第5話:青磁の皿の怪

 不思議なことが起こるアンティークの店「蜃気楼しんきろう」。


 店に並べる商品は、兄のアレクサンドルが世界中を旅しながら買い付けています。

 買い付け、といっても彼が現地で気にいった物を自分の感覚だけで買ってきますから当たりはずれは大きく、神話や歴史に登場するような名品であるかと思えば、ただの偽物、さらにはトラブルを引き起こすような問題のあるお品なこともあります。


 さてさて。今回、彼が持ち込んで来た品は当たりかはずれか――



「ジェル。シールの台紙はどこだ?」


「あ、はい。これです」


「よし、これで二枚目の皿ゲットだな!」


 今、ワタクシ達はとある企業のキャンペーンに参加しています。パンに付いてきたシールを集めて景品のお皿をもらう、という趣向のキャンペーンです。

 ワタクシはパンを食べ続けることに速攻飽きたので、ほとんどアレクが一人で食べてたんですけどね。

 

 朝食にパンを食べて、ちょうどお皿がもらえる量のシールが集まったので、その日のアレクはとてもご機嫌でした。


「ふふ、よかったですね。なにせ『春のパン祭りは日本三大祭のひとつ』ですからねぇ。日本で暮らすなら参加しておくべき祭なのですよ」


「おぉ、そうなのか……そんなすごい祭だったとはお兄ちゃん知らなかった」


 ――まぁ、さすがにそれは冗談なんですけど。


 台紙のシールの数を確認する彼のうれしそうな顔を見て、ワタクシは目を細めました。


 朝食後は、カウンターの椅子に二人で腰掛けながら、アレクが仕入れてきた品の鑑定を始めます。

 宝石や食器に江戸時代の古い本。今回はなかなか良い物を仕入れてきてくれたみたいです。


「見てくれよこれ! 綺麗な色だよなぁ~!」


 そう言ってアレクが差し出したのは青緑色をした何の模様も無いシンプルな皿でした。これはおそらく青磁釉せいじゆうという釉薬ゆうやくを使った陶磁器でしょう。


「ほう、青磁せいじの皿ですね。これは美しい」


「だろ~? それな、東京のとあるお屋敷の蔵で見つかったらしいんだけど、江戸時代の物なんだって」


 ワタクシが手にとって鑑定してみますと、透明感のある青緑でなかなか値打ちのありそうな物に見えます。


「江戸時代ですか。それにしては状態もいいし大事に保管されてたようですね」


「うんうん。しかもそれだけじゃなくて、同じのがあと八枚あるんだぜ、ほら」


 アレクは木箱の中から残りの皿を出して見せました。


 つまり全部で九枚……おや、セットの数として九枚はおかしいような。


「これ、本来は十枚で一セットじゃないですか?」


「そうなんだよなぁ。それ、十枚セットだったのに召使めしつかいが一枚割っちゃって九枚になっちゃたんだって。だからすげぇ安く買えたんだけどな」


 その話を聞いてワタクシは思わず顔をしかめました。

江戸時代、召使が割ったせいで九枚になってしまった皿。そのキーワードに思い当たる有名な怪談があったからです。


「ねぇ、アレク。番町皿屋敷ばんちょうさらやしきって知ってますか? その足りない皿の話には続きがあるのですよ」


「続き?」


「えぇ。皿を割った召使はどうなったと思います?」


 彼は何も知らないらしく顎に手をあて、うーんと唸りました。


「どうなったって……やっぱ怒られたんじゃね?」


「そうですね、怒られました。その方はお菊さんと言う名前なんですけどね。こっぴどく怒られて殺されそうになり……最終的に彼女は井戸に身を投げて亡くなったのです」


 お菊さんが身を投げた光景を想像したのか、彼は眉をキュッと下げ、青い瞳を曇らせます。


「……マジかよ」


 ワタクシは真剣な顔で頷き、なるべく低い怖い声で言いました。


「その後、井戸には夜な夜な、一枚……二枚……三枚……四枚……五枚……六枚……七枚……八枚……九枚と皿を数えるお菊さんの幽霊が――」


 そう言いながらアレクの方を見ると、なにやら彼の後ろに着物を着た女性の姿らしきものがうっすらと浮かんでいるのが見えるではありませんか……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る