第51話:最後の一枚

 散々走り回ったはずなのに犬達は疲れた様子もなく、相変わらず敵意をむき出しにして唸り声をあげている。完全に俺を獲物と認識しているらしい。

 

「……わかった。お兄ちゃんの負けだ」


 俺は身体の力を抜いて地面にへたりこんだ。

 それを見て先頭にいる大きなマスティフが唸り声をあげ、大きく口を開けて飛び掛かろうとする。


 ――その瞬間、俺は御札を掲げて叫んだ。


「何でもいいから助けてくれぇぇぇぇぇ!!!!」



 俺の叫びに反応して御札から閃光が放たれ、眩しくて反射的に目を閉じた。


 すると、俺のすぐそばでタンッと地面に着地するような靴音がして「キャン!」という犬の甲高い鳴き声がしたかと思うと、よく聞きなれた声がした。


「――しょうがないですね」 


 おそるおそる目を開けると、俺をかばう様に前に立ち、金髪をなびかせ片手を前方に軽く広げ魔術を行使こうしするジェルの姿があった。

 すぐ前方では彼の魔術によって輝く障壁しょうへきが張られている。

 

 野犬の群れは俺たちめがけて何度も飛びつくのだが、その度にキラキラ輝く透明な壁にぶつかって阻まれた。それでもしつこく何度もぶつかって、しばらく吠えていたがとうとう諦めて逃げていった。


「ジェ、ジェル……」


「大丈夫ですか、アレク。怪我はありませんか?」


「うん」


「よかった……」


 差し出された手につかまって立ち上がると、ジェルは透き通った青い瞳を細め、優しく微笑みかけた。


「――アレク?」


「あ、ありがとな、えっとその、まさかジェルが来るとは思わなかったから……」


 俺はその綺麗な笑顔にちょっと動揺しながらお礼を言った。

 普段のジェルは家に引きこもって本を読んでばかりで、旅行には絶対付いて来ないから、まさか助けに来てくれるなんて完全に予想外だったんだ。


「こんなこともあろうかと、三枚目を使用した時にワタクシが召喚されるような設定にしておいたんですよ」


「え、なんで……」


「だって三枚目を使わないといけないほどの事があるというのは、相当のピンチでしょうから、ワタクシが救援に向かった方がいいでしょう?」


「……おー、さすがジェルだな! うん、お兄ちゃんすげぇピンチだったわ! いや本当ジェルちゃん最高! 天才だわ!」


「そうでしょう、そうでしょう。――だからワタクシ反対したんですよ⁉ 本当にあなたという人は……」


 ジェルの顔からさっきの優しい微笑みが跡形も無く消えて、彼は眉をきゅっと吊り上げ俺を睨んで口を開いた。やばい、これはお説教が始まる予感だ。


「それにしても一枚目や二枚目の使い道なんですが、あれはいったいどういうことですか⁉ あ、言っておきますが何に使ったかなんて全部ワタクシにはお見通しなんですからね⁉ そもそも困った時に使いなさいって言いましたよね? よく考えて使いなさいってワタクシ言いましたよね⁉」


 ジェルは、よくもまぁそんなに口が回るもんだと思うレベルの早口で、俺をくどくどと責め立てた。


「困った時ねぇ……」


 まさに今、ジェルに叱られててお兄ちゃんすげぇ困ってるんだけど。

 今すぐにでも御札を使ってこの場から逃げ出したいが、残念ながらもうポケットの中は空っぽだった。

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