第6話 天才の犯す過ち・1
「よし……。あとは防音壁で部屋を囲うだけだ」
何事もなく
「……っと、集中しないと、意識が途切れ……。あれ、今どこまで構築したっけ? やばいな。本格的に耐えられなくなってきた」
そしてこの際、多少防音魔法が適当でもいいかと、僕がとうとう睡魔に負けそうになっていた時。チカチカと目の端で連絡用の水晶が、黄緑色に点滅し始めた。黄緑色の光は研究室の入り口のインターホン。つまり、直接そこまでお客様が来ていることを意味している。
「嘘……だろ……」
とは言ってみたものの、今は普通に平日の昼間である。臨時休暇を得た僕と違って、他の部署は常と変わらずせわしなく稼働しているはずだ。
「いったい誰だっていうんだ、こんな時に」
後から考えてみれば、この時、僕の思考は既に眠気にやられていたのだろう。居留守を決め込めばよかったのだ。しかし人間は極限まで追い込まれると反射で行動を起こしてしまうこともままあるようで。僕にとっての反射とはすなわち、来客には即時対応という、ここ数年で身についた社畜魂の集大成だった。実に嘆かわしい。
「はいはぁーい。どちら様ですかーっと……」
そしてやる気のない声とともに、スライドドアを引いて、来客の顔を確認したところで、僕はぴたりと動きを止めた。
「あの! レイフ・カールフェルト様の研究室はこちらで間違いないでしょうか?」
それはその来客が、あまりに神々しい空気を身にまとっていたからだった。
まず目に飛び込んだのは、光を反射してきらきらと輝く艶やかな銀髪。同色の長いまつ毛。綺麗なアーモンド形に整った大きな
つまりはそのあまりの容姿に見惚れて思考を停止させてしまった。
「……あぁ~、なるほど。とうとう幻覚まで見え始めたか。もしやすでにここは夢の中?」
「はい?」
目の前の美少女が僕の言葉にこてりと首を傾げ、その動きに伴って銀の前髪がさらりと少し流れた。きらきらとしたエフェクトがかかっているのではないのかと見まがいそうなその光景に、僕は完全に理解する。
「こんな夢が見られるんだったら、たまには追い込まれるのも悪くないなぁ」
こんなにも可憐な少女が存在しているわけがないのだ。百歩譲ってこの世のどこかにそんな人物が存在していたとして、それが、この殺伐とした研究所を訪れることなどあり得ない。
「えっと、先ほどから何をおっしゃっているのか……。あなたは、レイフ・カールフェルト様で間違いありませんよね?」
「あ~、はいはい。私がレイフで間違いありませんよ」
夢か、あるいは疲れが見せた幻覚か。その辺りは定かではないけれど、現実ではないと理解したからには、僕の対応はもうなげやりだ。
「いらっしゃってよかった……。私、レイフ様と少しお話したいことがありまして」
「ええ、そうですか、そうですか。お客様は大歓迎。どうぞこちらへ」
立ったまま何度も船をこぎそうになりながら、古い紙束であふれかえった研究室内で唯一、ゆっくり腰を落ち着けられそうな一角へと、少女の手をとって誘導する。
「えっ……、あの、ちょっと? わざわざ手を引かなくても……ひゃうっ」
そのまま少女の肩を軽く押して、無理やりソファの端に座らせると、どかりと僕自身もその隣に腰を下ろした。
「お客様は大歓迎……大歓迎ぃ、なのですが……大変申し訳ございません」
「何を謝っているのでしょう?」
「私は今、ひどく眠たいのです。申し訳ありませんが、しばしこちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「あの、しばしというと、どの程度?」
「それは……、もちろん、僕が……、眠りから……、さめ、る、……まで……」
そこでついにスイッチが切れてしまった。くてりと僕は身体を倒す。
「ひゃ!? ちょ……どういうつもりです? なんで、そんな、私の太もも……」
「それでは、お休みなさいぃ……」
「お、お休みなさいって、まさか
「……すー。……すー。……すー。」
「って、嘘でしょう? もう寝てらっしゃる!?」
ひどく柔らかな感触を後頭部に感じながら、僕は沈むように意識を手放していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます