試験当日 2/2
「サイクロプスだって?!」
冒険者たちは顔を見合わせた。
突如、入場門からフィールドに大勢の人がなだれ込んできた。観客席にもだ。皆が恐怖におびえている。
「し、試験の一環だよな?! なあ?!」
冒険者たちから声が上がる。すると、拡声器を通したような通る声があたりに響いた。ギルドマスターの声だ
『アルマンディンの冒険者たちよ、非常事態だ! 一般人を守れ! 今S級達を呼び寄せておる!』
冒険たちは別の門から会場の外に出た。辺りは混乱に満ちており、人々が四方に逃げていく。
遠くの方に、土煙が見える。一つではなく、いくつかのサイクロプスの群れだ。会場を目指して、彼らは一心に突き進んでいた。
冒険者たちが動き出す。チームに分かれ、それぞれが自分のポジションで戦闘態勢をとる。また、ヒーラーたちはけが人の治療に向かう。
あちこちで戦闘が始まった。矢面に立って攻撃するのは主にA級・B級冒険者だ。低ランク冒険者たちは入り口を固め、サポートする。
(ミア……避難できたかな……)
レグは逃げ遅れた人を探していた。けが人にヒールをかけ、会場まで連れて行くのだ。
先ほど、サイクロプスに追いかけられていた女の子がいた。遠くから、サイクロプスを電撃で脅すとさっさと逃げていったので、無事に保護することができた。
転移魔術の入り口をギルドマスターが会場に臨時で開いてくれているため、少女の怪我を治して、転移させる。
ふと、悲鳴が聞こえた。どうやら誰か交戦しているようだ。
「た、助けてくれ! 誰か!」
「なんだ?!」
声の方に行くと、サイクロプスと冒険者パーティが交戦している――いや、していた。
レグは物陰から目を凝らして、はっと息を詰めた。
あれは――パンテラの4人だ。ローズとマロウとヒーラーの男が、地面にピクリともせず倒れている。唯一動いているガンは、サイクロプスに首を掴まれてもがいている。
サイクロプスの指が、ガンの首にめり込んでいく。レグは迷わず銃を出現させ、サイクロプスの足元に撃ち込んだ。
電撃が走り、咄嗟に、サイクロプスはガンを放り出して後ずさった。ぎょろぎょろと一つ目を動かす。
一瞬、目が合ったような気がしてレグの背中に冷たいものが走った。サイクロプスは近くの建物の外壁を素手でむしり取ると、振りかぶって一直線に投げた。
瓦礫はレグの近くの壁にぶち当たった。レグは衝撃で吹き飛ばされ、地面に投げ出された。
サイクロプスはレグを上から下までねめつけると、大口を開けて威嚇した。一歩一歩、こちらに近寄ってくる。
(大丈夫、さっきマロウにヒールを飛ばしたから、攻撃してくれるはず……!)
衝撃で吹き飛ばされる際、マロウを回復させたのである。唯一、武器を持ったまま倒れていたためだ。マロウなら、サイクロプスがレグに木を取られている隙に倒すことができるだろう。
ちらりとそちらに目をやる。
誰もいない。
(逃げてるーーーー!!!!)
絶句している場合ではない。サイクロプスはもう、すぐ近くだった。鳥肌が立った。
突如、サイクロプスがうめいた。レグははっとした。
サイクロプスの顔面に、茶色い鷹が張り付いている。バサバサと羽を叩きつけ、鋭い爪を目玉に食い込ませていた。
サイクロプスのたくましい腕が鷹を掴みにかかる。鷹はさっと手をすり抜けると、空に飛び上がった。そのまま急降下して、くちばしを脳天に突き刺す。
「チャイ!」
巨体がぐらっと揺れて、仰向けに倒れる。
レグは慌ててそちらに駆け寄った。鷹――チャイは地面に降り立つと、ふんっと鼻を鳴らして、3つのジト目でレグを見た。
「ふ、不甲斐ない……」
レグは冷や汗をかきながら苦笑した。
チャイが助けに来てくれたという事は、ミアは無事避難できたのだろう。チャイの中の序列はミアの方が上なので、主人をほったらかして助けに来るわけがない。
チャイに怪我がないことを確認して、レグは倒れている3人にヒールをかけた。
治療中、ローズが戸惑ったようにレグを見ていた。
「なんで助けてくれたの……」
「そりゃ、このチームのこと許したわけじゃないけど……俺はヒーラーだから、自分のやるべきことをするよ」
レグの言葉に、ローズがプイっとそっぽを向いた。
(ああでも、マロウは助けるの保留にしようかな……)
レグは少し落ち込んでいた。
治療が終わると、レグは思考を巡らせた。
(おかしいな。サイクロプスは一体何しにここに来たんだ?)
サイクロプスは人を食うから、人が多く集まっている場所を狙って来るのはおかしくない。でも、簡単に襲える一般人はすぐに諦めるのに、冒険者には好戦的に向かってきた。食事に来たのなら、普通は逆だろう。
(なにか理由が……)
――ふわりと白いものが視界の端に映った。
レグは目を凝らした。ケサランパサランだ。
それと一緒に、特徴的なガラガラ声が聞こえてきた。
「ん……? この声、どこかで……」
ギルドの制服を着て、頭に鎧を被った奴がこそこそしている。背の高い奴と、小さい太っちょの二人組だ。
路地裏で、倒したのであろうサイクロプスを必要以上に痛めつけている。
「見たことある、ような」
レグは不審に思い、ふと気づいた。客を保護するために走り回っていた時、なぜか半分くらいの冒険者たちが、頭に鎧をかぶっていたのだ。
レグは不審に思って、二人組に近づいた。
「お前ら、ちょっと話を……」
二人が振り返った。そして、ぎょっとしたように叫んだ。
「おおおお前は!」
「うわああ羊野郎だ!!」
男二人は慌てふためきながら逃げ出した。だがちょうど痛めつけていたサイクロプスに躓いて、盛大に転んだ。
その時、頭の鎧が取れて、顔があらわになった。その面は、あの牧場で会ったノースギルドの二人だった。
「お前ら、これは一体どういうことだ!」
「ひい、怖い、やめてくれ! あれから夜に羊を数えられなくなっちまったんだ!」
「なんでお前らがアルマンディンのふりしてるんだ?! 何を企んでたのか言わないと、また羊をけしかけるぞ!」
レグが脅すのと同時に、後ろの草むらががさがさと動いた。チャイがこっそり動かしたのである。
そうと知らない男たちは、真っ青になって震えた。
「ひいいごめんなさい! お、お前らのギルドに仕返しするために、サイクロプスのガキを捕まえて痛めつけて会場に運んだんだ」
「何だって?!」
どうやら、仕組まれていたらしい。アルマンディンの冒険者が同胞の子供をさらったと、サイクロプスは思っているのだ。だから冒険者を攻撃し、会場にいる子供を取り返そうとやって来た。
太っちょの襟をつかみ上げ、レグ脅すように聞いた。
「子供はどこだ?! どこにいる?!」
「はん、教えるわけ……」
「羊!」
「知らない!本当に知らない!」
のっぽの方を見たが、そちらもぶんぶん首を振っている。二人ともがくがく震え、怯えていた。本当に知らないのだろうと、レグは思った。
「チャイ、こいつらを見張っててくれ!」
チャイがピーイと鳴いて、のっぽの頬をつついた。のっぽはだらだらと脂汗を流した。
レグは急いで会場に転移した。
(どこにいるんだ?! ……落ち着いて考えよう。ここに大荷物を持ち込むには……?)
ノースギルドが関係者として忍び込むなら、先ほどのように顔を隠すか、部外者として入るしかない。それをやるとしたら……とレグは考え、ぴたりと足を止めた。
白衣を着てマスクとフードをした男が、レグの横を走って通り過ぎていく。
レグは男の腕を掴んだ。びっくりして立ち止まったのをいいことに、むんずとフードに手を掛ける。引っ張ろうとしたら、抵抗された。
「わー!? 何をするんだ?!」
「すいません!」
「ちょっ、レグ! 落ち着け!」
聞き覚えのある声に、レグは手を止めた。
「どうしたんだ?」
マスクをずらして、優男が顔を見せた。昨日見た顔に、レグはぎょっとした。
「リーダー! うわあすいません!」
■■
男はセルパンの医療班リーダーだった。医療担当を引き受けると試験を無料で観戦できるので、毎年参加していたらしい。
リーダーはレグの話を聞いて、なるほどとうなずいた。
「それであんな狂った行動を……。医療担当者なら顔を半分ぐらい隠しているし、うろうろしてても咎められないな。サイクロプスの子供を搬入することはできるかもしれない」
「すいません……あの、大荷物が運ばれてないか、知りませんか?」
「うーん、サイクロプスの子供って言ったら人一人分ぐらいの大きさだからな……。あっそういえば、予備の回復薬が運ばれてきて……大箱一個って聞いてたんだけど、店の好意で二個来たとか聞いたな……」
「そ、それどこに?!」
「倉庫だ! 案内しよう!」
倉庫は関係者待合室の奥の方にあった。近くには避難客が数人いるだけで、あとは、入口に見張りが二人立っているだけだ。
レグたちは物陰に隠れて相談し合った。
「なんで倉庫に見張りが……」
「アルマンディンの制服を着てるけど、知ってる顔か?」
レグは首を振った。
「中に仲間がいるかもしれません。ここで騒ぎを起こされるとまずいです」
「人を呼んでこようか……」
見張りが退屈そうにあくびをしていた。
『なあ、サイクロプスが来る前に俺たちも逃げようぜ』
『そうだな、餌の役目は終わったし、あのガキもお役御免だ。殺しちまうか』
『いいねえ。頭は俺にやらせてくれ。お前は腹だ』
レグとリーダーは額を寄せ合った。
「まずいな……殺されたら、サイクロプスは完全にアルマンディンと敵対するだろう」
「回復薬を持ち出すふりをして忍び込む、とかどうでしょうか?」
「それってイマイチね。どうやって脱出するの?」
声に、二人は驚いて振り返った。
■■
フードとマスクで顔を覆って医療担当を装い、レグはリーダーと共に見張りに話しかけた。
「薬草が足りなくて……倉庫から出したいんですが」
リーダーが小さくなりながら神妙に言った。見張りは眉をひそめると、二人でひそひそと話し合い、やがて返答してきた。
「いいぞ。ただし、中には今入れない。取ってきてやる」
「ああ、いいんですか? ではまず、薬棚の912番目に入ってる葉先が二股の緑の薬草と、1234番目の茎にとげが生えてるメラメラ草の緑の根っこと気根、167番目の」
「ちょ、ちょっと待て。もう一回言ってくれ」
見張りがメモを取り出して書き始める。リーダーはまた念仏のように唱え始めた。
「薬棚の912番目の(中略)。あ、メラメラ草は他の薬草と一緒に入ってますから間違えないようにしてくださいね。いや他の薬草と一緒に入れると保存が長くなるなんてすばらしい特性があって(中略)。似たような草は他にも(中略)。あと10番目の薬草は取り扱いに癖があるので折れないように(中略)。茎から出る汁は苦いんですけどいい効果を持ってて(中略)」
見張りがリーダーを遮った。
「待て待て、もういい黙れ。入れてやるから、自分で取れ」
「わあありがとうございます」
二人はのんきにぺこりと頭を下げて、中に入った。後ろから見張りが付いてくる。
倉庫の中はしんとしていた。整列して置かれた荷物の中に、ひときわ大きな箱が二つある。近くには武装した敵が3人いて、こちらを警戒していた。気にしていない風を装いながら、レグたちは薬棚に向かう。
薬草を適当に取り出しながら、隙を見て薬草の入った引き出しを地面に落とす。レグは「わあ!」と叫び、慌ててかき集めながら、大箱に近づいた。
「おい、それに近づくな」
「でも、薬草がとんでいっちゃって……あっ、これって回復薬! 先生、これも運びませんか?」
「ああ、そんなところにあったのか」
「おい、それに触るな!」
「あれ?血が……何が入ってるんですか?」
武器を抜く嫌な音がして、すぐに周りを囲まれた。リーダーとレグは大箱を背にしてそれぞれの武器を構えた。
リーダーが口を開く。
「命が惜しいなら、近寄らない方がいいぞ!」
「はっ、何言ってんだこいつ?」
「俺はS級戦士、鉄腕の疾風だ!」
「なっ……あの狂戦士か?!」
男たちがざわめく。
鉄腕の疾風は、全身鎧をかぶった狂戦士である。今は休業中であるが、昔は、剣で右に出る者はいないと言われていた。
リーダーが気を引いている隙に、レグはヒールを飛ばした。箱の中の子供の回復具合は分からないが、怪我が癒えればすぐに殺されることはないだろう。
「S級だと……?! くそ、どこから情報が漏れた?! おい、お前ら!」
見張りが叫ぶと、倉庫に武器を持った敵がわらわらと集まってきた。ノースギルドの冒険者であろう。倉庫の近くにいた避難客まで、武器を持っている。
(避難客のふりをしてたのか……! 想像より数が多い……!)
男たちに囲まれ、二人はじりじりと後ろに下がった。目の前は、敵の壁だけだ。レグの頬を冷や汗が伝った。
次の瞬間、無数の光が彼らを貫いた。
ばたばたと男たちが倒れていく。ナイフをしまう音と一緒に、ふわりと一人の女が近づいてきた。
長袖のワンピースに清潔そうな白い手袋を付けた――アルマンディンの受付嬢である。
「一網打尽に出来て良かったわ。なかなかいい演技だったわよ、鉄腕の疾風さんたち」
受付嬢は片手を腰に当て、ふふんと笑った。
「S級も集まってきてるから、箱を運びましょう。もうすぐ片が付くはずだわ」
■■
三人で箱を運びながら外に出ると、混乱はすっかり静まって―――何か、別の混乱が起きていた。
地面には、サイクロプスが突っ伏してすやすや眠っている。空にはノースギルドの冒険者たちが、大きな蚊に吊るされてつつきまわされている。ついでに無数のお化けがその間をふよふよただよって生気を吸っている。
なぜか、アルマンディンの冒険者はみんな筋骨隆々になってぴんぴんしており、ノースギルドの冒険者に向かって腕を振り上げている。ついでに観客もムキムキになっていた。
「なんですかこれ」
「ちょっと、久々に張り切ったのね……寝てるのはグランのせいで、蚊とお化けは召喚獣で、あとは筋肉バカ剣士の付与魔法ね」
「はあ……」
とにかく、危険は去って一件落着のようだった。
レグは改めて受付嬢を見た。
「まさか『鉄腕の疾風』さんが受付やってたなんて未だに信じられないです」
先ほど、リーダーと相談している時に受付嬢が現れ、自分が全員倒すから敵をあぶり出してくれと言われたのである。
自分が元『鉄腕の疾風』だと言って、彼女は手袋を取った。その手は両方とも鉄でできた義手であった。そこにはギルドの紋章と、S級の証である星が刻まれていた。
「元、よ。高ランカーに、仕事選ぶ奴がいるからね。問答無用で受けさせないといけない依頼もあるから」
紅く染めた頬に手を当て、うふふと受付嬢が笑う。黒い笑顔にしか見えなかった。
「どうして、あの場所が分かったんですか?」
「今日非番だったんだけどねえ……誰かはわからないけど、匿名の連絡が来たのよ。倉庫に怪しい荷物があるって……」
受付嬢が口を閉ざし、チャイが空を見上げた。レグはなにか風向きが変わったような気がして、ふと振り返った。
ドオーーーン!と地響きがした。大きな縦揺れだった。冒険者たちはバランスを崩して地面に伏せた。
あちこちから悲鳴が上がる。ビー!ビー!とサイレンが鳴り、ギルドマスターの声が響いた。
『西の古代遺跡で地震だ! それから……古代兵器が動きだしたと連絡があった!』
ざわめきが広がった。
「言わんこっちゃないわね、あの町長」
受付嬢が独り言のように言った。怪訝に思ってレグが聞こうとした時、会場の真ん中に、大きな水晶が出現した。中に白い靄が広がり、映像を映し出す。
そこに移っているのは、一週間前に遺跡で見た、古代兵器だった。あの時は巨大な頭蓋骨まで埋まっていたが、今は腕が地面から出て、それを支えに体全体を起こそうとしていた。
――『近寄るものに災いをもたらし、病を振りまく。文献には、興奮・錯乱、幻覚を発症、最期には呼吸困難で例外なく死に至った。そう残されてる』
兵器の周辺の土が、毒々しい紫に変わっている。じわじわと汚染されているようだ。このままでは、恐ろしいほどの被害が出るだろう。
映す位置を変えるために、映像が動く。兵器の顔面がちらりと映った。落ちくぼんだ目玉の中に座る、白い獣人がいた。
「ロイド?」
レグはぽつりとつぶやいて、水晶に近づいた。それは確かに、友人の顔であった。
ギルドマスターとS級が、水晶の近くに集まって何か話している。
「奴が主犯か」
「おそらく。動力源は彼の魔力かと」
「くそ、まさかサイクロプスは陽動だったのか! 全部奴が手引きして?!」
「落ち着け、まずあれを止める。グラン、兵器を浄化できるか?」
「できるよ。ただ、汚染を止めながらじゃ、少し時間がかかる」
「構わん。古代遺跡までの転移魔術を用意しろ。他の者は周辺の町から人を避難させるんだ」
(ロイドが、今回のことを起こした?! そんなわけない! でも、あの映像には確かに……でも……)
レグは動揺して、話に割って入った。
「待って! 俺もつれていってください! ロイドはそんな奴じゃない! 友達なんだ!」
ギルドマスターは少しも表情を動かさずに、レグを諫めた。
「これはS級の仕事だ。足手まといだよ。それに……友人なら、見ない方がいい」
「!」
彼らは主犯を殺すつもりなのだ、とレグは理解した。
転移魔術が用意され、S級達が転移していく。受付嬢は残って冒険者たちに指示を出し始めた。
レグは地面に拳を叩きつけた。
(何か理由があるはずなんだ! 止めないと……! でも、どうやって?!)
古代遺跡までは距離がある。今から行っても、追いつくのは不可能だろう。
ばさばさと大きな羽音がした。レグが顔を上げると、赤い瞳が彼を見つめていた。
「よっレグ。ねえ、乗る?」
■■
雲の上を、赤いドラゴンが目にもとまらぬ速さで飛んでいく。
その背で、一人の人間が口を抑えていた。
赤いドラゴン――コウは背中のレグに呼び掛けた。
「どうしたの? 口抑えて」
「ちょ、ちょっと、酔って……」
「奇遇ね、私もよ」
「飲酒運転野郎!」
レグは自分にヒールをかけて、うつろな目で問いかけた。
「なんで今ごろ出てきたんだよ……コウなら、サイクロプスなんてすぐ倒せたんじゃないのか?」
「失礼ね、私たちは特定種族に肩入れしないの。でも、レグは友達だし。……ああ、見えてきた」
会場を出てから3分ほど飛んだところで、高度を落として雲より下を飛び始めた。そうすると、レグにも地面の様子がよく分かった。
古代兵器はすっかり地に現れている。全身、人間の骸骨そっくりな姿だ。
兵器を覆うように光のドームが出来ている。ドームの中は毒々しい霧が立っているが、外には浸食していない。おそらく、グランの浄化の力だろう。ドームはかすかに高下しており、力が拮抗しているようだ。
「あれ、あの獣人見たことある」
兵器の目のあたりを遠目に見ながら、コウが言った。
「え? いつ?」
「うーん……あー、そうだ。ここに埋まってる古代兵器作った奴にそっくりだわ。先祖返りかしら」
「先祖返り? ただの偶然……」
どこからか小さな鹿撃ち帽子を取り出して、コウはちょこんと頭にのせた。
「ははーん、名探偵コウ様は気付いちゃったわ! 種族間の争いの恨みをはらさでおくべきかって復讐してるのね!」
「ロイドがそんなこと……」
レグは目を見開いた。でもふるふると首を振る。
コウが西の方を指さした。兵器から離れた大岩の上に、人影があった。
「あ、グラン見えてきたわね。まず第一の関門なわけだけど、どうやって説得するの?」
レグは考えるように顎に手を当てて言った。
「……説得はしない」
■■
コウはグランの近くに下り立った。レグを降ろして、人間の姿に戻る。
不審そうにこちらをみたグランに、コウがのんきに話しかけた。
「こんにちは。一年ぶりぐらいじゃないの」
「もっと久しぶりでいたかったよ」
グランはコウとレグを交互に見て、納得したように言った。
「今年のバカ騒ぎの生贄は彼だったんだ」
「あんたの手はもう借りなくて良くなったわ。よかったわね、毎年の迷惑事が無くなって」
「迷惑って自覚あったんだ?」
「人間なんかに配慮しないわよ? ……あんたレグに借りを返すべきだわ」
二人はとげとげしく言い合っている。
険悪ムードだ……とレグは冷や汗をかいた。毎年コウたちに呼ばれているヒーラーはグランだったらしい。
「……借りは返さないとね。わざわざここまで来たんだし、話ぐらいは聞くよ」
グランがレグに向き直った。レグは迷いながら、それでも口を開いた。
「俺をロイドの所に行かせてください」
「交渉の余地はないね。一秒でも早く浄化を終わらせないと、被害が大きくなる可能性がある」
「分かってます。だから、交渉や説得をするために来たわけじゃありません」
レグは一つ深呼吸した。
「今回、ロイドはノースギルドそそのかして、アルマンディンを襲わせた。でも、そう仕向けたのはあなたなんじゃないですか?」
「何を言い出すんだ?」
「ロイドだけじゃ情報を手に入れられません。一次試験の内容や時間は、普通の冒険者なら当日にしか知れないから。毎年、会場も新しく魔力で作られてる。
なのに、一次試験終わりちょうどにサイクロプスとノースギルドは来た。スレイさんが消えて、観客が外に出てる、都合のいいタイミングで。あなたがロイドに情報を与えてたんでしょう。受付嬢に倉庫の情報を流したのも、S級が集まって解決したタイミングで兵器が動き出したのもあなたがコントロールしていたのでは?」
グランは呆れたように肩をすくめた。
「君は、俺が裏切り者だといいたいわけ? でも、それは俺以外のギルド関係者でも可能だよね? それに、俺はあれを浄化しようとしてるんだから、説得力ないんじゃない?」
「自作自演して浄化するしかなかったんでしょう」
グランの眉がピクリと動いた。
「受付嬢から聞きました。浄化の提案を、町に対してあなたが何度もしてたけど、観光地としての価値が下がることを恐れて、聞いてもらえなかったって。だからあなたは、自分の能力で制御できる規模の被害をわざと起こさせたんだ。
どれだけ恐ろしいものだと言われていても、時間が経つと、人は怖さを忘れてしまいます。でも実際に目にすれば、考えを改める。……今回のことで、古代兵器の危険性を思い知れば、この辺り一帯の他の兵器も浄化する流れになります。
古代遺跡に一番近い町の住人は全員、今回の試験会場に招待されてたそうですが、偶然ですか?」
「偶然だよ」
「それから、貴方には不審な点が二つある。一つはこの遺跡のサイクロプスが移動しても、あなたが何も気付かなかったこと。
二つ目は、一週間前、あなたは俺たちをあそこに連れて行って、わざわざ古代兵器まで間近で見せた。あれは、ロイドに古代兵器を見せるため、わざとですよね? ロイドがこの兵器を動かせることをあなたがなぜ知ってたのかはわかりませんが……少なくともこの前会った時には、全部知ってたんだ」
「……憶測だよね。証拠はないんだ」
「そうです。でも、町や浄化反対派だった人たちは、この説を支持するでしょうね。兵器を浄化しなかったせいで起きた膨大な被害を、アルマンディンのせいにして批判を回避できるから。
そうしたら、この先の浄化はスムーズにはいかなくなるんじゃないですか? それに、あなたは降格処分でもおかしくない」
「……」
「5分でいいんです。ロイドと話をさせてください。じゃなきゃ全部バラします」
グランが諦めたようにため息をついた。
「彼は死ぬつもりなんだよ」
「ロイドが?」
「彼を始めて見たときから、まるで呪われているように見えた。いろんなものに憑りつかれてて、今日は特にひどい数だったよ。よく今まで生きてこられたものだ」
「……本人から聞きます」
「そうだろうね。じゃあ次に物理的な話をしよう。話をするって言っても、あの中に入らないといけない」
グランは光のドームを指さした。
「今、兵器と俺の魔力は拮抗してる。これが限界なんだよ。君を中に入れて、俺の力で守ることができないんだ」
「俺はあなたの戦闘情報は全部集めてます。公表されてる映像記録も全部見ました。アルマンディンが出来る前からのも! 年々の魔力量の伸びもグラフにしててですね、どういう魔力配分で戦闘をこなしているかも分析して(中略)」
「そ、そうなんだ……?」
グランが一歩下がった。
「つまりですね、魔力量セーブしてますよね? 明らかに出力が少ないです。5分程度、リジェネを俺に掛けるぐらいの余力はあると思います!」
「……あ、うん……そうだね……」
■■
コウの背に乗って、レグはロイドと話しに行くことになった。5分過ぎたらグランが兵器を浄化完了させ、ロイドを殺す条件だ。
「コウはリジェネいらないよね?」
「貧弱な人間と一緒にしないでくれる?」
「はいはい」
呆れたように言って、グランはレグにリジェネをかけた。常時、体力や状態異常を回復してくれる魔術である。体から力がみなぎるのを感じた。
「オッケー行こっか!」
コウが竜に変身して、腹を地面にぺたりと付けた。
レグがその背に登ろうとすると、グランが呼び止めた。
「一応言っておくけど。別にバラされたってかまわないんだ。最悪、全部浄化できればそれでいいから。ただね」
グランはレグの背をポンと叩いた。
「殺さずに済むなら、それがいい。俺にはできないけど、君ならきっとできる」
レグは頷いてコウに乗った。
大きな足が地を蹴って、羽が風を切る。レグは体勢を低くした。
コウはスピードを出してドームに入り込んだ。熱風と嫌な臭いが鼻に突き、息苦しかった。急に、コウが旋回した。骸骨の手がコウを捕まえようとしていた。
コウはジグザグに飛びながら、炎を噴いた。炎の当たったところが黒く焦げる。だがすぐに元に戻った。手がまた伸びてくる。
「コウ! 大丈夫?!」
「今から大丈夫になるよ!」
「え?」
コウは背中のレグを引っ掴むと、骸骨の頭部に向かってぶん投げた。レグは悲鳴を上げながら飛んだ。
彼は眼窩の真ん中を突き破り、頭頂骨の内側に激突した。リジェネのおかげで痛くはなかった。
「ひどい……あ、ロイド!」
レグが突き破ったのと反対側の眼窩から、目を丸くしてこちらをのぞきこんでいたロイドは、眉間にしわを寄せた。
「何しに来たんだ? 俺を殺しに来たのか?」
「違う。こんなことやめてくれって言いに来たんだ。お前はこんなことする奴じゃ……」
「俺はお前が思ってるような奴じゃない。こんなことしてるんだからな」
ロイドが鼻で笑い、
「全部壊して早く死にたいんだ。さっさと逃げろ」
静かにつぶやいた。
「なんでそんなこと言うんだよ……」
「俺がこれを作った。前世で、仲間たちと」
「そう、なのか」
「戦争中に、沢山殺した。仲間の賞賛を浴びた。ここに眠ってる兵器全部、救世主みたいに扱われた。俺は誇りに思ってた。命ある限り、死んだ仲間たちの無念を晴らすんだと決めてた」
ロイドが、ぐっと手を握り締めた。空を見上げる。
「でも、前世の記憶を持って生まれ変わった時、世界は変わってた。世界は平和で、何も必要とされてなかった。この世界で、俺に価値はなかった。
平和な世界で生きようとしたさ。でも亡霊たちが消えないんだ! 毎日毎日、復讐してくれってささやいてくるんだよ。
ずっと耐えたけど、もう無理だ。今も幻覚が聞こえる。ああ、前世の記憶なんていらなかった。もう頭がおかしくなりそうだ! だから全部なかったことにして、楽になろうと思ってる……」
レグはしばらく黙って、口を開いた。
「それは、本心じゃないと思う……」
「お前に何が分かるんだよ!」
「何もわからないよ! でも、結果はそうなってる、から」
「結果?」
――『傷を治したり、体力を回復したりするのがヒーラーだ』
「俺のヒールは、相手の望むように治す力なんだってさ。例えばその、俺がヒールをかけると、病気で歩けなかった犬は走り回れるようになるし、酒に弱い奴は強くなる、みたいな感じで……」
ロイドが訝し気にレグを見た。
「間違いないわー! 5千年生きた竜2匹が保証してますー!」
コウがまだ飛び回りながら大声で言った。
「パンテラにいる間、俺はお前にずっとヒールをかけてきた。チームで唯一信頼してたお前に。……だから、ロイドが全部忘れたいと思ってたなら、そうなってるはずなんだ。幻覚もなくなってるはずだ」
ロイドは黙っている。
「でも今だって忘れてない。忘れたくなかったからだろ。俺は何にも知らないけど、例え今の世界で責められることでも、それは大事なロイドの一部だよ。
俺が見てきたお前が、全部本当だったとも、嘘だったとも思わないけど……でも、俺が見てきたロイドは、乗り越えられる奴だ。諦めてほしくない」
レグはロイドに手を差し出した。
「本当に耐えられなくなったら、その時は俺がヒールかけるから。だから、もう少し生きてみないか?」
ロイドは目を見開いて、ため息をついた。
「難題を吹っ掛けてくる奴だな……」
「また飯食いに行こうよ、ロイド。友達としてさ」
ロイドはうつむいたまま黙っていた。そうしてやっと、口を開いた。
「お前が追放されたあの時……庇ってやれなくてごめん」
■■
ロイドが魔力供給を止めると、骸骨が力を失って倒れた。光のドームが小さくなって、ゆっくりと浄化が進んだ。紫の地面が緑に変わっていく。
レグとロイドはコウの背に乗って、グランの所まで戻った。
グランはロイドに手錠をかけて、会場までの転移魔術を用意した。
転移すると、会場から歓声が上がった。客は皆ムキムキのままだった。
「一件落着、か」
グランが息を吐いた。ギルドマスターとS級たちが駆け寄ってくる。
「全員無事に戻ってくるとは! 解決したんだな」
「彼を牢に入れてくれ。いろいろ聞かなきゃいけないことがある」
ロイドは素直に従った。遠ざかっていく友人の背を、レグは心配そうに見つめた。
「人命に危害が及んでないし、情報提供の代わりに減刑してもらえるように口添えしておくよ」
レグにグランがこっそり言った。
「試験は後日に仕切りなおそうかの」
ギルドマスターが言った。すると、隣にいる筋肉ムキムキのS級剣士が反対した。
「いや、十分に力の見極めはできた。今回の騒動で、試験よりよっぽど実力が分かったからな」
「相変わらずのスパルタ思考ね」
受付嬢がヤジを飛ばした。
「では合格者はこちらで審査するとしよう」
「あ、ギルドマスター。今年のMVPのことだけど。彼でいいんじゃないの」
グランがレグを差して言った。
「え?!」
「MVPはS級からの推薦で決まるんだよ」
「……口止め料ですか?」
小声で聞いたが、グランは答えずにニコニコ笑っている。
「あと彼は、スレイからも一票もらってる」
ギルドマスターが頷いた。
「まあ、そうだな。友人を助けようとする意気込み、無茶を実現する力、確かに評価されるべきことだ」
「で、でも、全部誰かが助けてくれて、それで」
「助けてくれる人脈を作れることも大切な事さ。異論がある者は?」
全員特に異論はないらしい。こんな決め方でいいのかと考えていると、コウがレグに抱き着いてきた。
「やったー! MVPだって!」
(お、応援してくれてたんだ…)
この友人いいところあるじゃないか、などと思っていたら、コウが投票券を突き出してきた。レグの名前と、オッズが書かれている。
「大穴に大当たり!」
「私欲の為に助けたの?! 感動して損した!!」
ちらりと見えたオッズが、×200000だったのは見ないことにした。
「レグ、その子、誰……?」
声にレグはぎょっとしてそちらを見た。観客席から降りてきたらしいミアが、こちらを見ている。チャイもミアの方でジト目で睨んでいた。
ミアがムキムキになってなくて良かった、などと安心している場合ではなかった。
「ち、ちが」
「これが修羅場ね?! ひどおぃ私だけって言ったのにぃ~」
「やめろ酔っ払い!」
腹部に一発入れてコウをひっぺがした。ミアが目を丸くして、冷や汗を流している。
ぱあんと花火が上がって、空がカラフルに彩られた。
ミアが微笑みながら言った。
「MVPだって。おめでとう」
改めて言われると、嬉しさがこみあげてきた。レグは照れたように苦笑いした。
「でもなんだか、いろんなことがありすぎて……」
レグのお腹がグウウと鳴った。
ミアがくすりと笑った。そして鞄から弁当を出して、そっと差し出した。
「おつかれさま!」
追放されたヒーラー魔術師、ソロプレイに挑む ガブロサンド @gaburo
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