第72話:アレクショボイメッセージ

「あの。もうちょっと、宇宙人にとって有益な情報を送るべきだと思うんですが」


「有益ってどんなのだよ?」


「たとえば地球の人口とか……」


「そういや地球の人口って何人だ? 俺とジェルがいて……シロがいて、ジンちゃんがいて。スサノオとか神社の人もいて。そもそも神様は人口に入れていいのか?」


 アレクが考え込んで答えのでないループに入ってしまったので、代わりに正解を答えました。


「七十七億人らしいですよ。神様や魔人はノーカンです」


「人ってたくさんいるんだな……」


 アレクは感心しながらメモに『人はたくさんいます』と書き込みました。


「あとは太陽系の絵が必要じゃないでしょうか?」


「何のために描くんだ?」


「地球から発信されたメッセージですよって知らせる為です」


「なるほど。よし、お兄ちゃんが描いてやるよ!」


 アレクは家からスケッチブックを持ってきて、スマホで検索した太陽系の図を見ながら惑星を描いていきました。


「まず太陽があって……おい、水星すげぇちっちゃいな……木星と土星はデカすぎだろ。えーっと、うちはここです。近くまで来たら寄ってくれ。――よし、オッケーだ!」


 彼は地球に矢印を追加して、うちの店の住所を書き込んでいました。


「これでいいのか?」


「もっと、わざわざ解読するだけの価値のある情報が欲しいですねぇ」


「しょうがねぇなぁ。お兄ちゃん秘蔵のとっておきの写真を放出してやるか……」


 アレクはスマホの画像フォルダを確認し始めました。とっておきの写真……?


「これを見れば宇宙人も大興奮まちがいなしだな!」


「ちょっとアレク、いかがわしいものは……あっ」


 彼がスマホを差し出すと、画面には可愛い柴犬の写真が何枚も並んでいました。


「俺のワンちゃんコレクションだ! いいだろ~!」


「――はぁ。じゃ、その犬の写真も送りますか」


 ワタクシは写真をプリントアウトした紙や絵、そしてメモをお手製のパラボラアンテナが設置された魔法陣の上に置きました。


「さて……これで魔法陣を起動すれば宇宙へメッセージが送られるはずです」


 ワタクシは手をかざし、呪文を唱えました。


「――我はクロノスの眼を欺きし者。今ここに新たなる門は開かれた。はるか彼方にありし存在よ、我が問いに答えよ!」


 呪文を唱え終わると同時に魔法陣が光り輝き、光が中華なべを経由して自撮り棒の先端から細い光の帯がレーザー光線のように空に向けて一度放たれると、辺りに静寂が訪れました。


「……え、これだけ?」


「これだけですよ?」


 アレクは不満そうに口をとがらせました。


「おい、ジェル。どういうことだ? 宇宙人から返事は来ないのか?」


「返事は来ても二万年後とかじゃないですかね? だって、アレシボメッセージも送っただけで返事はきてませんし」


「なんだよ、つまんねぇの~。おーい! 宇宙人! メッセージ受け取ったなら返事ぐらいしろ~!」


 夕日が落ちて暗くなりはじめた空に向かって、彼は大声で呼びかけました。


「ちょっと、アレク。そんなこと言ってもUFOなんて来るわけが……えぇっ⁉」


 急に地面が照らされたので上を見たら、そこにはピカピカと光を点滅させる巨大な円盤の姿があったのです。


 この周囲には店の存在を隠すための結界が張り巡らせてあるのですが、それがピシッと音を立てたかと思うと、一瞬ですべて破壊されました。なんと恐ろしいパワーなのでしょう。


「あぁぁぁぁぁぁ⁉ ワタクシの魔術結界がぁぁぁぁぁぁ~!!!!」


「やったぁ! マジでUFOきた! メッセージ届いたんだな!」


 アレクは結界が壊れたことなんかまったく気にならないらしく、空を見上げて大喜びしています。

 すると円盤から柱のような太い光が射して、その中に二人組みと思われる人影らしきものが見えました。


「やった、宇宙人だ!」 


「えぇっ⁉ どうしましょう、もし友好的な宇宙人じゃなかったら――」


 相手は結界を一瞬で破壊するほどの高い能力の持ち主です。恐ろしいエイリアンで今から地球を侵略する、なんてことになったりしたら……


 ワタクシが最悪の事態を想定して身構えると、光の向こうから間の抜けた男性の声が聞こえました。


「なんや。誰かと思ったらオマエらかいな」


 目の前にいたのは、オカルト雑誌で見たような小柄で全身銀色で覆われた身体に大きく真っ黒な目の典型的な宇宙人達です。

 しかし、お揃いのアロハシャツにステテコ、そして下駄を履いていました。 


「え、宇宙人……ですよね?」


「せやで? あんさんの顔も知ってるで。あんたら正月に神社で羽根突きしとったろ?」


 宇宙人は親しげに話しかけてきました。


「あー! あんときの! 俺にアンテナぶっ刺した宇宙人かよ!」


 アレクが大声で反応しました。そういえば、お正月に神社で羽根突きをした際にUFOが来てアレクと知らないおっさんが拉致されるという事件がありましたっけ。


 ワタクシ達の反応をよそに、宇宙人たちはマイペースに話し始めます。


「なんや、せっかくカッコえぇとこ見せよう思って、張り切ってUFO乗って来たのに損したわー」


「せやな。ここやったら別にチャリでよかったわ」


「え、そんなご近所にお住まいなんですか⁉」


「そうやで。ここから真っ直ぐ行ったらパチ屋あるの知ってる? そこの角曲がったとこ」


 たった今、政府に報告しないといけないような重要な情報を掴んだ気がしますが、聞かなかったことにしておこうと思いました。


「ところで、犬はどこ?」


「え、犬……?」


「柴犬の写真、送ってきたやん。うちら犬触りに来たんやけど」


 ワタクシ達が柴犬を飼っていないことを知ると、宇宙人達はがっかりしました。


「なんや。ほな帰るわ」


「自分ら、あんましょうもないことしたらあかんで。ほな、さいなら」


 宇宙人たちは光の柱の中へ戻って行き、円盤の中に吸い込まれました。そしてUFOは音も無くパチンコ屋のある方向へと消えて行ったのです。


「宇宙人、すっかり地球に馴染んでましたね……」


「そうだな……」


 星が輝き始めた真っ暗な空を、アレクとワタクシはぼんやりと見つめていたのでした。

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