第167話:とんでもない動物園

 ジェルと並んでしばらく見ていると、飼育員さんはまずライオンの方に肉、蛇の方に冷凍マウスを投げ入れた。


 そして、まるでイタリアのシェフがピザを石釜に入れる時みたいに、巨大なスプーンの上に干草を乗せて柵の外からヤギに干草を食べさせている。


「そんな安全な方法があったのかよ……」


「ワタクシ達の時はスプーンなんてありませんでしたよね」


 あの時は、従業員が皆ジェルの作ったクソ不味いドリンクのせいで倒れて、まともに説明を受けられなかったからなぁ。


「どうやって食べさせるのか気になってたけど、これですっきりしたな」


「そうですねぇ」


 納得した俺達は次の生き物を見に行くことにした。


「次はアイスドラゴンを見に行きたいです!」


「宮本さんが氷漬けにされたやつか……」


 ジェルの先導でそれらしき場所に行ってみるとドーム型の建物があって、外側にはデフォルメされた白いドラゴンの可愛いイラスト付きの看板が立っていた。


 建物の入り口には売店が併設されていて、ドラゴンのぬいぐるみが並んでいる。


「えっと……『当園の人気ナンバーワンのドラポンくん』って書かれてますね」


「え、意外と可愛いやつだったりする?」


「ドラゴン、楽しみであります!」


 俺達はワクワクしながら、建物のドアを開けた。

 途端に吹雪が全身を襲ってきた。

 とっさにジェルが障壁の魔術を使って防いでくれたが、呼吸をしようとしたら鼻の中がピキピキする。


「この先は危険です、撤退しましょう!」


「動物園にレジャーに来てるだけなのに、なんで戦場みたいなワードがでてくるでありますか⁉」


 ポーチの中で状況をわかっていないキリトが声をあげる。

 確かにその通りだが、ここは撤退するしかなさそうだ。


「うわ~、あいつら、氷耐性無いのにドラポンくんのところに行ってる~!」


 小さな角の生えた子ども達が、慌てて引き返した俺達の様子を見て笑っている。


「どうやら売店で、氷耐性の指輪を売ってるみたいですね。それを買いますか。あぁ、また予定外の出費が……」


 売店の張り紙を見てジェルが嘆いたが、アイスドラゴンを見たいなら仕方ない。


 俺達は、売店で指輪を買って再びドアを開けた。

 さっきと同じように吹雪が襲ってくるが、ヒンヤリしているなぁという程度で普通に呼吸もできるし、視界もきく。


「指輪の効果すげぇな!」


「どういう仕組みなんでしょうね。興味深いです」


 建物の中は氷で覆われていた。

 足元は土だが、ところどころ凍り付いていて滑りそうになる。


 少し進むと柵があって、その向こうに白いドラゴンがいた。めちゃめちゃでかい。クジラくらいはあるだろうか。


「これが、ドラポンくんか?」


「そうみたいですね」


「大きくて真っ白で綺麗であります!」


 キリトが喜んでいるので、もっとよく見えるようにとポーチを高く掲げる。

 すると、ドラポンくんがエサだと思ったのか巨大な口を開けて氷のブレスを吐いた。


「うわ、つめてぇ!」


「これでも指輪の力で軽減されてるはずですよ。なるほど、宮本さんはこのブレスをくらって氷漬けになったんですね。つまり獲物を氷漬けにして動けなくしてから捕食するということでしょうか……これは興味深いですね」


 ジェルはのんきに観察しているが、正直氷漬けにされるかと思ってびっくりした。


「ごめんなキリト、びっくりしたな」


「ふぇぇぇぇ、怖いであります!」


 キリトはポーチの中で縮こまってしまった。


「なぁ、ジェル。なんかもっと平和な感じのはねぇかな?」


「そうですねぇ……あっ『ふれあい牧場』ってのがあるみたいですよ」


「よし、そっちに行こう」


 俺達は、ふれあい牧場へと移動した。

 モフモフした羊とかおとなしいヤギみたいなのが居ればいいんだが。


 しかし、そこに居たのはピンク色の大きな丸い餅みたいな半透明の生き物だった。

 柵の中で頭に角を生やした子どもたちが、それを掴んだり粘土のように伸ばしたりしてはしゃいでいる。


「スライム……ですかね?」


「思ってたのとは違うけど、これなら安全そうだな」


 俺が柵の中に入るとスライムがたくさん寄ってきた。

 おお、すげぇ人懐っこい。

 ぺったんぺったんと、温かいモチモチしたスライムが俺の体に引っ付いてくる。


「それ、本当にスライムなんですかね? ワタクシが知ってるのと何か違うんですけども」


「アレク氏! 服が溶けているでありますよ!」


 ポーチの中からキリトが叫んだ。

 うつむいて自分の姿を見ると、Tシャツとズボンがどんどん粘液で溶かされて穴が開き始めている。


「えぇっ、なんだこれ⁉」


 慌ててスライムを引き剥がそうとするが、次から次へと引っ付いてくるからキリがない。


「ジェル、キリトを頼んだ!」


 なんとかポーチをジェルに放り投げて、俺は再びスライムを引き剥がそうともがく。


「アレク氏がスケベブックみたいなことになっているであります! えっちであります!」


 なんとか引き剥がし終えた時には俺の体はビキニパンツ一丁になっていた。


「服だけ溶かすタイプだったみたいでよかったですね」


「よくねぇよ!」


「アレク氏、売店でドラポンくんTシャツを買って着て帰るでありますよ!」


「あぁ、また余計な出費が……まったくとんでもない動物園です!」


 ――たしかにとんでもない動物園だった。

 でも独りで出かけるより、やっぱり一緒の方が楽しいな。お兄ちゃんは大満足だ!


 想定外の出費にプンスカ怒りながら歩くジェルと、それを見て笑うキリトと一緒に俺は売店へ向かったのだった。

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