第73話:フラッグジャック
まさか、アレクが病気だったなんて――
その日ワタクシは、アンティークの店「
「……えぇ、お店の方は特に変わりありませんよ。それじゃお土産にフォート○ム&メイ○ンの紅茶、よろしくお願いしますね」
彼は今、ロンドンのアンティークマーケットへ商品の買い付けの旅に出かけているのです。
「やはりアレクがいないと家の中が静かですねぇ……おや?」
彼からの電話を切ってしばらくすると、店のドアがゆっくりと開きました。
「ごめんください。おぉ、これはすごいですな!」
そこには真っ黒なスーツの上に白衣を羽織って、小型の黒いトランクを片手に持った中年男性が立っていました。
白衣を着ているということはお医者様なのでしょうか。
それにしても、当店に普通の人間のお客様が来るのは珍しいことです。なにせ普段、この店を訪れるのは小さな神様やいかついオネェ魔人くらいですから。
「いらっしゃいませ。ようこそアンティークの店、蜃気楼へ。当店の主をしております、ジェルマンと申します」
ワタクシがお辞儀をすると、男性は人の良さそうな笑顔を浮かべました。
「どうも、ジェルマンさん。いやぁ、すばらしいお店ですなぁ。まるで博物館のようだ」
「ありがとうございます。どれも自慢のコレクションです。どうぞごゆっくりご覧くださいませ」
彼は店内をぐるりと見渡し、店内に並んでいる骨董品や美術品を見て感嘆の声をあげています。
それにしてもこの方は、いったい何者なのでしょう。
「――失礼ですが、あなたはお医者様ですか?」
男性はワタクシの問いに軽く頷いて、自己紹介を始めました。
「えぇ、そうです。私は『
「お医者さんで、ハザマさんですか。もしかしてあだ名はフラッグジャックとか……」
「はい?」
「いえ、独り言ですので忘れてください」
しょうもないことを言って一人で気まずさを感じていたワタクシに、彼は意外なことを切り出しました。
「――実はあなたのご家族のことで、今日は来たんですよ」
え、家族? ワタクシの両親はとっくの昔に亡くなっていますし……
まさかアレクが何かやらかしたんでしょうか。
彼のやらかしなんて思い当たることがありすぎます。
「もしかして、ワタクシの兄が何かご迷惑でもおかけしたんでしょうか……?」
「あぁいやいや、そういうわけでは無いんですよ。ちなみに今日は、お兄さんはどちらへ?」
「今は仕事でロンドンに出かけてます。ちょうど先ほど電話で話したばかりなんですよ」
「そうでしたか。実はお兄さんには内緒にしていただきたい、ここだけのお話があるんですよ……」
「はぁ……」
立ち話も何なのでとカウンターの隣の椅子を勧めると、ハザマさんはゆっくり腰掛け穏やかな表情で話し始めました。
「最近お兄さんについて、変わった出来事や様子がおかしいなと思うことがあったりしませんか?」
「変わった出来事や様子がおかしいなと思うこと、ですか……」
そんなのいつものことですし、正直何を言っていいかわからずワタクシが言葉に詰まると、ハザマさんは優しい声で続きを促しました。
「えぇ。どんな
「本当に些細なことでいいんですか? そうですねぇ――最近だと、宇宙人と会話しました」
「は、はぁ? ……い、いえ。そうですか。宇宙人ですか」
ハザマさんは予想外の回答に困惑しているようでした。そういうことを聞きたいわけではなかったようです。
「で、ではお兄さんとの暮らしで、ジェルマンさんが困っていることはありませんか?」
「そうですねぇ。クソ悪趣味なスパンコールのギラギラパンツで家の中を歩き回ったり、お酒を飲んだ翌朝によく全裸で床に転がってるので困りますね」
「ふむふむ。他には?」
「あとは、パン男ロボというロボットアニメに夢中でロボットごっこに付き合わされたり、徹夜で上映会を開いたりするのは困りますねぇ。まぁ、もう慣れっこですけど」
ワタクシが何気ない兄の日常を苦笑しながら語ると、ハザマさんは大きく目を見開いて問いかけました。
「もしかしてお兄さんは、同じようなロボットをたくさん買ったりしていませんか?」
「えぇ、買っています。ワタクシにはどれも同じロボットに見えるんですが、細かい部分が違うらしいんですよね……」
「なるほど。そのほかにもお兄さんは、アニメの絵がパッケージなだけのお菓子を買ったり、キャンペーンでクリアファイルがもらえるからと大量にいらない物を買ったりはしていませんか?」
――え。どうしてハザマさんはアレクの行動をご存知なのでしょうか。
さらに彼は、アレクの部屋にパン男ロボのポスターが貼られていることや、アニメDVDを観る用と保存用と布教用まで買っていることも言い当てたのです。
「……ふむ。大変残念なお知らせですが、あなたのお兄さんは二次性RXオタク症候群という病気に感染しています」
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