第169話:宮本さんの喜ぶ物
「食べ物は好き嫌いがあるかもだし、食べ物以外の方がいいかもしれねぇな」
「小生は洗濯用洗剤のギフトが無難だと思うであります」
「うーん、確かにそうだが、洗剤も日常的に買う物だからもうちょっと変わったのがあればいいんだがなぁ」
そう言いながらページをめくると、ちょうど洗剤のギフトセットの特集ページだった。
「魔王も愛用する超高級洗剤だってさ……えっと『何万もの軍勢を屠ってきた返り血と臓物のほのかな香りが歴戦の猛者をイメージさせ、確かな畏怖をお約束します』って、なんだよそれ⁉ こえぇなおい」
「――それは文化的な理由ですよ」
遠い目をしていたジェルが俺の声に反応して、説明を始める。
「魔王とか古い感覚の魔族は、周囲から畏れ敬わまれたいと思っているのです。最近の魔界は平和なので自分の強さを誇示する機会もなかなかありませんし、だいぶそういう感覚は廃れつつありますが」
「確かにすげぇ強い魔王が爽やかな石鹸の香りとかしたら、なんか違うのはわかるけどさぁ……」
それにしても血と臓物の香りは嫌だなぁ。
「香りの材料が何なのか考えたくないであります」
「大丈夫ですよ、ほら『香りはイメージです。合成香料をしようしていますのでアレルギー体質の方は使用をお控えください』って小さく書いてます」
猛毒は好き嫌いの範囲なのにアレルギー体質は普通にあるのか。本当わかんねぇなぁ。
俺は苦笑しつつ最後のページをめくった。
「体験型ギフト……なんだこりゃ?」
「最近はそういうのもあるんですねぇ。どれどれ『エステコース~地獄の業火で毒素を流して聖水でピーリング!』だそうですよ」
「ピーリングってなんだ?」
「フルーツ酸などを使って肌に残った古い角質を柔らかくして取り除く美容法ですよ。まぁワタクシにはそんなもの必要ありませんけど」
――今、しれっと美肌アピールしたな。たしかにジェルの肌はスベスベでとても綺麗だけど。
「宮本さんは美肌とか興味なさそうだよな」
そもそもあの人は骸骨だから骨しかないんだが、この場合はどうしたらいいんだろうな。
「綺麗にしたければ重曹に浸けて水洗いでもすればいいんじゃないですかね」
「換気扇の掃除じゃねぇんだから」
とにかく、これもダメそうだ。
俺はもう一度パラパラとカタログをめくるが、どれも決め手に欠けるように思う。
とりあえずもう少し考えてみると言って、ジェルは紅茶を淹れる為に立ち上がった。
いったい何をプレゼントしたら宮本さんは喜んでくれるだろうか……。
結局その日は何にするか決まらずに終わってしまったんだ。
数日後、ジェルが晴れやかな笑顔で転送用の魔法陣を描いていた。
「お、どうしたんだ?」
「今から宮本さんにお歳暮を送るんです」
「決まったのか。何にしたんだ?」
「いろいろ考えたけど魔界の物よりも人間界で買える物を送った方が逆に喜ばれるかなと思って、八ツ橋と赤福にしました」
「まぁそう言われたらそうか……」
あんまりお歳暮っぽくないけど、宮本さんが喜びそうな物が見つかってよかった。
着物を着た骸骨が座布団の上に座って、幸せそうにお茶と一緒に和菓子を食べている光景を想像して俺はほっこりしたのだった。
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