第13話 甲斐甲斐しい王女様・1
「ちょっ、レーナ様いきなり何をされてるんですか!? いけませんよ!!」
挨拶を済ませるなり、衣装の袖をまくり上げてさっさとその作業に移行した王女様を前に、僕は思わず声を大にした。
「何って……見て分かりませんか? お片付けですよ」
僕の筆跡か、あるいは活版で埋め尽くされた、いかにも質の悪そうな薄い更紙。床を埋め尽くすそれらを、レーナ様は丁寧に一枚一枚拾い集めていた。
「そ、それがいけないと言っているんです!」
「あっ……」
慌てて彼女の手から紙束を取り上げると、レーナ様は少し恨めし気な上目遣いで僕を見つめた。今日のレーナ様は昨日とは打って変わって、どこかメイドを連想させるワンピースのような衣服を着用していた。やっぱり王族だからかとても仕立ては良さそうなのだけれど。
スカート姿ではあるが、昨日に比べればその裾はずいぶん短く、
「散らかっているお部屋の片づけをするのはいけないことですか?」
そして、さも当然のことのように首を傾げていらっしゃるが、これもまた彼女の悪ふざけということなのだろう。
「い、いえ。そういうわけではなく。それを僕などが王女様にさせるわけにはいかないというお話で」
「私が自主的にやっていることですよ?」
「見る人によってはそうは映らないでしょうから……」
因みに、昨日の豪奢な人形のように完成された美しさとは対照的だけれど、今日のその姿も、どこか町娘を連想させる純朴な様子が、なんというか……。とても可愛らしかった(不謹慎)。
「特別扱いはしないでほしいと昨日お伝えしましたよね?」
「それとこれとは、話が別です。ほら、それは僕がやりますから」
僕との問答を進める間にもさっさと部屋を片付けて回るレーナ様の肩をつかんで、ようやく彼女の動きを止めることに成功する。っていうか、この手際の良さは一体……。とても身辺のことを侍女に任せている王族とは思えなかった。
「レイフ様にできるなら、初めからこんなお部屋にはならないと思いますけど」
そして容赦のないこの一言である。
「うっ……」
仕方ないのだ。ひとつ言い訳をさせてもらうなら、ここに所属する研究員の私室なんてみんな似たようなものだと思う。僕が怯んだ隙にレーナ様は一気に畳みかけてくる。
「いいですか? こちらに来ているのは私の我がままですから、私の歓迎のためにレイフ様の手を煩わせたくはないのです」
「理屈は分からないでもありませんが……、しかし」
首を縦に振るわけにはいかず、逡巡している僕を尻目に、この話は終わりだとばかりに、レーナ様はぱちんと手を打った。
「そうだ。ひとまず、レイフ様は身支度をしてきてください。私は一向にかまいませんが、レイフ様の方はいつまでも寝間着姿で過ごすのは嫌でしょう?」
「そうしたいのはやまやまですが、レーナ様?」
僕はじっとりとした視線をレーナ様に向けた。この祭、もうこの程度で無礼だなどとは言われないだろう。
「はい、なんでしょう?」
「僕が身支度をしている間、こちらのソファで大人しくくつろいでいてくださると約束できますか?」
「その約束は出来かねます」
「やっぱり! お願いですから、これ以上僕をからかうのは勘弁してください」
「からかってなどいません! 私がやりたいと言っているのですから。レイフ様の方こそ大人しく私に任せてくださってもいいじゃないですか」
この時、僕にはもう、この王女様の考えていることがさっぱりわからなくなっていた。昨日より動きやすそうな服装といい、ひとまとめにした髪型といい、やる気十分にまくり上げられた両袖といい。まさか、本当に僕の部屋にハウスキーパー紛いのことをすることが目的で……? どう考えても裏がある。庶民の僕からしてみれば全く気が休まらない。
「わ、わかりました。それで、レーナ様を放っておいて部屋を出たら、失礼だと糾弾されるおつもりですね? また僕をからかおうと。その手には乗りませんよ」
「失礼というなら、いつまでも寝間着姿のままで私の前にいる方が失礼だと思いますが」
「うっ……」
またしても彼女の正論に僕が怯んでいる隙に、レーナ様がとどめとばかりに言い放った。
「いいですか? レイフ様は私をお部屋に入れた時点で、もう負けだったのです。私にいろいろとお世話される運命にあったのです。ひとまず大人しく、身支度を整えて来てください」
「わ、わかりました。わかりましたから。ですが、一つだけお願いです。どうか僕が今から席を外す間、ここで大人しく……」
「聞こえませーん」
つーんと、そっぽを向かれてしまう。こんな子供っぽい仕草もされる方だったのか。初対面での神々しいい印象が強すぎて、ちょっとばかり彼女の人物像をとらえかねていたらしい。
「いいですか? 僕は言いましたからね? 大人しくしていてくださいと。すぐ戻りますから、ゆっくり紅茶でも飲んで、待っていてくださいね?」
目を合わせないまま、ちらりとわき目で僕の様子を確認するレーナ様をおいて、僕はそそくさと執務室を後にした。
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