吾輩は猫であるがカクヨムに登録するのである
水原麻以
吾輩は猫であるがカクヨムに登録するのである
吾輩は猫である。アカウントはまだない。だが人間のすなるエッセイというものを書いてみる。
さて、本日のテーマは「自由意志とは何か」ですが、自由意志とは「自分のいる場所にいることが幸せかどうか」を判断する基準だと吾輩は捉えております。つまり「自由意志がある」ということは「ここが自分の居場所だ」と思っているということです。s
「自分がどこに住んでいるかなんて関係ないわ!」と叫ぶのは自由意志がない者の発想であって、自由意志のある者は「自分が住んでいる家」が「自分の居場所」であるという前提に立って「自分の居場所」を決めているのです。だから自由意志があるということは「自分の居場所」があるということなのでしょう。
しかし、その「自分の居場所」というのは一体どういうものなのか?という問題が出てきます。自由意志は「自分がいるべき場所」を決めるためのものですが、自由意志があるのなら、自分のいるべき場所がわかってしかるべきだと思われがちです。しかしながら吾輩は、この世に存在するすべての生き物は、自分の生きる場所がわかっていないのではないかと思います。
例えば人間は、社会というものが存在しなければ生きていけません。しかし人間が本当に「一人きり」になった場合、果たして人は生きていくことができるでしょうか。答えはNOです。
人間は自分の生き方を自分で決めることができません。これは人が自由意志を持たないせいだと言うよりも、そもそもそのような概念が存在しないからです。人間が社会生活を営むために必須の概念は、すべて誰かが作ったものです。そしてその社会の構成員になるべく教育された人間には、自分の生きる場所についての明確なビジョンはないのです。
吾輩が考えるに、人間にとって「生きる場所」とは、自分が生まれた瞬間にすでに決まっており、それ以外の場所に行くことは許されない、というような感覚なのではないかと推測します。つまり、人間にとっての自由意志とは、自分が生まれる前に決まっていた「生きる場所」を変えることにあると言えるでしょう。
人間にとっての自由意志とは、生まれる前の自分の「生きる場所」を変更することにあります。つまり、生まれた後のことは自分次第でいくらでも変えられるということになりましょう。
ところで、生まれて初めて見る風景はどのような色をしているのでしょうか。それは吾輩にとって青であり、人間にとっては赤であり……、つまり世界の色は自分の生きる場所であると認識した時の自分の心の色が反映されているのです。
では、そのように認識したその場所こそが自分の生きる場所でいいはずなのに、どうして人間は他の土地に住むことを望むのでしょうか。人間はなぜ他の土地に住みたがるのか。それこそまさに「自由意志」の問題と言えましょう。
自由意志を持つ者が住むべき場所は、そこが自分の生きる場所だとわかった時にはすでに決まっているというのに、それでもなお他の土地に移り住もうとする理由は何でしょうか。それは「そこにいて幸福ではないと感じてしまう」からです。
よく考えてみてください。あなたが住む街の風景を見てください。そこにはあなたの望むものがありますか? もしそうならば、今すぐにでも同じ場所に住み続けるべきではありませんか? けれどもあなたが生まれ育ったこの街を飛び出してまで、「ここにいたら自分は不幸になるかもしれない」と思ってしまうような何かが街にあったとしたらどうしましょうか。
吾輩はこう考えます。そういうものはただ単に「不幸な出来事があった」だけでしかないのだ、と。人間の心など所詮はその程度のものであり、自由意志というのもしょせんはそんなちっぽけなものなのだ、と。
そう考えたとき、人間はいったい何を思うのだろうか。吾輩は想像してみるのですが、おそらくは怒りや憎しみといった感情を抱くのではないかと思うのです。「なぜ自分はこんな目に遭わなければならないんだ?」という思いを抱いたとしても不思議ではなく、そのような思いを抱かずにすむ場所を求める気持ちが強く出ることもあるでしょう。
人間とは本来「不幸であることに慣れていない生物」ですからね。「幸せである方が普通であり、むしろ不幸なことなんてない」と思い込んでしまうくらい楽天的な種族です。だから吾輩は言うのです。人は決して自由意志によって生きているわけではなく、実は自分の住むべきところを選んでいるのではなく、たまたま住んでいる場所に自分がいること自体が幸福なのだと。
自由意志を持っているように見える人間は、実は何も持っていない。持っているのはただ、自分に合う場所を探すために使うだけの、あまりにも小さな可能性だけに過ぎない。
人間は自らの心に刻まれた色を見て、それが青であれば自分のいる場所はここでよいはずだと確信しているにすぎないのです。そして人間は自分の暮らす町が灰色の街だったとしてもそれを変えようなどと思わない。なぜならそれは最初から決まった運命のようなものなのですから。
さて、時間も押し詰まってまいりました。要点をまとめてみましょう。自由意志とは何か。人は生まれたときにあらかじめ生きる場所を決められているのか。人間は自分の生きるべき場所に気がついてしまった時どんな行動をとるのか? 本日はこの三点でございます。ご静聴に感謝いたします。またどこかでお会いできるのを楽しみにしてお待ちしております! *
***
猫屋敷にて編集作業中に原稿を書けば良いというアドバイスを受けたので実行したらなかなかいい感じだぞい。このまま調子を上げていきたいものだわね。(一日に十枚書けるか試したい気分なので頑張ろう)
11月27日から猫も『カクヨム』のユーザー登録ができるようになったのですよ。
いぇーいっ。
登録するにあたってちょっとだけ条件があってですね……、
・18歳未満は利用不可 まぁそりゃそうよね。高校生とか未成年だものねぇ。一応高校を卒業してから1年は猶予があるので、来年にはOKになっているはずですぜ。
そしてこのエッセイを書いてからちょうど2年後くらいが期限になります。その頃には吾輩は20歳になっておりまして、堂々と『カクヨム』を利用することができるようになるのですなっ!!……でもその時にはまだスマホもないからPCかタブレット端末を買わなきゃ、っていうか、そもそも吾輩の様な猫が肉球でスワイプできるのであろうか甚だ疑問である。
吾輩は猫であるがカクヨムに登録するのである 水原麻以 @maimizuhara
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