第50話:ご利用は計画的に

「うわぁっ、なんだぁ⁉」


 あの袋には買ったばかりのパン男ロボが入っている。俺は慌てて道の端に落っこちた紙袋を追いかけて拾った。

 袋はペンか何かで刺したかのようなサイズの穴が貫通していて、穴のふちから焦げた臭いがしている。

 当然、中のロボは衝撃でぶっ壊れていた。


「これ……撃たれたのか⁉」


 すると目の前で悲鳴が上がったかと思うと銃声が聞こえて、周囲の人たちが口々に何か叫んで逃げ出しているのが見えた。


「マフィアだ!」


「マフィアの抗争だ!」


「逃げろ!」


 俺は紙袋を抱えて、急いで音がしたのと反対の方へ逃げた。

 その間も銃声は絶え間なく聞こえている。


「ちくしょう、どこに逃げればいいんだ……?」


 目の前に誰も居ない公園があったので、とりあえずそこに逃げ込んでベンチで一息ついた。


「……ふー、危なかったぁ」


 安心したとたん、壊されたロボのことが悔やまれた。

 貴重な最後の一個だったのに。まだ売ってる店があるなら探しに行くべきだろうか。


 そんな考えがよぎった矢先、俺の隣でピッピッピッ……と何やら規則正しい電子音がしていることに気づいた。

 音のした方に目を向けると、細い筒がテープで束ねられていてその側面にはタイマーがセットされていて、筒からコードが延びていて――これは。


「時限爆弾じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 数字は、あと一分で爆発すること示していた。


 俺はバネ仕掛けの玩具みたいに勢いよく立ち上がって、全力で公園の外に走った。


 公園から出た直後、背後で大きな爆発音と熱風がきて俺はとっさに地面に伏せた。

 十分に距離があったのと爆発の規模がそこまでではなかったのが幸いして、俺自身には怪我は無かった。だが周囲には焦げ臭い匂いが漂っている。


「ふぇぇぇぇ~なんなんだよぉ~。……あっ、パン男ロボ!」


 慌てすぎてロボの入った袋をベンチに置いてきちまった。きっと跡形も無く消し飛んでいるだろう。


「あぁぁぁぁぁ~! 最後の一個だったのにぃぃぃぃ~!」


 やっと手に入れたロボの壮絶な最期にショックを受けたが、それを悲しむ暇も無く次の危険が俺を待ち構えていた。


 うな垂れた俺の背後からグルルゥゥ……となにやら低い獣の唸り声がする。

 振り返ると、野犬の群れが牙をむき出しにしてこちらをにらんでいた。


「わ、ワンちゃん……?」


 俺が思わず後ずさりした瞬間、犬たちが一斉に飛び掛ってきて俺は再び全力疾走する羽目になった。


「くっそぉ~! なんでこのタイミングで⁉」


犬たちは激しく吠え立てて、俺を追いかけてくる。


「全部で五匹か……さすがにこの数は対処できねぇかも……」


 たとえ一匹でも犬の攻撃力はバカにならない。その気になれば大人だって平気で噛み殺される。それが集団となると戦うのはかなり厳しい。

 特に先頭で俺を睨んでいた犬はたぶんマスティフという犬種で、闘犬にも使われるやべぇやつだ。

 しかも単純に攻撃力だけの話じゃなく、噛みつかれたら狂犬病に感染する可能性だってある。

 

 ――ここは下手に交戦せずに、とりあえず逃げるしかねぇか。


 だが犬の獲物を追う執念深さと追跡能力は、そう簡単に逃げ切れるものではなかった。


「はぁ……はぁ。やっぱ、ワンちゃんはすげぇな」

 

 俺は全力で走って逃げたが、犬の群れはどこまでもしつこく追ってくる。

 誰かに助けを求めようにもさっきのマフィアの抗争や爆発騒ぎのせいか、周囲の建物の扉は固く閉ざされていて人の気配も無い。困った。本当に困った。


 ……困った時は。――そう、御札だ!


 俺はポケットの中を探った。やわらかい紙が指先に触れる。

 くそ、御札はあと一枚か。こんなことなら、あんなどうでもいいことに御札を使うんじゃなかった……ジェル怒るだろうなぁ。

 三枚目を使ったら帰国する約束をしているから、できれば三枚目は使いたくない。


「でも……いよいよやべぇかも」


 犬は元気に追いかけてくるけど俺はずっと走り回ってヘトヘトだし、いつの間にか細い路地に入り込んでいたようだ。

 足がもつれて転びそうになりつつも必死で逃げ回ったが、とうとう行き止まりに追い詰められてしまった。


「ちくしょう、これまでか……」

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