第6話:本当に価値のある皿とは

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ジェルのばかぁ! 急になんて声だすの! お兄ちゃんジャパニーズホラー苦手っていつも言ってるでしょ! 幽霊ダメぜったい! あいつら聖水も十字架も効かないからダメなの!」


「……い、いや……あ、れく……うしろ……」


 ワタクシの視線の先を振り返った彼は女性の姿を見て、そのまま卒倒しました。


「アレク! ちょっと、アレク!」


 倒れたアレクを腕に抱きとめながら女性の方を見ると、おぼろげだった姿がだんだんはっきりとしてきて、どうも思っていたのと少し違うような姿になりました。

召使のお菊さんにしては着物がやけに豪華で、そう、まるで花魁おいらんのような姿をしています。


 彼女は、見た目通りの古めかしい言葉でゆっくりと話し始めました。


「あぁ堪忍しなんせ。わっちは幽霊では……どうしんしょう――」


「はぁ、幽霊でないとしたら貴女は?」


 彼女は少し困惑したような顔をした後、自分は古い本から生まれた架空の存在だと言いました。どうやらお菊さんの幽霊では無かったようです。


 古い物に命が宿るということはまったく無い話ではないのですが、とても珍しいことです。

 いったいどんな偶然があってそのようなことになったのか、残念ながら彼女にもそれはわからないようでした。


ちまたで番町皿屋敷が流行ったので、後追いで似たような話の本がたくさん作られたんでありんす。わっちもそのひとつで、ずっと眠っていたはずなのになぜか気がついたらここにおりだんす……」


「なるほど、要は本の精霊といったところでしょうか。おそらくこの青磁の皿に引き寄せられたのでしょうね」


 ワタクシの反応が意外だったのか、彼女は袖をそっと口元にあて、驚いたような顔をしました。


「あれ。わっちの話、信じなんしたか? 見た目は女みたいなのに、おてき、意外と胆が座ってしゃんす」


「ふふ、ありがとうございます。ワタクシどもは不思議な物に何かと縁がありますからね。しかしその姿は……花魁ですか?」


「えぇ、召使ではお菊さんと同じ話になりんす。作者さんがもっと豪華な話に変えたんでありんす」


「あぁ、キャラの設定だけ変えてリメイクしたパターンですか。作画コストが上がって絵師の負担が増えるだけですね」


「わっちは皿を割った後、鬼が島へ鬼退治に行きなんす。その後は月へ帰りなんす」


「設定盛りすぎて破綻してますね。リメイク物にありがちな新要素を足そうとして失敗するパターン」


「――何とでもお言いなんし」


 彼女も自分の有り様に疑問はあるようで、不快をあらわにした顔で小さくため息をついた後、目の前の九枚の皿を見つめました。


「主さん、どうかこの皿を譲っておくんなんし。これがあればわっちも安心して安らぎの地へ行きなんす」


「なるほど。この皿があれば貴女は再び眠りにつけるんですね。――とりあえず兄を起こすので、ちょっと待ってくださいね」


 気を失って倒れているアレクの頬をぺちぺちと叩いて起こし、彼女が幽霊で無い事を説明すると彼は心底ホッとした顔をしました。


「そっかぁ、幽霊じゃないんだ。よかった」


 幽霊じゃないと言われただけでセーフなんだから本当アレクは単純です。


「彼女はお皿の縁に引き寄せられて目覚めてしまったみたいなんです。再び眠りにつくためにこのお皿が欲しいとのことでして。だったらプレゼントしても構いませんよね?」


「あぁ、持って行っていいぞ」


「まちなんし。皿が足りないのをどうにかして欲しいでありんす。そのままでは安らかに眠れなんす」


 彼女は皿を手に取り、おどろおどろしい声でゆっくりと数え始めました。


「一枚、二枚、三枚……四枚、五枚、六枚。七枚、八枚、九枚……あと一枚足りない……きゃあぁぁぁぁぁ!」


「そこはテンプレなことするんですね」


 ――しかし困りました。皿は全部で九枚しか無いのです。それを十枚にするにはどうすればいいんでしょうか。


 アレクも同じこと思ったらしく少し考え込んでいましたが、急に「おー!」と声をあげ、笑顔で彼女に話しかけました。


「なぁ、我が家で一番価値のある皿をあげるからさ、それを足して十枚ってことにしようぜ!」


「ほんだんすかえ?」


「あぁ、ちょっと待ってろ」


 彼はカウンター近くの扉を開け、店の奥へと消えます。

 我が家で一番価値のある皿……まさかワタクシのコレクションを勝手に持ち出すのではないでしょうね⁉


 ロイヤルコペンハーゲンのイヤープレート初年度版⁉ それとも初期伊万里⁉ マイセン⁉ セーブル⁉

 頭の中で超高価でプレミアな皿たちが次々と浮かんでは消えていきます。


「ちょっと待ってください、アレク! え……?」


 戻ってきたアレクが得意げに手にしていたのは白いお皿。彼が日頃愛用している、パンのキャンペーンで手に入れたあのお皿です。


「これさ、『日本三大祭のひとつ』である春のお祭りの時にだけ手に入る特別な皿なんだ。いっぱいパンを食べてシールを集めた人だけがもらえるんだよ。俺な、これ手に入れるのに毎日すげぇ頑張ってパン食ったんだぞ」


「わっちにそのような貴重な物をお寄越しか?」


「いいぞ。まだキャンペーン期間はあるからまたパン食って集めるし」


「おぉ、有難くいただきなんすえ!」


 彼女はいたく感動した様子で白い皿を受け取ると、青磁の皿の上に重ねました。


 ――え、それでいいんですか?


 確かにそれはお祭りの時だけ手に入る特別な皿であることには間違いないのですが……

 今朝“春のパン祭りは日本三大祭のひとつ”だと冗談でアレクに言ったのを、まさか本気にされていたとは思いませんでした。


「あぁ……これでわっちは、やっと安らぎの地へ行きなんす。幸せでありんす。貴重な皿をありがとうござりんした」


「おー、よかったな! それ落としても割れねぇし、レンチン大丈夫だしすっげぇいいぞ。ぜひパン食うのに使ってくれ!」


 そんな事とはつゆ知らず、安らかな微笑みで十枚の皿を持って消える彼女に、無邪気な笑顔で手を振るアレク。

 それで本当によかったのかと思いつつ、ワタクシは自分のプレミア食器が無事なことに安心したのでした。

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