第26話 贈り物と約束・2

「それは、デートのお誘いということで間違いありませんか?」


「えっ!? デーっ……、そんなっ。そういうことではなく!!」

 僕の言葉を聞いてたっぷりと、十秒以上静止してしまったレーナ様の間が怖かった。何度先刻の言葉に対する言い訳を挟もうと考えたことか。挙句の果てに、やや頬を桃色に染めて、この反応である。デートだなんてそんな。僕がレーナ様と。恐れ多い。あるわけがないのだ。


「だって、生誕祭の日にお出かけするお誘いですよね?」


「……ま、まぁ、そうなりますね」


「私とレイフ様の二人だけで」


「……そ、そうなります」


「ばれないように変装をして」


「……ハイ」


「こっそり王宮を抜け出すということですよね?」


「…………ええっと」


「間違いなくデートじゃありませんか!!」

 確認作業のためか、つい数舜前まで冷静だったレーナ様がついに頓狂な声を上げた。あれ、僕はもしかして今、恐れ多くも一国の王女様をデートに誘ってしまったのか? おかしい、僕はただ、レーナ様に少しだけ王宮の外の世界を見ていただきたいと思っただけなのに。


「すっ、すみません!! 今のは一度忘れていただき……」


「今更取り消しが効くとお思いですか!? 私は先ほどのレイフ様のお言葉を一生覚えていようと思います」


「なんでですかっ! 記憶容量の無駄使いですよ!!」


「そんなことはありません。たった今、今日は忘れられない日になりました!!」


「あ、あの……レーナ様、少し落ち着いてください。僕はその……、デートなどというつもりではなく、ただ……」

 彼女を外に連れ出したいことには変わりないが、いったん仕切り直しを図ろうとする。デートなどという言葉で変に男女の関係を意識してしまっては彼女も誘いに乗りにくいだろう。そう思って発した僕の言葉は、少し興奮したご様子のレーナ様に届かなかった。


「絶対、行きますから! レイフ様がなんと言おうと!! 先に言ったのはレイフ様の方ですからね!!!」


「えっ……??」

 けれど、続いた彼女の言葉は、まったく僕の予想に反したもの。


「ですから! 絶対行きますと言ったのです」

 信じられず聞き返したものの、やはり聞こえてきた言葉の意味は先刻と相違なく。結局のところ、直接的に彼女の意図を確認し直す羽目になった。

「来てくださるのですか……? 僕との……その、で、デートだとしても……??」


「当たり前です。生まれてこの方、これほどその日が待ち遠しいことはありません」

 おかしい。どうも思っていたものと反応が違う。


「えっと……、一応確認しておきますが、生誕祭の日はレーナ様にも、おそらくなにかしらの式典への出席義務がありますよね? そんな日に、抜け出すことは、出来そうですか?」

 なにを今更と思われるかもしれないが、伝わり方はどうあれ、これははじめから確認しておこうと思っていたことだ。生誕祭の日は町が活気づくからという安易な理由でとりあえずは誘ってみたものの、レーナ様の執務と重なるようなら別日を選んでも僕にとって支障はない。


「確かに、生誕祭当日、私は式典に出席しなければならないでしょう。ですが、私たち王族ではなく、国民の皆様にとっての生誕祭とは主に二日間のことを指すのでしょう? つまり、お父様の誕生日とその翌日。一日目は王宮主体の厳粛な式典で、二日目はそれを終えての国民が主役のお祭り騒ぎ」

 どうやら、この王女様はずいぶんと平民の文化にお詳しいようだった。


「私たちにとっては一日目が重要ですが、アイブライトを訪れる旅の方などは、むしろその二日目を楽しみにされていると聞きます。二日目であれば私も執務はお休みのはずです」


「そ、そうですか……」

 一瞬で組み上げられた完璧な説明と日程にやや戸惑いながらも、僕はようやく得心する。やはり、レーナ様にとって王宮の外の世界というのは、それほど心惹かれるものなのだ。いっしょに出かける相手などだれであろうと関係はなく、ただ外の世界でめいっぱい羽を伸ばしてみたいという願望。それが今、彼女を興奮させている。


「お誘いに応じたというのに、どうしてレイフ様は浮かない顔をされているのですか?」

 顔を覗き込まれる。いろいろと複雑なことを考えていたのが顔に現れてしまったらしい。その視線を直視できずに、僕はふいと顔を反らす。


「も、もしかして、レイフ様、私をからかっていたのですか?」 

 すると気が付いた時には、大きな藍色の瞳が不安げに揺れていた。


「だとしたら、とても質の悪い悪戯です。こんなに嬉しかったのは、本当に生まれて初めてだったのに」


「そ、そんなわけありません! 僕がレーナ様をからかうなんて!!」

 やや意思疎通に齟齬があった気はするが、彼女に外の景色を見せたいという僕の気持ちは本物で、中途半端な発言に終わらせる気は毛頭ない。僕は慌てて、否定の言葉を口にした。


「ほんとうに?」


「……本当です」


「嘘では、ありませんか」

 弱弱しく、研究衣の裾を掴まれる。変わらず不安に揺れる瞳は、どうしようもなく僕の庇護欲を掻き立てるものだった。


「……嘘では、ありません」

 どうにかこうにか、努めて冷静を装って言葉を返す。しばし僕の顔を見つめたまま、言葉の真偽を確かめるようにじっとしていたレーナ様は、やがて、すっと右手を差し出した。


「では、約束をしてください……。生誕祭の二日目、必ず私を外に連れ出してくださると」

 思わずこくりと僕は頷いて、一本だけ立てられた細い小指に、自分のそれを同じように差し出して絡める。


「わかりました。約束、します」

 ほんの僅かに触れただけの指先から、予想より多くの熱が、じわと僕に流れ込んで来たようだった。


「ふふ……。たのしみ、です」

 へにゃりとレーナ様の表情が崩れる。それは、彼女がいつも僕に見せていた、あのどきりとするくらいに美しい笑みとは全く性質の異なるものだった。けれど、今の表情もまた、しっかりと僕の頭に焼き付いて一向に離れてくれそうにない。レーナ様を相手にした時以外は、今まで一度も体験したことのない感覚だった。まったく僕は、いったいどうしてしまったというのだろうか。

 

 溜まっている仕事はせっかく順調に消化できているというのに。しばらくは、眠れない夜が続きそうだった。

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