第162話:魔界の動物園

 ワタクシのスマホに魔界から着信があったのは、日差しの強い夏の日のことでした。


「あれ……宮本さん?」


 宮本さんはワタクシと契約している骸骨で、普段は魔界でのんびり暮らしているはずなのですが、何かあったのでしょうか。


「もしもし、どうなさったんです?」


「ジェル殿! 助けてくだされ! 魔界動物園で飼育員の皆さんが倒れてしまって急に人手が足りなくなったでござるよ!」


 魔界に動物園があったとは初耳です。

 そういえば最近の魔界は娯楽に飢えていて、人間の文化を模倣しようとしているようですから、動物園があってもおかしくないかもしれません。


「動物園で人手が足りないのはわかりましたけども、どうしてワタクシがそんなことしないといけないんですか? ワタクシは錬金術師ですし、肉体労働なんてやれませんよ」


「それが……以前にジェル殿が作った栄養ドリンクを従業員の皆さんが飲んだら全員倒れて、半数以上がそのまま寝込んでしまったそうで、責任を問われているでござる!」


「えっ……あのドリンクですか⁉」


 ワタクシが以前に、錬金術の研究の副産物として大量に作った栄養ドリンクは「お手軽に死の淵を体感できる」と評されるくらい、不味くて危険な飲み物なのです。

 売れなくて困っていたのを宮本さんが大量に買い取って、その結果、魔界で流通するようになっていたのですが……まさかそんなことになっていたとは。


「このままでは、損害賠償で裁判を起こされるでござるよ! そうなるとジェル殿が賠償金を払うことになるかも……」


「それは困ります!」


「ならば今すぐアレク殿と一緒に手伝いに来てくだされ!」


「しょうがないですねぇ……」


 ワタクシはリビングでアニメを観ていた兄のアレクサンドルに声をかけました。


「アレク、魔界の動物園で人手が足りないそうなのですが、一緒にお手伝いに行きませんか?」


「えっ、魔界に動物園あるのか! 面白そうだな、行きたい!」


小生しょうせいも魔界に行ってみたいであります!」


 アレクと一緒にアニメを観ていた居候のキリトが、まん丸の瞳をキラキラさせてこっちを見つめました。


「おお、キリトも行くか!」


「いけません! アレクは忘れてるかもしれないですけど、キリトのボディは高級テディベアなんですよ。動物園に連れて行ってもし汚れたりしたら商品価値が落ちてしまいます!」


「まだジェルは、キリトを転売するのあきらめてなかったのか」


「ジェル氏は金の亡者であります。しょうがないから小生はお留守番するであります……」


 しょんぼりしているキリトに、アレクは書庫からたくさん漫画を持ってきてテーブルの上に置きました。


「お兄ちゃんオススメの三国志の漫画、全六十巻だ。これを読んで待っててくれ」


「六十巻もあるでありますか! これは退屈せずに済むであります!」


「ちなみに劉備も曹操も孫堅も皆死んで、まったく違う人の国ができて終わりって前にジェルが言ってた」


「アレク氏、自分がネタバレされたからって小生まで巻き込むのは酷いであります」


 こうしてワタクシ達はキリトに留守番をさせて、魔界の動物園へと出かけたのでした。


 動物園に到着すると、休園日と表示された入場ゲートを入ってすぐのところに大きな氷柱があり、灰色の作業着を着た大柄な男性がバーナーのような物で氷を溶かしていました。

 氷柱をよく見ると、着物を着た骸骨が閉じ込められているではありませんか。


「宮本さん⁉ どうして氷漬けに⁉」


 ワタクシの声に反応した男性はバーナーの火を止めて、振り返りました。額に小さな角の生えたオーガです。

 作業着の胸元には名札が付いていて、肩書きのところに「園長」と書かれています。


「あんたがジェルマンさんかい? 宮本さんはアイスドラゴンのエサやり中に氷のブレスをくらってしまってねぇ。まぁ、氷を溶かせば大丈夫だ」


 ――さすが魔界。普通の動物園とは感覚がずいぶん違うようです。


 オーガの園長はワタクシたちをすぐ側の事務所へ連れて行き、灰色の作業着に着替えるように指示しました。

 作業着と一緒に渡されたのは大きな袋と一枚の紙です。

 袋の中を覗いてみると、干し草や肉らしきものが入っています。どうりでずっしり重いはずです。


「その紙に簡単な指示が書いてあるから、それを見て宮本さんの代わりに動物たちにエサをやってくれ」


「はぁ、エサやりですか」


「今日は休園日でお客さんが居ないから、あんたたちのペースでやってくれればいい。獰猛なやつもたくさんいるからくれぐれも気をつけてな!」


「お、おう! わかった!」


「大丈夫ですかねぇ……」


 氷漬けにされた宮本さんを見た直後なだけに気が乗りませんが、まぁでも引き受けた以上はやらないといけません。


 ワタクシ達は、不安になりつつも動物たちの暮らすエリアへと向かったのでした。

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