第22話:呪いの腕輪

 ――まさか、たった一度の過ちで子育てをすることになるなんて。


 その事件が起きる二時間前、ワタクシが店主を勤めるアンティークの店「蜃気楼しんきろう」には魔人のジンが来店していました。


「……なんでうちの店にまたジンが居るんですかねぇ~。うちは普通、来られない店のはずなんですが」


「あんらぁ~、ジェル子ちゃん。魔人を舐めてもらっちゃ困るわねぇ~」


「これはセキュリティ強化しないといけませんね」


「いやん♪ ジェル子ちゃんのいじわる~!」


 ワタクシの呆れた視線などまったく意に介さず、ジンはマイペースに話し続けます。


「それよりもねぇ、ちょっとこれ見てくれない? アタシのダーリンが見つけた腕輪なんだけどぉ、呪いがかかってるって話なのよ。」


 ジンは美しい模様の入った金色の腕輪を差し出しました。なんでもジンの恋人は凄腕のトレジャーハンターだそうで、その腕輪も冒険の途中で手に入れた物なんだとか。


「アレクちゃんから聞いたわよぉ~。ここってそういうちょっとアレな物をいっぱい置いてるお店なんでしょ?」


「別にいっぱいってわけでは……」


 そこは店の名誉にかけて訂正したいところです。ちゃんとまともな物もたくさんあるんですよ、ホントに。

 

「ところで腕輪にかかった呪いはどんなものなんですか?」


「それがどんな呪いかは、わからないのよねぇ。どうしたもんかアタシも困ってるのよ」


「わからない? そういうことなら、呪いの解析をしてみましょうか」


 ワタクシはカウンターの引き出しからルーペを取り出しました。


「解析ってどういうこと?」


「ワタクシ個人の見解ですが、呪いというのはプログラムみたいなものでしてね。解析すれば内容を書き換えたり消去したりできるんですよ」


 困った顔で腕輪を見ていたジンは、その言葉に目を輝かせ身を乗り出しました。


「それってつまり、呪いが解けちゃうの?」


「えぇ。もしかしたら普通の腕輪にできるかもしれません」


「え、ヤダ、なにそれすごぉ~い! もしこれが普通の腕輪ならアタシ欲しいわ~。デザインは気に入ってるのよ~!」


 腕輪はアールヌーボーの細やかな装飾が施されている美しいお品で、たしかに呪いさえかかっていなければとても良い物だとワタクシも思います。


「綺麗な腕輪なのに身につけられないのは勿体無いですしね。わかりました、やってみましょう」


「うれしい! ありがとう~! でもジェル子ちゃんにそんな特技があるなんて知らなかったわ~」


「ワタクシのメインは錬金術ですが、魔術や呪術についてもいろいろ研究していますから」


「すごいわねぇ。ねぇねぇ、アタシでもその解析ってできるかしら?」


「知識が無いのにそんなことをしたら危険ですよ。解析途中で呪いが発動することもありますし」


「あら~、そうなのねぇ」


ジンは少し残念そうに頬に手をあて考え込みました。


「……それで、これはどれくらいで呪いが解けるかしら?」


 ワタクシは腕輪をルーペで観察しました。このルーペは、使うと呪いの文字列のような物が見える特殊なルーペなのです。

 腕輪にかかっている呪いは予想以上に強力なようで、隙間なくびっちり禍々しい文字が浮かび上がっています。


「これはかなり強力な呪いですね。最低でも二週間は欲しいかも……」


「まぁ、そうなの? 急がないから無理しないでね。じゃ、それ預けておくんでお願いするわ~」


「えぇ、わかりました」


「そういえばアレクちゃんはどうしたの~? また旅行中?」


 兄のアレクサンドルは昨日スペイン旅行から帰ってきたばかりで、今は七時間の時差を埋めるべく、部屋で寝ているところでした。


「ちょうど昨日帰ってきて、今はたぶん部屋で寝てますね。起こしてきましょうか?」


「ううん、別に用事も無いし大丈夫よ~。どうかよろしく伝えておいてちょうだいねぇ~」


 こうしてワタクシに呪いの腕輪を預けて、ジンは帰って行きました。

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