第百七十四話 三つの塔








◆特殊仮想空間・戦場・“笑う鎮魂歌”陣営『中央塔』・管制室:“笑う鎮魂歌”クランオーナー『孫行者』・猿堂ヒイロ





 ヒイロとて、無策でこの戦いに臨んでいたわけではない。


 いや寧ろ、彼女達の“対策”は、一般的には徹底的と呼んで然るべき類のものである。



 【瘴気完全耐性】――――コスト1

 【雷撃完全耐性】――――コスト1

 【熱術完全耐性】――――コスト1

 【空間転移無効化】――――コスト1

 【領域内敏捷性低下(大)】――――コスト2

 【HP修復器(グレード3)】――――コスト3

 【スプリット3】――――コスト0




 塔内の防衛機構に積んだコストの合計は9

 全体の六割を自陣への防備に使い、その上で敵の戦力を散らすべく【スプリット3】を使い、HPを三分割した塔を三か所に建設。



 更には二百五十二人のプレイヤーに黒雷と熱術耐性の高いアクセサリーを装備させ、たとえどの敵がどの塔内に侵入しようとも打ち勝てるプランを練り上げ、今日を迎えたのだ。



 ……だが、甘かった。

 甘すぎた。

 怪物達は踏み越えたのだ。

 “笑う鎮魂歌”のメンバーが総出で築き上げた最後の砦を、たったの一手で。




「隕石の発生源とおぼしき異常な霊力場を確認。距離は……ウソだろ。中央タワー上空より約二十キロ――――成層圏を優に超えていますっ」

「隕石群の落下により、塔外部へのダメージ発生。属性分布は、物理、衝撃、爆発、熱術、そして高密度の重力波の発生を確認。直ちにスタッフをHP修復器に回して下さいっ」

「三十キロメートル先より砲撃が発生。西、東、中央へ着弾。属性分布は瘴気と雷。こ、黒雷です。塔機能を使用した攻撃ではありません。しかも奴等、もう俺達の居場所を掴んでやがる」




 言うまでもなく現場は震撼した。

 『中央塔』に配属された八十五名のクランメンバーの大半は、その顔色を青か白に染めている。

 わざわざ確認するまでもない。

 士気の低下は甚大だ。


 幸いにも“塔”の内部はゲーム的要素HP制度のお陰で事なきを得ているが、それもいつまで持つか分からない。



「(何とか、しないと)」


 夜の荒波のようにさざめく心を鋼鉄の理性で抑えつけながら、ヒイロは東西の塔の主達に向けて《思考通信》をかけた。

 真白の壁に覆われている筈の中央管制室の様相が、何故だろう、今はどうしようもなく赤く見える。

 酷い危機アカだ。



『まずいぞヒイロ、この攻撃、見た目以上にヤバい』

『塔の損傷もさることながら、問題は人的資源リソースです。こいつの対処の為に“修復器”に回さなければならない人員は少なく見積もっても五十……いや、六十はいるでしょう。やってくれますね、ほんと』

 


 《思考通信》越しに聞こえるアズールと黄の声。

 忌むべき事にどうやら彼等の塔も同じ有り様らしい。



 東西中央。一極集中の防衛と三方向からの【対塔特化砲撃オプションアタック】を狙った構築が仇となった。



 コストゼロの【スプリット3】では、塔の最大耐久値まで三つに分割されてしまう。


 幾ら莫大な耐久値を持つ塔と言えど、三割強の耐久値で隕石の掃射を受け続ければ五分と持たずに壊れてしまう。


 幸いこちらには高等級のHP修復器がある為、持ち堪える事自体は可能だ。



 ――――専用のユニットに、プレイヤーを配置する事によって。




「(六十人。六十人の仲間を回復役に回して、ようやく隕石の秒間火力DPSを上回る秒間修復力HPSが手に入る)」




 ヒイロはコントローラーパネルの縁を八つ当たり気味に殴りつけた。

 ……これが、狙いか。



「(隕石の対処を無視すれば、瞬く間の内に塔が消し飛ぶ。かといって塔の維持に人員を割けば、大半のメンバーを【修復器】に突っ込まなければならなくなる)」




 不都合な二者択一、ではない。

 選択肢は一つだ。今塔を失うわけにはいかない。




『術式の発生源に力場妨害ジャミングをかける事は?』

『成層圏からの攻撃だぞ。霊力経路バイパスなんてとても届かない』

『なら反重力波を展開して隕石を押し返すプランは?』

『今やってますけど、効果は薄い……どころかまるで効いてません。隕石一つ一つに強力な重力術式がコーティングされているせいで、あらゆる物理的対抗手段が“落とされ”ます』




 目が眩む。

 あまりにも手口が、鮮やかすぎる。



「(一体。いつまで続くんだ、この攻撃は!?)」



 五分。十分。もしかして二十分……?


 いずれにせよ、この隕石あめでは、まともに外をうろつく事など不可能だ。



「(あまり悠長に考えてる時間はない。敵が次の一手を打って来る前に対策を、方針を考えなくちゃ)」



 モニター越しに外の様子を見やる。


 赤茶けた岩盤地帯を地形ごと押し潰していく紫黒の流星雨。

 夢ならば早く覚めてくれと、彼女は手の平で右目を覆いながら心の中で小さくごちた。





◆◆◆特殊仮想空間・戦場:“烏合の王冠”陣営・管制室:『覆す者マストカウンター』清水凶一郎






「(悪いが、二時間はそのままだぜ“笑う鎮魂歌”さんよ)」




 俺は三十キロメートル離れた先でヒスっているであろう汚いお星様被害者の会メンバーの方々に心からの哀悼の意を捧げながら、チビちゃんの様子を伺った。




「キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」



 オーライ。絶好調だ。

 いつも通りのポーカーフェイスに、怒りの感情を如実に表す青筋。

 大変キュートだ。そして怖い。



 今朝がたオープンワールド風味の大作ソシャゲの限定ガチャで爆死を遂げた銀髪ツインテールさんは、その諸々の恨みを晴らすべく、両手に持った金属製の杖――色は紫黒。先端は槍のように鋭く、持ち手の部分には三つ首の龍があしらわれている――を一心不乱に振りながら、不気味なシャウトを上げていた。



 成層圏からの隕石一世掃射。

 現在“笑う鎮魂歌”陣営を襲っている一連の災害の発信源は、お察しの通りこの杖さ。




 天啓<天災をカラミティ齎す者ブリンガー>――――彼の“邪龍”アジ・ダハーカが使用した流星落下スキルを使用可能になるというこのシンプルなレガリア(厳密に言えば術者の最大霊力経路伸長距離を伸ばすという“設定”はあった)には、しかし邪龍オリジナルにはなかった恐るべき機能がついている。



 それこそが霊力貯蔵機能。


 予め霊力を杖に注ぎ込んでおく事で、【天災】発動時の隕石生成コストを杖が負担してくれるっていうまぁ要するに『霊力のATM』みたいな仕組みがついているんだよ。



 そして、この【天災】ストックに際限はない。

 それどころか、溜めた霊力を術者側に還元する事すら可能なのだ。


 

 黒雷以外の攻撃手段の獲得と、予備バッテリーの両立。

 特化型の後衛砲撃手が欲しがっているものを見事に抑えた至高の逸品といえるだろう。


 ……あぁ、ちなみに奇声をあげなきゃいけない縛りとかは特にない。

 チビちゃんが勝手にキレて叫んでいるだけだ。




「さて。それじゃあ、状況を一つずつ確認していこう。……あぁ、ユピテル。お前は引き続き砲撃を続けてくれ」

「キェエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」



 シャウトをかましながら首をこっくり縦に振ってくれた。

 こういう所は割と律儀である。




「まず敵の拠点は三つある。位置はここから北東三十キロメートルの地点に一つ。そこから《思考共有》の受信圏内にそれぞれ二つだ」



 狙いは恐らく敵戦力の分散と三方向からの【対塔特化砲撃オプションアタック】……人員が多いクランが好みがちな手堅い戦略である。


 塔による長距離砲撃で敵のリソースを塔の防衛や修復に回しつつ、頃合いを見計らって攻勢に打って出る。あぁ、悪くない戦略だよ。

 何せ塔の砲撃は、仮想現実バーチャル補正のおかげで、ものすごいぶっ飛んだ射程をしているからな。座標さえ分かれば、たとえ三十キロ先からでも楽に攻撃できるだろう。



 だが



「キェエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


 


 チビちゃんの身体から黒色のオーラが湧きあがる。


 管制室の中央におかれた巨大モニターの映像に、三条の閃光が映し出されたのはその刹那の事だ。


 宙空を線上に駆け抜ける漆黒の雷閃は、対角線上に現れた琥珀色の焔を真正面から打ち破り、なおも戦場をひた走る。


 同様の光景が、同一時間内に都合三度。


 奴等の繰り出した決死の【対塔特化砲撃オプションアタック】は、かくしてお子様の砲撃により簡単に無力化されましたとさ、チャンチャン。




「ユピテル、今の攻撃、どれくらいのグレードだった?」

「多分1、歯ごたえが豆腐並み」



 チビちゃんは一瞬だけ素に戻り、再び奇声を上げ始めた。

 ちょっとうるさいので、彼女の口に棒付きキャンディーを添えてやる。

 ユピテルは、静かになった。



「だ、そうだ。つまりこれで奴等の戦略は大体読めた」



 青黒色の壁に覆われたいかにも悪の組織のアジト然とした管制室内に、俺ちゃんの声が響き渡る。

 驚く者は誰もいない。

 大体、予想通りだったからだ。



「【対塔特化砲撃オプションアタック】はグレード1のコスト1、塔の増殖は安いスプリット3、黒雷による攻撃が遮断されたというユピテルの言葉から勘案するに、【瘴気と雷】への完全耐性は、間違いなくついている」

 


 そして黒雷対策を万全に備えているという事は、当然ナラカの熱術や、虚の空間転移といったこちら側の見せ札にもメタを張っているだろう。



 何せ俺達は五人しかいない。

 それぞれの得意属性を無効化するだけで、大分塔の攻略は難しくなるのだから。



「【熱術完全耐性】、【空間転移無効化】、そしてこちら側の脚を鈍らせる為に高グレードの【領域内敏捷性低下】をつけて、万が一の為にグレード3の【HP修復器】をつけてるだろうさ」



 【HP修復器】については完全に当て推量だが、つけてなければHPが持たない筈なので別にどちらでもいい。


 まぁつけてたらつけてたで、大半の人的資源を犠牲にしなきゃならんので、どちらにせよあちら側は地獄である。



「というわけで、ここからは第二段階フェイズツー、段取り通りに攻めていく」



 三人(プラスチビちゃん)の顔を見渡すが、どの顔にも異存の文字はない。

 約一名、ちょびっとだけ緊張しているが、まぁ花音さんはそれでこそなので問題はないだろう。



「アタッカーは俺と、虚とナラカ。持ち場は一人一塔だ。

ユピテルはそのままバカスカ隕石で攻撃しつつ、エリア内に侵入してくる敵を適当にまびいてくれ。

そんでもって花音さんは、外で待機。ユピテルじゃ視れない“穴”を埋めつつ、万が一の来客の際には丁重なおもてなしで迎えてちょうだい」

「はいっ!」



 一際大きな返事が、耳をついた。

 良いね。花音さんって感じだ。



「ようし、それじゃあ最後に一番大事な確認をするぞ。今日の戦いの目的は?」

「PV撮影!」



 神獣の暗殺者が元気よく言う。正解だ。


「俺達が気にするべき事は?」

「取れ高と映え率」



 龍人の少女が薄笑いを浮かべながら答える。完璧な答えである。



「その為に、絶対にやってはいけない事は?」

「て、敵に一点も与えるべからずです!」



 俺は大きく手を叩き、桜髪の少女に素晴らしい、と伝える。




「オーケー。意志疎通はバッチリだな。なら行こうか、野郎&お嬢様方。楽しい楽しい殺し合いPV撮影のお時間だ」



 最後にチビちゃんが、「ふぃえーっ!」と鳴いた。

 棒付きキャンディーが口に入っているせいか、心なしかその鳴き声は大変可愛らしいものであったという事を結びの言葉として付記しておく。






―――――――――――――――――――――――



・<天災をカラミティ齎す者ブリンガー>


 流星落下の天啓。重力波を帯びた隕石を生成し、これを任意の対象に向けて放る邪龍アジ・ダハーカの【天災】のアレンジ。

 生成する隕石の大きさは術者の能力値に依存し、ユピテルの放つ【天災】は、オリジナルよりも大きい。

 また、射程増強、霊力貯蔵及び還元の機能もついている為、取り合えず出しておくだけでも仕事をする非常に便利な天啓である。



・「ドラマチック台詞ライン機能」


 一部のハイスペックシミュレーターに実装されている自動台詞修正機能。

 中のAIが自動的にアウトな台詞を口元の動きごと綺麗な言葉に変換し、人工的なエモさを演出してくれる。

 なので会場のお客様には、今話終盤のゴリラ達の台詞がものすごくエモーショナルな美辞麗句となって届いているのだ。

 当然、ゴリラが手配した。







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