第百八十一話 アイギスの選択(後編)
◆特殊仮想空間・戦場:『英傑戦姫』空樹花音
吹き荒ぶ風を纏い、赤毒に汚染された大地を駆ける。
ヒイロさんは放心していた。
虚ろな瞳。武器を構えるその姿に覇気はなく、有り体に言ってしまえば隙だらけ。
ブラフではない。演技であんな顔が出来たら役者が過ぎる。
彼女は絶望していた。
唯一の勝ち筋である【
「あぁ、本当……どうしよっか」
「ッツ!?」
絶望している筈なのだ。
私の振るった
「ははっ、全然考えがまとまらないや」
刹那、ヒイロさんが持つ巨大な金属棒が
「なっ!?」
私の身体は為す術もなく宙空へと吹き飛ばされた。
槍を振るった両腕を中心に身体が熱さと重さと痺れを訴えかけてくる。
もしもここが仮想世界でなければ、襲いかかる痛みで身悶えていた事だろう。
「(どうして? 隙だらけだった筈なのに?)」
状況を分析する為に頭を回して、――――すぐにそれどころではなくなった。
吹き飛ばされた私の身体に襲いかかる追跡者。
ヒイロさんではない。
彼女は未だに立ち尽くしたままで、私を追うソレは人の形などしていなかった。
金の輪が結ばれた赤色の金属棒。
<
重さ数トンの武器がまるで意志を持っているかのようにジグザグと軌道を描きながら私を突こうと、追う、追う、追い続ける。
私は持ち得る霊力の大半を《
周囲の空気を圧縮し、それを二つに分けてから爆破。
一つは<
炸裂する半透明の爆弾。
私の思惑は半分だけ成功し、ヒイロさんから何とか距離を取る事に成功した。
<
結界の果てから果てに向けて視線を注ぐと、丁度赤色の棍棒が主の元へ戻っていく瞬間を見る事が出来た。
重さ数トンの得物が、まるでヘビが穴に入るようににょろりと主の持つ柄の中へと収まっていく。
恐ろしく厄介な武器ではあるが、再襲撃をかけてくる気配はない。
凶一郎さんの推測通りだ。
<
目算だが、その有効範囲はおよそ百五十メートル。
「(だったら――――!)」
《
纏う鎧が赤色へと変化する。
現界した大筒を手に取り、霊力を使って安全装置を外す。
弾指よりも速く照準合わせを済ませ、捕捉した“笑う鎮魂歌”の主に向けて
換装からの再行動は、私があの特訓の日々で優先的に取り組んできた課題の一つだ。
変化の際にあった僅かなテンポのロスを、意識の加速と動作の無駄を限界まで削ぎ落とす事によって為し得た“変化と攻撃の両立”は、かくして本番でも無事一定の成功を収め――――
「《分かれろ》」
そして、
目の錯覚なんかじゃない。
彼女は、真実五人に増えたのである。
『セイテンタイセイ』――――ヒイロさんを守護するその猿神の能力は、術者個人に限定した存在操作と増殖
簡単に話すとヒイロさんは増えるし、変身するし、大きさを自由自在に変えられる。
加えて、彼女達は全員<
はー様の『
五人に分かたれたヒイロさんの赤棍が一斉に伸びた。
天から地へ、あるいは地から天へ。
五方向から伸びてくる質量兵器の波状攻撃。
避けるか、受け止めるか。
頭の中に二つの選択肢が浮かび上がる。
「(《
結論は受け。
万が一の
《
換装と共に、全身から桜色の光輝が溢れだす。
現出した鎧とその色彩を共とする桜色の霊光は、私の周囲五メートルを隙間なく覆い、やがてソレはドーム状の
《
その力は、攻撃を防ぐ事に特化しており、展開された桜色のバリアは、質量数トンの<
バチリ、バチリと何かが弾ける音が耳に響いた。
外壁に広がる波模様。
五人のヒイロさん達は、虚ろな瞳で不乱に質量兵器を振るい続ける。
だが、破れない。
広がるのは波紋だけ。
バリアには罅一つ入らず、そして当然術者である私も無傷である。
とはいえ……
「(このまま防いでいるだけじゃ、ヒイロさんには勝てない)」
《
加えて
「え」
それは影だった。
大きな、大きすぎる影が、私とヒイロさん達を覆い尽くす。
まさかと思い、空を見上げる。
――――『セイテンタイセイ』は、術者の姿形そして大きさを自在に変えられる。
――――『セイテンタイセイ』は、
――――そしてヒイロさんは、五感以外の感知から自身を完全に隠匿する天啓<
分身は、五人ではなく六人だった。
『セイテンタイセイ』による“変化”と <
【潰れろ】
天より堕ちる数十メートルの巨体。
神話の巨人と化したヒイロさんの手に握られた
「……っ! <
たまらず私は、二枚のカードを切らされる。
『防衛領域形成』と《アイギスの盾》によって相互強化された私と <
「うっ……ううっ」
空が震える。
上から降って来る地震なんて聞いた事がない。
バリアに罅が入る。罅は亀裂へ。亀裂は破片へ。そして破れた箇所から巨大化した<
◆
「驚いた」
ヒイロさんが心底感心したような声で言う。
赤毒の霧と赤茶けた粉塵。
そして、あぁ私の視界も
地面に空いた
なんという出鱈目、やっぱりこの人“
だけど
「まさかあたしの【
耐えた。
アバラと肩がものすごく熱いし、額と内腿からすごい量の血が出てて、あぁ毒も辛い、気持ち悪くて呼吸が上手く出来なくて鎧もボロボロで霊力も大分持っていかれたけれど、だけど、まだ、私は生きている。
「増殖と、変化と、巨大化の
「だからガス欠も早いと?」
私は罅だらけの <
今はただ、時間が欲しい。
それはきっと、彼女も同じだ。
だから私達は、言葉を交わす。
「いや、アタシとしてもアンタに死なれちゃ困るんだけどね――――それでも、あぁ本当に悪い癖だ。頭に血が昇るとかぁっとなって周りが見えなくなっちまうんだ」
恥ずかしそうにヒイロさんは頬をかいた。
彼女の分析は正しい。
ここで私を倒してしまったら、折角起動させた<
「変な話だけど、助かったよお嬢ちゃん。アンタが思いの外頑丈だったお陰で、首の皮一枚繋がった。生きててくれてありがとうよ」
「そりゃあ私も、死ぬわけにはいきませんから」
クレーターの底から見上げる彼女の瞳は、いつの間にかすっかり平静を取り戻していた。
参ったな。折角頑張って揺さぶりをかけたのに、それが全部パァになってしまった。
「貴女に勝たなきゃならないんです。私が死ぬ事でチームが勝ったとしても、それは私の勝利ではありません」
凶一郎さんは、これが最終試験だと言っていた。
ここで成果を出さなければ、ボス戦には連れて行かないと。
「貴女に勝って上にいきます」
みんなと一緒に、だ。
それはヒイロさん達の正義と比べれば酷く個人的で、矮小なエゴなのかもしれない。
だけど、それが何だというのか。
息を吐く。
喉は熱くて、何か良くないものがお腹に落ちた。
ドロッとしてて、おまけに粘々も中々。
それが一体何なのかは、あまり想像したくはない。
《
「――――訂正するよ」
ヒイロさんが言った。
「“仲間殺し”の件、アレでっち上げだろ。そんな澄んだ瞳をした人間が、自分の命惜しさに仲間を売るような真似をするとは思えない」
その言葉に、胸が一瞬苦しくなる。
脳裏に浮かぶ『黄衣』の記憶、処分を受け入れた時の気持ち、暗がりの部屋、ただ自分を責めるだけだった日々。
「どうなんでしょうね」
それらは今も私の中に残っていて、やっぱり未だに私は私が嫌いなままで
だけど
「私はもう、誰も死なせたくないです。“生贄”なんて誰一人出させないような、そんな強くて立派な冒険者になりたいんです」
「……やっぱりアンタは、アイツ等とは全然違うよ」
その瞳はどこか悲しげで、同時に私と誰かを明らかに見比べていた。
アイツ等。
思い当たる節は一つしかない。
「ヒイロさん、そのアイツ等というのはもしかして――――」
答えは返ってこなかった。
沈黙、ではない。
ヒイロさんは確かに何かを喋ろうとしていて、けれど、吐きかけた言葉を飲み込むような急激な変化がこの戦場に舞い降りたのだ。
異変は主に三つ。
まず、二条の黒雷が空を駆けた。
私達の戦場付近に一つ、そしてはるか遠くの地平に一つ。
続いてヒイロさんの身体からおびただしい量の金色の霊力が溢れだした。
肉眼でも分かる程の圧倒的な霊力の奔流。
彼女の顔を見れば分かる。
あれは意図して起こったもの――――つまりヒイロさん主導の
むしろ彼女は、困惑していた。
何故ここに来て【
その答えは、最後の変化として現れた。
<
全身を紫黒色の外骨格で覆ったその人は何も語らず、私達に干渉しようとする気配すらなく
――――ただ、《アイギスの盾》の有効射程範囲内に立っていたのである。
―――――――――――――――――――――――
・《
拠点防衛特化型。武装は
所謂上位フォームの内の一つ。展開されるバリアは、アジ・ダハーカの通常攻撃を防げる程度には固く、また霊力の継ぎ足しで補強する事も可能。維持費に相応の霊力を必要とするが、発動後一定期間は変身時の霊力消費分で賄ってくれるため意外と燃費は良い。
他の上位フォームとは違い、シナリオ上での特定の出演はないが、考察班の中にはモチーフ的に実はかなり重要なフォームだったんじゃないかという説を唱える者もいる。
Q:<
A:外部干渉不可なだけです。中側からの場合、声や視覚情報、あるいは物理的な攻撃手段は外まで届きませんが、一部のバフや概念系の干渉は中まで届きます。後、システムのオプションはまた別扱いなので問題なく【
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