第77話:天才錬金術師と兄

 ワタクシは次々と手をかざし呪文を唱え、廊下や他の部屋、壁や柱に階段、床に天井と、手当たり次第にどんどん修復していきます。

 

「――ふぅ。次はいよいよ玄関ホールですか。さすがにかなりしんどいですね」


 小さい城だからなんとかなると思ったんですが、こんなに一気に魔術を使ったことは初めてでしたので、頭がクラクラしてきました。

 全身に疲労感を感じてどこでもいいから今すぐ横になりたい、そんな気持ちが頭を掠めます。


 でもワタクシは稀代きだいの天才錬金術師と呼ばれた男。これぐらいのことで倒れるわけには――


 よろけそうになったのを足にグッと力を入れて踏みとどまり、ワタクシは再び呪文を唱え始めます。

 玄関ホールが綺麗になり、城壁を修復する頃にはすっかり朝日が差し込んでいました。


「くっ。これで……最後です、ね…………」

 

 あと一箇所というところで集中が切れたのか急に全身の力が抜け、思わずその場に崩れ落ちそうになりました。

 しかし次の瞬間、ワタクシの体は駆け寄ってきた誰かに抱きとめられたのです。


「――まったく、無茶しやがって」


「アレク……来てくれたんですか」


「ごめんな、お兄ちゃん魔術で移動とかできないから遅くなっちまった」


「いえ。あと少しですから、そのまま支えててください」


 疲労はピークに達していて呼吸は乱れ、呪文を詠唱するのも途切れ途切れになりながらでしたが、それでもワタクシはアレクに支えられながら最後まで修復を完璧にやり通しました。


「ハァ……ハァ……これでもう、解体なんて言わせません……」


「あぁ、大丈夫だ。よくがんばったな」


 アレクはワタクシの頭をワシャワシャと豪快に撫でて、優しく笑いました。


「大丈夫って、どういうことですか? あ、うわっ、ちょっと、アレク!」


 彼はワタクシを横向きに抱きかかえて、そのまま乗ってきたらしい車へ移動しながら、なんてことないような調子で言いました。


「もう一回交渉してみるって言ったろ? こうなるのを見越して政府に再調査してもらう約束を取り付けたんだよ。……まぁ調査するまでもなくこの城をひと目見りゃぁ、もう誰も解体しようなんて言わねぇだろうけどな」


「アレク、ありがとう――」


 ワタクシの意識はそこで途切れました。どうやら魔術の使いすぎで限界だったみたいです。

 次に目を覚ましたのはホテルの部屋で、枕元の時計を見るとお昼すぎでした。


「アレク…………? あっ、城。城はどうなりましたか⁉」


「おう、ジェル。目が覚めたか。ほら、テレビ観てみろよ。ちょうどニュースやってるから」


 ソファーに寝転がっているアレクが指をさした画面の向こう側では、城の解体が中止になったことが報道されていました。


「専門家の意見だと、数百年はもつだろうだってさ」


「そうですか、よかった」


 その後、城は地元の観光名所として整備され、大切に保存されることになりました。


「また会いにきますからね。次はもっと早く……」


 観光客に混じって城を見学するワタクシの胸元には、小鳥のブローチが誇らしげに輝いていたのでした。

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