リザイン

紅龍

第一話 

「っふ~~~」

何かを振り回す乱暴な音に掻き消され、呼気が漏れる。

縦、横と薄暗い洞窟内を縦横無尽に銀光は駆け巡る。

闇の中に閃く光は続く飛沫でもって赤く弧を描き・・・・。

「・・・ッブォオオ」

飛沫が舞う先では何か得体の知れない巨体が揺れ、痛みとも怒りとも知れぬ声を上げた。

「・・・っち!」

傍から見れば一方的であろうその最中にあって、何故か剣を振るう男の口からは舌打ちが放たれ、苦虫でも噛み潰したかの様な口元からは血の雫が流れ落ちる。

「これだけ強化してもこの程度か」

諦めを宿した怨嗟の声を肯定するかの如く、眼前の闇は荒い息を吐いたものの戦意は旺盛。

体に付着した血の残滓を犬の様に体を震わせる事で散らしては、闇の中から姿を現した。

「・・・・異常進化個体か」

男が口にした言葉と共に眼前には異形の化け物。

ありとあらゆる生物の要素を詰め込んだ様なおかしな姿。

頭であろう部分には獅子を思わせる頭部が鎮座し、胸部には衝撃から肉体を守る為か、虫を思わせる外骨格を纏い、全体としては獅子の姿を思わせるのだが、保持する力は桁違い。

柔らかいと思える獅子の顔でさえ、戦車の砲弾を跳ね返し、その牙は戦車の装甲を易々と噛み砕く。事実、男が与えた攻撃はすべて致命傷たり得ず、強固な胴体などは微かな擦り傷を残す程度。生物であろうにも関わらず、その装甲の硬度はダイヤモンドを易々と両断する男の剣と同等かそれ以上。

「チッ・・・」

男もそれを理解したのか、苦虫を潰したかの如く顔をしかめては暗い吐息を吐くなり、

男は自身の剣を見て落胆する。

剣には落胆の原因か、男の視線を辿ると、そこには刃先の歪んだ剣。

切断よりも耐久性を重視し、それでいて異常な鋭さを有する人類の牙。

折れず、曲がらず、よく切れる。

人類の英知の結晶にして、人類の兵器それら全てを凌駕する万能の兵器であるそれ。

剣という形状をしていても、それは剣にあらず。

対象を原子レベルで切断し、分解する現代の魔法の杖。

現に剣は剣というには歪に発光し、機械技術に詳しい者が見れば電子回路のそれ。

電気に相当する何かの力でもって発光しており、魔法と呼ぶに相応しい幻想的な姿をしており、生物がそれに対抗するなど夢物語。だが、結果として示されたのは矛の敗北。

最強である事を望まれて生み出された異形が、今となっては少しばかり頼りなく映る。

『・・・・機能正常。本機に異常なし』

そうした不安を含んだ男の視線を否定するかの如く放たれたのは機械めいた女性の声。

感情らしきものが感じられない声色であったが、男からすれば不満を宿した気配を感じるのは容易な事か、男もしまったとばかりに顔を歪ませ言葉を重ねる。

「・・・・そうだな、奴がおかしいだけだ」

『マスターの認識力回復を確認』

皮肉ともとれる返答に、男も続けて毒でも吐きたくなるが、知能を有する剣に対して、なだめるのが正しい付き合いであると知っている為、諦めと共に不満を吐息に混ぜ込んだ。

「覚悟を決めるか」

僅かな逡巡。後ろを振り向きそうになる己の馬鹿さ加減を振り払い、折れそうになる気持ちを奮い立たせて目の前の敵を睨む。

「・・・・ガッァ!」

睨まれた者からしても男の戦意の上昇は気持ちの悪さを感じたか、唸りを上げて威嚇を飛ばす。

「・・・糞っ」

獣からすれば野生の一端。

軽めのジャブであろうが、飛ばされた男からすれば強烈な一撃。

心をかき乱す焦燥を感じ、顔を歪めて唾を吐く。

『・・・・敵性個体による波動を感知。精神に影響を及ぼす可能性・・・・否、マスターの精神に異常検知』

男が感じた違和感に対し、即座に剣は現状を把握。

剣と繋がれたケーブルを介し、男の首筋につけられた首輪に埋め込まれた情報端末は、

解析情報を男の脳へと情報を叩きこむ。

(防御フィールドなんぞお構いなしか・・・・)

男の肉体へ直接影響を及ぼした獣の威嚇。

彼我の戦力差を明確に示す結果に、握りしめた剣は湿り気を帯び、カタカタと揺れ動く。

「感情抑制を頼む」

『恐怖を抑える事によるデメリットを━━』

「・・・・頼む」

『・・・・了承』

剣の返答と共に男の恐怖は薄れ、心臓の鼓動は緩やかに変化していく。

傍から見れば好ましい状態変化であったが、裏を見れば感覚の鈍化。

恐怖というセンサーを鈍らせるなど戦いの場において愚策。

愚かな選択でしかなかったが、そうでもしなければ戦えない現状において、男にとっては最良の選択・・・・否、選択ともとれぬ選択に、鈍化した感情も苛立ちを覚えた。

「だが、戦える」

怯えたままに死をまつよりは幾分かましかと己を偽り、自然と体は剣を強く握りしめ、肉体は戦う為の準備と鼓動を早め、血液は体内を循環する。

(・・・・行ける)

確信と呼ぶには頼りない肉体の反応に、男は決意の撃鉄を叩きこみ、

肉体は獣へ向けて疾駆する。

「制限解除、戦闘時間は5分を設定、損傷状況においては1分でも構わん」

『・・・・了承』

機械を思わせる声色である剣から放たれる二度目の逡巡。

人であれば拒否したであろう所作に、男はマスターとしての権限を行使。

結果、男の肉体には先程とは異質である力が漲り、一瞬にして限界を突破し、

男の軌道は残像を描いた。

「ゴォッ━━━ガァアアアッ!」

薄暗い洞窟内を縦横無尽に駆けまわる銀の光。

虫であろうと下に見ていた者の反撃に、男の肉体を縛らんと再度獣は咆哮を上げた。

だが・・・しかし。

「なめんなっ!」

鈍化した精神にも突き刺さる制御の咆哮を男は気合で食い破り吠えたける。

背筋を伝う冷や汗は冷たく、男の心臓を締め付けるが、死のカウントがそれを忘却させた。

(残り4分30秒・・・・)

警告とばかりに赤字で彩られた制限解除の文字。

男の肉体を示す形代は赤く警告を発し、限界を超えて酷使されている両足は崩壊寸前。

現在進行形でぶちぶちと気味の悪い音を響かせる。

客観的に見ても破滅の先延ばし、馬鹿げた肉体の行使だが、少しでもその状態を緩めれば男に待っているのは確実な死。瞬時に腰を落とした男の頭上には、獣の前足が通り過ぎ、風圧で男の髪の毛は半ばから切断され、宙を舞った。

「━━━化けもんがぁ」

己を叱咤すべく飛ばした悪態も、続く右足を見つめて呼吸に変わる。

酸素を燃料に、血液へ動力を伝達させるが、それよりも先に獣の一撃は男を捉え、

瞬時に構えた剣へと馬鹿げた膂力が叩きこまれた。

「━━っぶ」

圧倒的な暴力の嵐。構えたままに男の体は宙を舞い、羽虫の如く縦に横に跳ねまわる。

「っぐ、がっ・・・・ぐっ」

『警告、肉体の損傷レベル危険域。痛覚遮断、切断された神経系を破棄』

剣は適格な判断で状況を打開すべく動きだすが、続く獣の一撃はそれすら許さず、子猫がじゃれる様に振るわれた爪は、男の右足を引き裂いた。

「━━っぐ」

獣とは思えぬ冷静な判断。動くスピードが邪魔ならば、足を砕いてしまえばいいとでも言うかの如き一撃に、人の肉体が耐えきれる訳も無く、半ばまで断ち切られた右足は男の体を維持できず失速する。

「ッカァア!」

好機とみて追撃を繰り出す獣。

それに対し男が行えるのは防御のみ。

獣が巻き起こす爪や牙による攻撃に対し、両手で握った剣をもって捌く。

「━━ッ」

当然、手数が多い獣に比べれば赤子同然。

体全体を使い攻撃を受けるだけが精一杯の者と、一撃一撃が必殺の者とでは話にはならず、

攻撃を受け止める度に、負傷した右足から派手に血を流し、男の体からは徐々に戦う為の力が抜け落ちていった。

『戦闘継続は困難』

剣は現状を客観的に伝えてくるが、男としても当然理解している。

状況を打破すべく思考を巡らせるが、力とはそれこそが圧倒的な優位性。

一瞬の選択次第で死に至る刹那では、人の思考など塵に過ぎず、体勢を維持するのが精一杯。いまだに折れずに戦えている事こそ、男が並では無い証拠なのだが、それでも結末が早いか遅いかの違いでしか無く・・・。

(・・・・これしか無い・・・か)

男はそう心で呟き、選んだ手段を剣に命じる。

「制御回路を破棄━━」

『それは・・・』

剣は一瞬の逡巡を示すが、状況を数値でみる者の視点から見ても窮地。

ここを逃せば剣が先に破損するのは必定。マスターである男の認識が何も間違っていない事を認識し、剣は赤く燃え上がる。

『制御回路パージ』

剣がそう応えると、赤熱した回路と思しき剣の文様の一部が火花を上げ、剥離して地に落ちる。

(・・・・いける!)

回路を破棄すると共に湧き上がる力を男は感じ、獣と距離をとるべく振るわれた獣の前足に合わせて剣を薙ぎ払う。

「━━ギュッ!」

初めての痛みらしい痛みに獣は驚き、距離をとるべく飛び退る。

(・・・・ふうぅううう)

内心の緊張を表に出す訳にもいかず、男は内心で安堵の吐息を漏らし、余裕とばかりに笑みをを浮かべ外面を取り繕った。

「・・・・・続けて拘束回路破棄」

『マスター、理解した上での命令ですか?』

剣が機械とは思えぬ言葉を漏らすが、このまま死ぬか、一矢報いかの違い。

負けたまま死ぬならば自ずと答えは決まっている。

「勿論」

『・・・・命令受諾致しました』

剣はそう告げると、ロングソードの様な見た目の剣はボロボロと崩れ落ち、片刃の刀を思わせる刀身へと姿を変えた。

「・・・っぐ」

全ての枷を解き放った代償か、男の脳髄に焼いた鉄の塊でも突き刺したかの様な痛みが走り、処理しきれぬ膨大な情報が痛みに変換され、耐えぬ波の如く叩きつけられた。

当然、人が処理できぬものとして作られた機構を破棄すればこの様になるのは必然。

今にも燃え尽きようとしていた男の命の灯火は掻き消えようと揺らめき、根本の肉体は流血により枯れ木そのもの。正常な人の姿とはかけ離れた男の容貌に、知能ある獣は退屈とばかりに欠伸を放つ。

「・・・・グロロロロ」

勝利を確信した人間めいた仕草。

狩りと言うよりも遊びと言うべき現状を維持する為の無駄な行為。

天然自然の在り様からは歪なそれであったが、男からすれば奇跡的な刹那。

欠伸とともに一瞬閉じられた瞳を視界に捉え、男の死に体は崩れる様に前へと傾く。

「━━シッ」

口元より漏れる呼気に合わせて男は大地を蹴り飛ばし、爆発的な加速でもって獣との距離を喰い潰す。

「・・・・ガッァ!?」

獣が間抜けに声を漏らすのと同時に、男の剣は欠伸を放っていた獣の口へと滑り込み、

外装をパージし、鋭さを増した刀身は滑る様に獣の脳髄へと到達する。

(・・・・これで)

男は微かな安堵と共に握った剣を肉の合間に突き刺し、急所へ到達するなり旋回を加えて破壊へと移行させる。

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リザイン 紅龍 @kouryuu0319

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