第163話:魔獣たちのエサやり

「まずは鳥のエリアですね」


「おっ、でっけぇワシだな! もしかしてあれ、グリフォンか?」


 大きな檻の中に居たのは、ワシの上半身にライオンの下半身をもつ魔獣のグリフォンです。


「書物で読んだ知識ですが、グリフォンは黄金を守ったり天上の神々の車を引く役目を持っているそうですよ」


「そうなのか。ゲームだと焼き鳥にするイメージしか無いんだけどな。あとはクエストで狩るとか」


「昔から創作小説やゲームでもよく登場してますからねぇ。さて、エサをあげないとなのですが――」


 指示が書かれた紙を見てみると「馬刺し」とあります。


「ずいぶん贅沢なもん食ってるな。なんだこいつ、熊本出身なのか?」


「馬をライバル視していて、馬を食べるという伝承がありますが本当だったんですねぇ」


 アレクの持っている袋の中には、スーパーで売ってそうなトレイに入った状態で馬肉が山盛りになっていました。

 ぴっちりラップがかけられて「馬刺し」と書かれているので間違いありません。


「あ、すげぇサシが入ってて良い肉だ……いいなぁ。甘い醤油と生姜で食いてぇ」


 彼が袋から馬刺しを取り出した瞬間、グリフォンがギャァギャァ鳴いて白い翼をバサバサさせて暴れ始めました。お腹がすいているのでしょう。


「よーし、よし。お待ちかねのご飯だぞ~」


 アレクが檻の中に入って山盛りの馬刺しの入ったトレイを持って近づくと、グリフォンが彼の頭に齧りつこうとします。


「うぉっ、あぶねぇ!」


 驚いたアレクが馬刺しを地面に落とすと、グリフォンはあっという間にそれをペロリと平らげてしまいました。


「大丈夫ですか、アレク!」


「おう。ちょっとびっくりしたけど大丈夫だ。じゃあ次行こうぜ」


 隣の檻にもグリフォンと同じくらいの巨大なニワトリが飼育されています。

 なぜか柵には「自己責任」と書かれたプレートが飾られていました。


「はて……何が自己責任なんでしょうねぇ?」


 キェェェェェェ!


 巨大ニワトリはけたたましい鳴き声をあげると、口から灰色のブレスを吐きました。

 よく見ると、頭と体はニワトリですが尻尾の部分は蛇の下半身のようになっています。


「あぁぁぁぁぁ!!!! これはニワトリじゃなくて、コカトリスという魔獣です!」


 とっさにワタクシは障壁の魔術を唱えて、光り輝く壁でブレスの直撃を防ぎました。

 間に合ってよかった。


「あのブレスはたぶん毒です! 吸い込まないように気をつけてください!」


「なんでそんな物騒なもん飼育してんだよ!」


「知りませんよ、さっさとエサをあげてください!」


「エサはなんだ……? あ、わかった! たぶんこれだ!」


 アレクが袋の中を覗き込み、太いロープのような何かを取り出して檻の隙間からぶん投げました。


 コカトリスは地面に落ちたそれを喜んで食べています。


「なんですかね、あれ」


「巨大ミミズだ。あんなでっかいのお兄ちゃん初めて見たぞ」


「うわぁ……まぁ確かに上半身はニワトリですもんね」


「――さて。あと残ってるエサは肉と干草と冷凍マウスだな」


「とりあえず行ってみましょうか」


 ワタクシ達は鳥のエリアを移動して「神話の動物」と書かれたエリアへ来ました。

 柵に囲まれた広場の中に低木が生い茂っていて、その隙間から黒いヤギの頭が見えています。


「見た感じ、普通のヤギだな」


「でもなんだか頭の位置が高くないですか? 異様に足が長いヤギとかですかね……?」


 その時、ヤギが移動して全体が明らかになりました。

 ライオンの頭に蛇の尻尾、そして象のように巨大な胴体からヤギの頭が生えています。


「これは、ギリシャ神話に登場する魔獣のキマイラです!」


「すげぇ! かっこいいな!」


 指示では「ライオンには肉、ヤギには干草、蛇には冷凍マウスをあげましょう」と書いてありました。


「ちょっと待ってください、これどうやってエサあげたらいいんですか⁉」


 キマイラ本体は柵を超えては来ないので外側から肉を投げれば大丈夫ですが、それだと背中のヤギ部分にエサをやることができないのです。

 柵を越えて下手に近づくと、ライオンの頭がワタクシ達を食べようと大きく口を開けてきます。


「蛇はマウスを投げればいいですけども、干草は投げてもヤギに届かないですよ」


「そうだなぁ……よし、お兄ちゃんに任せろ。ジェルはライオンに肉を見せてライオンの気を惹いてくれ」


 アレクはマウスと干草を手にして柵を越えて側面からキマイラに近づきました。

 ライオンの頭はアレクに向かって吼えましたが、ワタクシが大きな塊肉をチラつかせると、こちらに気をとられてグルルルルル……と唸っています。


「よし、今だ。肉をあげろ!」


 ワタクシが肉を投げるとキマイラは目の前に落ちたそれを前足で掴んで、噛りつきました。


 すかさずアレクは冷凍マウスを蛇のほうに投げて、胴体に飛びつきよじ登り、ヤギの頭に干草を食べさせた後、飛び降りてこちらへ戻って来たのです。


「よしよし。皆、飯が食えて良かったな」


「無茶しますね……」


 ――しかしこれ、普段はどうやってエサをあげているんでしょうねぇ。


 こうしてワタクシ達は、無事にエサやりを済ませて戻ってきたのでした。

 事務所に戻ってみると宮本さんが無事に氷から脱出できたらしく、温かいお茶を飲んで座っていました。


「大変お世話になったでござる。これを園長さんがお二人にプレゼントするとのことでござるよ」


 そう言って宮本さんはワタクシ達に動物園の無料招待券を渡してきました。


「たしかに次はお客さんとして来園したいですねぇ……もう魔獣のお世話はこりごりです」


 ワタクシは、キマイラの写真がプリントされた招待券を受け取って、苦笑いしたのでした。

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