第二百十三話 天城の神々と天翔ける最新の神話達13








◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・中環セントラルエリア:『英傑戦姫』:空樹花音




 その異常極まりない霊力反応がする瞬間を、私達は一斉に感取した。


 これまでにない波長いろの霊力。

 ついさっき体験したばかりの霊力。

 そしてそれらを一回り下回る「覚えのある」霊力が大量に。



 オリュンポス・ディオス第三陣サードフェイズ


 落ちる事のない空が降ってきたかのような、そんな錯覚に陥りそうになる程の“あり得なさ”



 解放された神域の総数は、三つ。オリュンポス戦という括りの中では最も少ない数であり、内一つは【新たに解放された二つの神域を踏破しなければ立ち入る事が出来ない】仕様になっている為、現時点で私達が対応に回れるエリアの数は実質的には二つだけ。


 だから一エリア辺りに割ける人員の数は今まで一番多くなり/にも関わらず一人一人に課せられた「負担の量」は、比較にならない程増えている。



 十二の神域に囲われた白亜の逆さ城が真珠色の光を放つ。

 威嚇なのか、はたまた何らかの合図なのか。

 これまでになかったオリュンポスの不可解な挙動に、私はなぜだか情動めいたものを感じた。




「時間がない。奴等が来る前に分かれよう」



 凶一郎さんの一声に異を唱える者はいなかった。


 それどころか喋る者さえ殆どおらず、会話らしい会話といえばそれこそ――――



「さぁ、おチビさん。フライトの時間よ。ちゃっちゃっと乗り込みなさい」

「おっぱい」



 ユピテルちゃんだけが、平常運転だった。


 その特徴的な赤目をパチクリと瞬かせながら、のそのそとナラカさんの炎龍ファフニールに跨る様からは、最早王の貫禄すら感じる。



「ここが正念場だ。苦しい戦いになると思うが、互いを信じて乗り切ろう」



 凶一郎さんがとても複雑そうな顔を浮かべながら、そう言った。


 眉毛を釣り上げ、瞳は真剣そのものなのに、どうしてだか頬を紅潮させ、こめかみをヒクヒクとさせながら、額から上を器用に青ざめさせている。

 そして鼻だけが病的に白い。



「(多分、照れてますね。コレは)」



 大方、「らしくない台詞」を吐いてしまったとか、そんな事で悩んでいるのだろう。


 一カ月以上も彼と共同生活を送ってきたのだから流石に分かる。


 凶一郎さんは基本的に照れ屋だ。そして良くも悪くも思慮深いから、逐一自分の行動を試みすぎるきらいがある。


 だから「正義」とか「信じる」といった光属性まえむきな台詞を吐くと、勝手に恥ずかしくなって、それが如実に顔に出てしまうのだ。



「はいっ! 分かりましたっ! みんなで協力してこの危機を乗り越えましょう!」

 

 なのでこういう時は、私が率先して光属性まえむきな言葉を返す。


 ナラカさんはアレでシャイなところがあるし、虚さんがフォローに回ると途端に胡散臭くなるし、ユピテルちゃんはこういう時率先して凶一郎さんをいじる(それか唐突に下ネタを言う。あるいは奇声を上げる。やりたい放題だ)。


 なので我等がリーダーが「穴があったら入りたい」とか言いだす前に、私が光属性まえむきな合いの手を送るのが一番安全に収まるのだ。



 だって私、そういう台詞嫌いじゃないし。むしろ大好きだし。

 良いじゃないか、正義。信じ合ってこそじゃないか、人間。



「(というか、凶一郎さんも別に嫌ってるわけじゃないと思うんだよね)」



 その証拠に、彼は私の台詞を聞いて満足そうに微笑んでみせた。


 あくまで自分が“言う”のが苦手なのであって、他人が言う分には好意的ポジティブに。

 

 歪んでいるというか、面倒くさいというか――――でも、そういうところも含めて彼の在り方なんだと私は思う。



「オーケー。それじゃあ、“笑う鎮魂歌レクイエム”の皆さん、どうか花音さんの事をよろしくお願いします」



 花弁型の足場に引かれた葉脈のような中央線ラインを境界とした右方側、私以外の“烏合の王冠”メンバーを束ねた凶一郎さんが、逆位置に陣取った“笑う鎮魂歌”の皆さんに向けて頭を下げた。



 「こちらこそ」という声が口々に飛ぶ。

 ヒイロさん達の声は明るかった。務めて明るく振る舞ってくれていた。

 それは危機感が足りないが故の暢気さではなく、振りかかる絶望に心が折れないようにと立ち向かう為の精いっぱいの努力つよがり


 決して悲壮感を漂わせないように

 抱えた不安を仲間に伝染うつさない為に

 心配ないと、自分自身に言い聞かせながら

 私達は「いつも通り」を装う。



 そして――――



「それと花音さん、これを君に」

「えっ……?」


 パーティーの振り分けも終わり、いよいよ戦地へ向かうぞと皆が意気込んだ矢先に凶一郎さんがこっそりとソレを私に渡した。




「もしもの時は《真珠勇翼イカロス》と併用して使って。きっと君の助けになるから」

「でも、それだと凶一郎さんが」

「大丈夫、こうみえて俺、結構お堅いんだ。〈骸龍器〉に【四次元防御】、そこに『未来視』や《時間加速》まで加えれば、大抵のピンチは何とかなる。だから君が」


 そして最後にとても大きな“手土産”を私に託して




「君が正義やりたいことを見つけたら、その時は遠慮せずに使ってくれ。それがこいつの一番正しい使い方だと俺は思う」




 凶一郎さん達は、三時の方角に建つ女神の神域へと発っていったのである。






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第六神域『戦争工房』




 第三陣サードフェイズは、主に三つの要素から成り立っている。



 第一の要素は“弱体化”。

 第二神域の主『ヘラ』の特殊能力“不和の林檎”の効果により、第三陣サードフェイズ中の私達の攻撃力は、一律10分の1の威力へと引き下げられている。

 ここでいう“攻撃”とは【物理、霊術問わずオリュンポス・ディオスとその眷族達に向けられたあらゆる傷害行動のこと】を指す。



『ゲームだったら、ダメージを与える行動全てに対して発生する特殊弱体化デバフみたいなもんかな』



 会議の時に凶一郎さんが噛み砕いて説明してくれたこの解説が個人的には一番しっくりきた。


 ゲームで言うところのダメージを与え得る行動――――それは物理的な攻撃だったり、霊術を用いた熱線だったり、あるいは毒を用いたバイオテロだったりと様々で、逆に言えばそれ以外の行動に対しては“不和の林檎”は働かない。



 戦闘時に良く使う選択肢コマンドに絞っても移動、防御、回復、強化、……後は「損壊ダメージを与えない効果」という但し書きつきで一部の妨害行動も効くらしい。



 例えば凶一郎さんの『覆す者』、これは凶一郎さんの腕力や防御力を引き上げる「強化」行為なので問題なく機能する。

 虚さんの空間跳躍ワープや『あらゆる妨げを無効化する能力』も同様だ。

 前者は「移動」で後者は「ダメージを伴わない妨害行為」に当たる為、“不和の林檎”の弱体化概念ルールをすり抜ける事ができる。


 ただし、ここに攻撃が加わると話が変わる。


 一見すると『虚空』が持つ『あらゆる妨げを無効化する能力』で弱体化を無力化できそうなものだが、虚さん曰く「ビミョ―に対象範囲が違う為、無理リーム―」らしい。




『俺のは防御無効化。あちらさんのは攻撃弱体化。この場合、どっちも有効に働いちまうんでオレは結局10分の1の弱体化を受けた状態で無防備な敵を殴るって状態になるわけです。まぁ、防御無効化はオレにとっちゃデフォ中のデフォなんで要するに』



 要するに“不和の林檎”の弱体化を、虚さんは正しく受けるとの事だった

 



『だから花音ちゃん。必要なのは防御無効化ガードブレイクじゃなくて別の属性いろなんっす』



 これが第三陣を取り巻く三要素の内の一角ヘラの弱体化。

 自身は干渉不可ルールの裏に隠れ、安全な位置から強烈な弱体化を放ち続ける妨害特化の理である。

 あらゆる攻撃を10分の1まで引き下げるその力は、私達の攻め手を軒並み潰し、前線で戦う二神の生存能力を飛躍的に高める為厄介なことこの上なく、加えて【二神の討伐を終えない限りヘラには干渉できない】決まりになっている為、私達は大幅な弱体化を受けたまま恐るべき神々の軍勢を鎮めなければならないのだ。



 第二の要素は“切り札”。

 第三神域の守護者を務めるミネルヴァがこれに該当する。

 彼女は、敵の将であるオリュンポスが最も力を入れて制作した紛うことなき最高傑作マスターピースだ。

 その力は他の十二神と比較しても一回りも二回りも大きく、更にこれまで私達が相対してきたオリュンポスの神々の術を全て扱える。

 これだけでも十二分におかしいのだが、加えて彼女の神域には先にダンジョンの神が告知した通り、ヘラとマルスを除いた九柱の兵器カミの複製が控えている。


 ディー・ユニット。

 移動制限や外部干渉制限、そして『再解釈ヌマ』や一部の術式スキルが剥奪されているといった「違い」こそあるものの、その性能は粗悪な模造品デッドコピー等とは口が裂けても言えない程整っているらしく、その徹底ぶりはまさにオリュンポスの神髄と呼んでも差支えない程の代物である。



 この一番苦しく壮絶な神域を現在凶一郎さん達が抑えてくれている。


 能力を10分の1にまで下げられた状態で、これまで戦ってきた神々とオリュンポスの最高傑作を同時に相手取るという決死の作戦――――とてもじゃないけど、私なんかが入っていける領域レベルじゃない。



 私に出来る事は……ううん、やらなければならない事は一つだけ。



「行きましょう、皆さん」



 第六神域『戦争工房』

 およそ三キロメートルにも及ぶ深紅の螺旋階段を昇りきった果てに待ち受ける兵器かみの名はマルス。


 第三陣を支える三要素の内の一つ『制圧』を司るその神は、決して動かない。


 動かずとも、兵隊達が




「! 花音ちゃんっ! 奴等が来る!」



 そうヒイロさんが上を指差した瞬間、上から橙色の閃光が降り注いだ。



「アズール、納戸っ! 花音ちゃんと我等のもやしっ子を守るよっ!」

「承知っ!」

「……だが」



 何か言いかけたアズールさんが、しかし寸前のところで言葉を飲み込んで三つ首の魔犬へと変貌する。


 咆哮と共に放たれる蒼黒の三重砲トリプルカノン、それが納戸さんの放つ『飛ぶ槍撃』の掃射と混ざり合い新緑の輝きとなって天を突いた。


 轟音が響く。そのあまりにも苛烈な霊力が、私達の視界を彼等の纏う霊力色に染め上げた。



 霊力、範囲共に二人の本気を感じる合成術ツープラトン


 回避か防御の二択なら間違いなく避けに徹したくなるようなそんな彼等の双撃に対し、敵の放った攻撃は、先に放ったか細い橙色の閃光が一筋だけ。



 きっとそれは、牽制の一撃だったのだろう。


 戦いの前段階、敵の動きを知る為に放った言わばそれは様子見の術式。


 だけど



「……ぐっ!」

「うぅっ!」



 だけど止められない。

 クラン“笑う鎮魂歌”が誇る屈指の武闘派である二人が束になっても、敵の牽制射撃に押し負ける。



 “不和の林檎”による弱体化は、確かに私達の力の90パーセントを封じていた。



 そして




「花音ちゃん、アタシなんだか無性に泣きたくなってきたよ」

「奇遇ですね」



 天を仰いだ先には、今の私達には辛すぎる牽制射撃チートスキルを放った青銅色の機械神タロスが数百機。



「私も無性に泣きたいです」



 第六神域『戦争工房』、二十五層の階層守護者『タロス』に包囲された青銅色の地獄。


 敵は数百。無限量産と自動強化あり。

 対するこちら側は、五人と亡霊の戦士が最大十二体の計十七名。


 彼我の戦力差は、言うまでもなく圧倒的で――――。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る