泳ぐって正気の沙汰じゃないであります!」


「いやいや、ニュージーランドは南半球だからな。こっちは冬だけど向こうは夏なんだよ。だから向こうのサンタさんの絵は水着でサーフィンしてたりするぞ」


「そんなのサンタさんじゃないであります」


 キリトは納得がいかなさそうな顔をしていますが、アレクの言っていることは本当です。

 確かに日本のクリスマスに慣れていると変な感じはするかもしれませんが。


「さて、もう一通は……フォラスですね」


「フォラスってあの変態マッチョのオッサンでありますか?」


「一応、偉い悪魔なんですけどねぇ」


 悪魔がクリスマスカードを送ってくることの是非はともかくとして。


『愛し子達よ、メリークリスマス。たまには我の屋敷にも来てくれるとうれしいのだが。そろそろプロテインが無くなる頃だろうからクリスマスプレゼントとして追加で三百箱ほど送ろうと思う。筋肉はすべてを解決する、そのことを忘れぬようにな』


「はぁ⁉ さんびゃっぱこ⁉」


 驚きのあまり、声が裏返ってしまいました。

 そんな物が届いたら家の中がプロテインだらけになってしまいます。

 慌ててフォラスに電話して、送るのは止めてもらいました。


「まったくもう……」


「相変わらずだな、おっちゃん」


「送らないことと引き換えに、今度仕事を手伝いに来るように言われてしまいました。面倒なことになりそうです」


 気を取り直して、最後の封筒を手に取りました。

 水色に金色の装飾の入った綺麗な封筒です。差出人の名前はありません。

 中は小さく折りたたまれた白い和紙が入っています。


『アレクさん、ジェルさん、お久しぶりネ。私のおウチで聖誕節するよ! 私、いっぱい人間の聖誕節のやり方調べたヨ。だから一緒にパーティするネ! このお手紙読んだらすぐにお迎え行くヨ』


 ……という内容が中国語で書かれていました。


「たぶんこれは、リュージさんですね。“このお手紙読んだらすぐにお迎え行くヨ”とありますが――」


 ワタクシが言い終わる前に、玄関の扉を叩く音がしました。

 扉を開けると、そこには豪華な刺繍の入った青い着物を着たロングヘアーの男性が立っています。


「リュージさん!」


「パーティのお迎えキタヨ!」


「えっ、あの、ちょっと待ってください! とりあえずどうぞ」


 慌てて彼を家の中に招き入れてリビングのソファーに座らせました。


「ジェル氏、リュージさんって誰でありますか?」


「龍神という雨や水を司る偉い神様の一族です」


「なんで神様が、クリスマスパーティにジェル氏たちを誘ってくるでありますか?」


「それは……やってみたかったんでしょうねぇ」


 首をかしげるキリトを見て、リュージさんは目を輝かせました。


「可愛いですネ! ジェルさんのぬいぐるみデスか⁉ おしゃべりできるのスゴイです!」


「あぁ、そういえば初対面でしたね。うちで居候しているキリトです。この中にはアニメオタクの魂が入ってます」


「ジェル氏、紹介が雑であります」


「キリトサン、コンニチワー! 私、リュージ言いマス、ヨロシクネ! アナタも一緒にパーティ来るイイデスカ?」


小生しょうせいも一緒に行っていいでありますか?」


 キリトはワタクシの方をちらりと見ました。おそらくいつも出かけることを反対されているからでしょう。


「一緒に行くべきだと思うぞ。家で独りで留守番なんて寂しいだろうし」


 アレクがキリトを抱きかかえてワタクシの目の前に突き出しました。

 あざとく両手を合わせたポーズをしたテディベアの黒い瞳が、じっとワタクシを見つめます。


「……まぁ、いいんじゃないですかね。汚れる心配も無さそうですし」


「よし、決まりだな!」


 こうしてワタクシ達は、リュージさんの主催するクリスマスパーティへ出かけることになったのでした。

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