第二百五話 遥遠く(2)






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第五番神域『怨讐愛歌』:『龍騎士』火荊ナラカ






 三柱の兵器カミが集いし戦場で、それでも火荊ナラカが態度を崩さずにいられたのは、それがこの第二陣セカンドフェイズにおける彼女の『役割』とほぼ変わらないものであったからだ。



 第二陣――――神々の干渉が一部の遠隔攻撃のみに留まっていた序盤戦と異なり、この中盤戦からはそれぞれの偽神達がより密接かつ強固な協力関係を築いてくる。


 その最たる象徴となるのが、天陽龍アポロと殲月龍ディアナ。

 第五神域の宙空を飛び交う二柱の龍達の守護領域は本来第四と、第七と呼ばれる位置にあり、ここは言わば彼等にとって“余所の庭”である。


 境界移動ボーダーシフト――――他の神が統べし次元を自由に闊歩する事が出来る掟破りの超能力。

 この能力を遺憾なく発揮し、他の神域への乱入と移動を行う太陽と月の双子龍の役割は、言わば遊撃部隊。


 つまり火龍の少女が課せられた役割と、奇しくも被っていたのである。


 ある可能性の世界において、全ての神々がドラゴンとなったオリュンポス。

 彼等はその一員であり、影法師。

 そしてまごうことなき偽物だ。


「“偽の龍”……中々どうして喧嘩を売ってくれるじゃないの」



 火荊ナラカは静かにキレていた。

 恐らくは彼女だけでなく、<龍宇大>の全てのドラゴン達がこの状況を目の当たりにすれば同様の反応を示すことだろう。


 龍とは、皇国われらの皇が創出した至高の生命体群デザインである。

 翼の有無ではなく、胴体が蛇のようであるかどうかでもなく、その在り方の真贋を問うのは【あの方が授けた命であるのかどうか】。


 龍とは、ドラゴンとは、“私達”とは、偉大なる“無窮覇龍”の子供モノであり、その在り方を無二の喜びとする者達だ。


 故に彼等は、禁を犯した“負の龍あしきもの”を侮蔑する。

 そして“彼”のモノではない“偽の龍”を憎悪する。


 そこにいるアレらのような偽物を、<龍宇大>の龍は決して許さない。


 だからやることは一つであった。



「死ね」



 弾指と共に放たれた熱術さついが世界を覆う。


 紅蓮あかく紅蓮あかく紅蓮あかく紅蓮あかく

 

 第五神域エリア全域に広がる周囲に巨大な竜巻カベと嚇灼の波動。



焼死に至る旧世界キェルケゴール】、空間そのものを焼き尽くす炎熱地獄の具現化。

 相棒の炎龍ファフニールとの合一を果たしていない状態で放つの術式に、“烏の王”戦でみせた程の出力はない。


 だがしかし、それでもなお過剰火力。

 この伏魔殿パンデモニウムに集いし、千を越える歴戦の怪物達が断末魔を上げながら消えていく。



 こと対集団戦において火荊ナラカは、黒雷の少女すらも上回る。

 最大出力と術式の集束性、更には一度辺りの『噴出点』や『霊力経路』の展開数、あるいはそもそもの射程距離や霊力貯蔵量の多寡等、こと後衛火力担当シューターとしてあの俗物の化身に劣る点は確かに多い。


 けれども火龍の少女の霊術指向値アストラルパラメータは、その持続性と回転効率燃費の良さにおいて銀色の俗物をはるかに上回り、能力の応用性においては文字通り火を見るよりも明らかな程である。



 何よりも、戦う事を放棄している砲撃手ユピテルと、幼少より闘争の英才教育にさらされてきた龍騎士ナラカとでは、そもそもの土俵がまるで違う。


 ユピテルの戦闘スタイルは、良くも悪くも特化型だ。盾役や、あるいは飛行能力のある乗り物マウントと連携を取りながら、敵を撃つ――――それは敏捷性アジリティ耐久能力タフネスに代表される戦う為の要素を極限まで削ぎ落とし、ただ破壊する事一点に専念した専門家スペシャリストとしての在り方だ。

 誰かと組み、攻撃以外の役割を他人に任せる事によってのみ成立し得る“撃つ役割”。だから彼女の戦場には、必ず他の味方がいなければならない。万が一にでも単騎運用を試みるのであれば、距離という要素が不可欠となってくるだろう。



 対して火荊ナラカは、総合戦闘職ゼネラリストである。



 音よりも速く戦場を駆け回り、系統の事なる術式を状況に応じて適宜使い分け、相棒の『ファフニール』と共に頂点捕食者ドラゴンの肉体と磨き上げた武術で戦う彼女はまさに戦場の花形と呼べるだろう。



 距離も味方の有無もさして問わず、むしろ、今のような孤軍奮闘の状況においてこそ最も真価を発揮する万能の戦闘家。



 それは空間燃焼と言う尋常ならざる絶技を、ただの前提として扱っている様子からも明かであった。





「(へぇ、やるじゃない)」



 燃え盛る第五神域の内において、健在である守護者たちの姿を眺めながら、ナラカは感心を覚えた。


 耐えているという事実に対してではない。それは前提だ。空間燃焼スリップダメージで果てる守護者ボスキャラなど火荊ナラカは敵とは認めない。



 彼女の興味を引いたのは、その耐え方だ。


 三者三様の克服方法バリエーション

 三柱の兵器達がそれぞれの強みを活かして【焼死に至る旧世界キェルケゴール】に抗するその様は、少なくとも及第点を与えてもいいと思える程度には刺激的だったのだ。



 地母神ガイアは、苦悶の表情を浮かべながらも現状を維持。

 周囲の怪物達は軒並み絶えてはいるが、彼女は自らの燃える肉体を触媒として耐熱性に優れた怪物達を製造し、これを己の身に取りこむ事でカタチを保っている。


 滅月龍ディアナは、健常。

 偽者と言えども、彼女は龍だ。その『龍麟』は灼熱を弾き、破滅の光を通さない。

 華がなく、三柱の神達の中では一番退屈な耐え方ではあるが、裏を返せばこの神は固有能力を使わずに耐えている。その点を加味すれば、ある意味一番楽しみな敵と言えるだろう。



 そして天陽龍アポロは吸収。

 ディアナとは対照的に、こちらは持ち前の『龍麟』だけではなく彼固有の能力によって周囲の熱を取り込んでいた。



「良いわ。一応、アンタ達全員合格って事にしてあげる」



 紅蓮に包まれた世界の中で、黒角の少女がそのたおやかな右腕を天へと掲げた。



「それじゃあ、まぁ。ここからは戦いといきましょうか」




 戦場に輝く深紅の光柱。主の呼びかけに応じ、緋緋色金が虚無より出でる。

 顕れた『ファフニール』に跨り、ナラカは燃え盛る宮殿の宙空へと飛び立った。

 第五番神域の全容は、高く、そして広い。

 壁面に散りばめられた色とりどりの宝石や煌びやかな飾り付けの数々に目が行きがちになるが、それらは全て背景以外の何物でもなく、その本質は太陽と月の双龍が能力を遺憾なく発揮できるようにと創造デザインされた箱庭。



 ここだけではない。第二陣セカンドフェイズの幕開けに伴い新たに解放された五つの神域エリア全てが同様の空間設計を施されている。



 即ちオリュンポス・ディオス中盤戦とは、この龍達を巡る戦いなのだ。


 各神域の守護者たちをそれぞれの攻略メンバー達が抑え込みつつ、戦場をかき乱す二柱の龍をいかに素早く仕留めるか。


 彼等の先行討伐は絶対だ。少なくともアポロとディアナを三番目までに倒さなければ、次に控える正真正銘本物の“第三陣じごく”の難度が更に高まるのだから。



「(……そろそろ、頃合いね)」



 宙空の双龍達と交わる視線が同じ高さへと至ったタイミングで、ナラカは【焼死に至る旧世界キェルケゴール】を解いた。


 赤色が急速に薄まり、世界が安寧の温度を取り戻していく。


 彼女が空間燃焼の理を収めた理由はシンプルだった。


「時間と、ついでにある程度の戦力リソースは削いでおいたわ」



 咆哮と共に天陽龍が灼熱の息吹を放ち、殲月龍が翼面の突起から金糸雀カナリア色の光線を放つ。


 配下を焼き尽くされた地母神ガイアは肉体の復元に神力を注いでいる。


 今、戦場のスポットライトは全て火荊ナラカに向けられていた。



「約束の五分よ。さぁ、受け継ぎなさい」



 故に



「このナラカ様の意志バトンを」



 故にこそ中央の転移門より現れた二人の冒険者の乱入が、迅速スムーズに決まる。



 特徴的なポニーテールを揺らす桜髪の少女と、童顔二十八歳サル女が武器を携え一目散に駆け抜けた。


 狙いは地母神ガイア。この神域の真なる主。



「仔犬っ!」



 双龍の波状攻撃を相棒との連携息吹コンビネーションで退けたナラカは、素早く桜髪の少女の元へと下降した。



 アポロとディアナの二柱を相手取りながらの急降下。無論、リスクは相応にある。だが



「…………!」

「…………」



 ここで一度下がる事で、“私”はこの子に「火荊ナラカ」を渡す事が出来る。



 黒角の少女の身体にほのかな温かさが灯る。

 そしてその光は、ナラカが再び宙へと舞い上がった瞬間にはもう消えていた。


 花音あの子に一回、味方に一回、ガイアに一回。



 定められた順番で《アイギスの盾》を使う事により発生する特殊な連携術式コンボスキル、《英傑同期ステータスリンク》。


 その成功を確信したナラカは、天を飛ぶ二柱の双龍との戦いに再び身を投じた。


 天と地。空間を共としながらも、第五神域の戦いは二つの局面に分かたれた。


 天を統べるは四体の龍。音を越えた領域でしのぎを削り合いながら、徐々に徐々に宮殿の外縁部へと移ろいでいく。



 そして、地上の方は――――優勢だった。


 《英傑同期ステータスリンク》の成功により火龍の少女に伍する術式火力ステータスを得た桜髪の少女と、分身と巨大化、そして『亡霊戦士』の活用による盤面制圧を得意とするサル女。



 この二人の組み合わせは、対地母神戦において非常に有効だ。

 自らは動かず、手足となるトークンの規模で戦場を掌握するガイアにとって、殲滅能力に長けた霊術使いと多面攻撃を得意とするアタッカーのコンビはおよそ鬼門と言っても良い。



「(まぁ、それもこれもアタシのお膳立てあってのものだけどね)」

 



 予め敷かれていた千を越える怪物の軍勢は【焼死に至る旧世界キェルケゴール】で焼き尽くし

 決定力の足りない仔犬に自分の術式火力ステータスを渡した。



 約五分間の仕事としては、まぁ上出来の部類だろう。


「(後は……)」



 そうして黒角の少女が天陽龍への近接戦を仕掛けようとした瞬間



「――――――――ッ!」



 ソレがとうとう動き出したのだ。



 月が満ちる。


 殲月龍ディアナの頭上に顕れた月色の球形スフィア


 その光球は一定時間経過毎に顕現し、殲月龍の真なる力を目覚めさせる。


 権能『次元渡りポータルシフト』――――あらゆる“距離”を無視して空間と空間を繋げる“穴”を作り出す能力。


 系統としては虚の扱う『虚空』に代表される空間跳躍ワープ能力スキルではあるが、彼女の権能は。ことこの最終階層という立地条件に限り、制約がない。



 そう。これこそが双子龍が、他の戦場に介入できる所以である。


 時間経過毎の発動、兵器カミと龍の二色の混合生命体キメラであるが故の強靭な肉体性能フィジカル、そして何よりも【常に離れず二柱で行動を共にする】という彼女達の習性ルーティンが、際限のない『次元渡りポータルシフト』を可能にした。


月の光に照らされた宮殿の壁面に“孔”が開く。蒼い孔。彼女の大嫌いな色で煌めく次元渡りの回廊。



 天陽龍アポロ。

 殲月龍ディアナ。



 この二柱の相手を担う者は、必然的に彼女達を追わなければならない。


 そしてそれは唯一自前の航空戦力を有するナラカの役割だった。



「(まったく、損な役割よね)」



 心の中でごちながら火龍の少女は、次元を渡る日月の龍達を追いかける。



 これは追走戦チェイスだ。

 世にも珍しい五次元を股にかけた龍達の追走戦である。










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