第76話:恩人の城
気になって記事を読むと、ワタクシがかつて滞在していた城が老朽化していることを理由に、政府の命令で解体されることが書かれているではありませんか。
確かに古い城ではありますが、まさかそんなことになっていたとは。
「しかも解体が明日だなんて。なんとか止めてもらう方法はないものでしょうか……あ、そうだ! アレク!」
ワタクシは急いでオランダを旅行中のアレクに電話しました。
彼はやたらと顔が広く、なぜか政治家や財界人などにまでツテをもっているのです。
「おう、ジェル? こんな時間にどうした?」
ワタクシは彼に事情を説明し、解体を止めるよう政府に話をつけられないか相談しました。
「よしわかった、お兄ちゃんが偉い人にお願いしてみるから、とりあえず落ち着け」
「お願いします!」
そして数分後。彼から返ってきた言葉は、老朽化したまま放置するわけにはいかないので解体工事は予定通り行う、ということでした。
「そうですか、どうにもならないんですね」
「ごめんな。修復するのも簡単にはいかないらしくてな。でもまだツテはあるしもう一回交渉してみるから」
――修復。
「修復……そうか。そうですよね!」
「え。ジェル? おい、ジェルちょっと待て。オマエもしかして――」
「ありがとう、アレク。ではまた!」
ワタクシは急いで電話を切ると、小鳥のブローチを手に取りスーツの胸元に付けました。
大急ぎで店を閉めて、裏庭へ行き地面に転送の魔法陣を描き始めます。
その間もアレクから何度か電話がかかってきましたが、急いでいたので無視して魔法陣を描き上げました。
「行き先はドイツのヘッセン。さぁ、あの城へワタクシを導いてください!」
魔法陣の上に立ち、呪文を唱えると足元が光り輝き、その輝きは徐々に大きくなり全身を包み込み浮遊感に包まれると次の瞬間、ワタクシの姿は真っ暗な場所に着地していました。
冷たい風が頬を撫でるので外に居ることはわかりますが、いきなり暗い場所に移動したせいで何も見えません。
「そうか、時差があるから。ということは今は夜中の三時ぐらいですかね」
目が暗闇に慣れてくると、自分が小さな古城の前に立っていることがわかりました。
月明かりに照らされた外壁は、あちこちが割れて削れていて隙間には草が茂り、そこが廃墟であることを示しています。
「どうやら無事、目的の場所に着いたようですね」
ワタクシは立ち入り禁止の柵を越え、魔術で頭上に小さな光を出現させて照らしながら中に入ってみました。
「どこでも読書できるようにと覚えていた光の魔術が、こんなところで役に立つとは……」
魔術で作った光はあくまで周囲を照らす程度でしたが、窓から月明かりがたくさん入ってきて城内は思いのほか暗くなかったので助かりました。
ぐるりと見渡してみると、長い間誰も手入れしていなかったのでしょう、いたるところに
壁を見るとあちこちにヒビが入っていますし、さらには天井の一部が崩れ落ちている場所まであり、このままにしておくと危険なのは言うまでもありません。
「あんなに美しい城だったのに。まさかこんな酷いことになっているなんて……」
思い出の場所の変わり果てた姿に胸が締め付けられるような悲しみを感じながら、ワタクシは調度品も何も無い寂しい廊下を記憶を頼りに進みました。
この先には確か、談話室があったはず。
昔ワタクシはよくその部屋で錬金術について領主と語り合ったものでした。
「この大きな扉。間違いありません、この先が談話室ですね」
金色の立派な装飾が施されていたはずの扉は、もうすっかり輝きを失いボロボロになっています。
しかしまだなんとか扉の役割をしていたようで、力を入れて押すと、ギィ……と大きな音をたてて開きました。
「あぁ懐かしい、ここはあの頃のままでしたか……!」
スポットライトのように月の光が差し込む室内は、なんと昔のままテーブルやソファーが残っていました。
もちろん月日が経ちすぎてボロボロで色あせた状態ですが、ワタクシにはそれがかつてどんな色であったかが鮮明に思い出せます。
正面の壁には、昔と変わらぬ優しい微笑みを
「……お久しぶりです、ずいぶんご無沙汰してしまいましたね。宮廷を追われ放浪していたワタクシと兄を、あなたはここへ温かく迎え入れてくださった。それがどんなにうれしかったか――」
懐かしさに涙がこぼれそうになりましたが、それをグッとこらえて一礼して、ひび割れた壁に手をかざし呪文を唱えました。
「――あの時のご恩を今、お返しいたします!」
かざした手から放たれた光がひび割れた壁を覆い、あっという間に修復されていきます。物質を錬成する錬金術の理論をベースに魔術で修理したのです。
同じ要領でドアを修復して、ガラスが割れていた窓も元の形に戻しました。
「それでは、ワタクシの研究の成果をご覧に入れましょう」
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