第百七十三話 タワーウォーズ










◆◆◆ダンジョン都市桜花・第三十九番ダンジョン『世界樹』・第一スタジアム







 その日、ダンジョン『世界樹』は、歓声に沸いていた。

 優に万を越えるキャパシティを誇る『第一スタジアム』に集った聴衆達。

 彼等の目的は、“観覧”だ。

 観る。そして体験を場内で共有する事。

 屋内スタジアムを埋め尽くす戦闘視聴好事家ウォッチャー達の熱気は、ここ数カ月の内で五指に入る程の盛り上がりをみせていた。



 元々、仮想現実戦闘の聖地として賑わいを見せる彼の地において、見世物や興業はさほど珍しいことではない。


 四年に一度の“最終階層守護者戦ワイルドハント”の出場権利をかけた『ヴァルハラ・ゲーム』は、国内外問わず絶大な人気を誇るコンテンツとして広く世に知れ渡っているし、週末に開催される“神々の黄昏”主催の“イベント”は、常に満員御礼である。



 故に、観覧席がオーディエンスによって埋め尽くされている事、それ自体はさじ程も稀少ではない。

 燃えたぎるような、音。

 闘いの刺激に飢えた血走った瞳。

 協賛会社の新作ミュージックPVが空間照射型立体映像エアリアルスクリーンから流れ、人気コメディアンが前座の寄席で喝采を浴びる。


 この熱狂こそが、『世界樹』の日常なのだ。


 誰かが闘い、それを大勢の聴衆が娯楽として消費する。



 ならばこそ、彼の地の「平均値」を大きく上回るこの盛況ぶりは、期待の裏返しに他ならなかったのだ。



 規模の大きさか、あるいは余程特殊な“組み合わせ”なのか。



 結論から言うと、その日の『催し』は、後者であった。



 界隈でも名の知れた古豪と、桜花の勢力図を破竹の勢いで塗り替えていく超新星。



 その二つのクランが、最終階層守護者戦前の調整を兼ねた親善試合を行う──ただ、それだけのイベントであるにもかかわらず(加えて予告から開催まで一週間のスパンで行われたという異例さについても付記しておく)、十倍値段の優待入場券プラチナチケットが完売を迎えたという、異常にして異観。



 彼等の戦いを、斯様なまでに大きく燃え上がらせたその元凶と目される二つの人影が中央の壇上に上がった瞬間、会場は万雷の拍手によって包まれた。



「皆さん、こんにちは。本日のメインパーソナリティーを務めさせて頂きます四季蓮花です。そして──」

「クラン“燃える冰剣”のマスター、ジェームズ・シラードだ。本日は、我が盟友の勇姿を見届けるべく馳せ参じた。些かアウェイの身である故、緊張している。故に諸君、どうか私が至らぬ過ちミスを犯したとしても、大目に見て欲しい! 私はこんなにも緊張しているのだから!」

「緊張している人間は、そんな豪快に『ハッハッハ!』と笑ったりしませんわ」



 宝石のような微笑みを浮かべながら、独特の会話キャッチボールで万を越える観客達を沸かせる美男美女。



 “桜花最強”、四季蓮華。

 “絶対冰火”、ジェームズ・シラード。



 桜花を牛耳る五大勢力が二つ、その長達が会の主宰を務めるという前代未聞の大事態。



 そう。これこそが、余剰にして元凶。


 “神々の黄昏”と“燃える冰剣”の長達が刮目する何かがあると、ここに集った聴衆達は信じ




「先に断っておこう。おめでとう、諸君。君達は今日、歴史の目撃者となるっ!」




 そしてそれが期待外れでは終わらない、という彼流の担保の言葉が灰髪の偉丈夫の口から飛び出した時、場内は喜色の感動で一つになったのである。





◆◆◆ダンジョン都市桜花・第三十九番ダンジョン『世界樹』シミュレーションバトルルーム・七番ホール







『それでは本日行われる“親善試合”のゲームルールを解説します。対戦形式は総力戦。一試合の中で、両陣営全てのプレイヤーがフィールド内を駆け巡る団体レギュレーションにおいて二番目に規模の大きなゲームです』

 


 控え室と呼ぶには、余りにも大きなホールの中で、猿堂日出呂エンドウヒイロは、スピーカー越しに流れるアナウンサー(聞き覚えのある声だった。一昔前のバラエティー番組で引っ張りだこだったあの声だ)の解説を聞いていた。



 見渡せば、そこには千を越える筐体コクーン

 白色楕円形の仮想空間接続機が等間隔で並ぶその様は、圧巻という他にない。

 小、中、大。更には巨躯のアズールすらも登場可能な特別型までラインナップは多種多様。

 

 今ここにいる“笑う鎮魂歌レクイエム”が何不自由なく没入ダイブできる設備がこの大ホールには揃っていた。




『対戦ジャンルは、『タワーウォーズ』、このゲームはその名が示す通り、塔をめぐる戦いです。各陣営はゲーム開始前に、最低一基以上の“タワー”を建設する『義務』が課せられて──』



 タワーウォーズ。

 ヒイロは、このゲームをよく知っていた。

 何しろタワーウォーズは、先代のマスターが好んで扱ったゲームの一つである。

 戦略次第で弱者でも強者を打ち倒す可能性があるところが醍醐味なのだ、と往年の彼は言っていた。

 人生もそうでなければ──とも。




『このゲームの肝は、やはりタワーでしょう。あらゆる攻撃を一律に“ダメージ”として計算し、“HP”がゼロに達するまで決して倒れることはないこの特殊建造物を単純な防衛要塞として使うか、はたまた強力な“攻め手”として使うか、プレイヤーの腕が試されるところですね』



 スピーカー越しに聞こえる“桜花最強”の明朗な声音。



 彼女の意見は、正しい。



 『タワーウォーズ』は、非常に“ゲーム要素”の強いゲームである。

 そしてそのゲーム要素部分の根幹を為すのが、“塔”なのだ。



 HPという「独自の体力値」が削られるまで、外壁一つ壊れないその頑強さもさることながら、何よりもこの“塔”には




『戦いの鍵を握る“オプション”をどのように配置するか。“砲撃”、“修復”、“耐性”、“陣地強化”、“複製”────与えられたコストを上手く使い、如何に優れた“塔”を建造するか……ふふっ、想像するだけで滾ってきますわ』



 そう、オプションがある。

 制限コスト(今回は15だ)の中から戦況に応じたオプションを選び、自分達の“塔”を作り上げるのだ。



 スピーカーの向こう側の声が再び女性アナウンサーに変わる。



『こうして作り上げた“塔”及びプレイヤーの“撃破状況”によってポイントが加算されていき、制限時間終了時点でのポイント総数をより多く獲得した陣営が本試合の勝利者となります……と、この辺りは、一般的な総力戦と同じ仕組みですね』

『今回の場合ですと、“塔”が1500ポイント、そしてプレイヤー側が1500ポイントの計3000ポイントが両陣営の基本持ち点となります。これに加えて、各“ボーナスオプション”を使用することで発生する追加獲得ボーナスの存在も見逃せません』


 


「(軽く言ってくれる)」



 ヒイロは、心のなかで一人ごちた。



 確かに“ボーナス”は、強力なオプションだ。


 しかし、その条件は【味方陣営の全生存】や【ゲーム終了時に両陣営の塔が破壊状態にない】等、極めて特殊かつコストとリスクの高いものが大半を占めている。



「(ノーリスクのものは、最低8コストから。かといって安く組めるやつは軒並み条件が馬鹿げてる。……そう簡単に加えられるかっての)」



 ボーナスオプションは、余程戦力差が開いていない限り使わない────それは、今は亡き“彼”の教えであり、そして



「みんな、これ覚えてる?」

 



 そして当代の長は、カートゥーン調にデフォルメされた骸骨のキーホルダーを頭上に掲げた。


 集まる視線。


 その数は二百と飛んで五十二名。


 “レッドカーディアン”、“BLUE”、“中道派”



 偽りの対立関係にあった“笑う鎮魂歌”の全メンバーが、久方ぶりに日の当たる場所で「本当」に戻る。



「忘れるわけがねぇ」

「本当に趣味がアレですよね、あのオジサン」



 語るアズールとファンの様相は、春の薫風のように穏やかで、『舞台上』のような剣呑とした雰囲気はまるでない。


 他の仲間も皆同様だった。



 誰もが亡き先代を思い、そして今の仲間達を慕っていた。



 争いなどない。

 バラバラなんかじゃない。

 これまでも、これからもずっとアタシ達は一つだから。



「物には魂が宿るってマスターはいつも口癖のように言ってた。だからさ、きっとにはあの人がいる」



 チェーンに巻かれた桃色の髑髏は、笑っていた。まるでここが天国だと言わんばかりの、飛びっきり蕩けた笑顔である。



「桃地さんだけじゃない。散っていった他のみんなも、……ミドリだって」



二百五十人余りの沈黙が重なる。

そう。もう自分達は止まることなど許されない。

撤退という英断を選ぶには、あまりにも多くの血が流れすぎた。


最終階層守護者の犠牲になったもの。

亡霊の伝説を守るために自ら己を殺めたもの。

ボスの情報を未来へ届けるために喜んで生贄制度の犠牲になった数多の命。



「あんまり決戦前にこんなこと言いたくないんだけどね」



 ヒイロは言った。声を少しだけ張り上げ、けれどもここにいる、そしてかつていた全ての仲間達に親愛と真心を込めて。



「アタシ達の置かれている状況はとても厳しい。敵は五大クランの二勢力が認める怪物集団、更に負けたら問答無用でお取り潰しだ」



 単純な頭数だけで言えば二百五十二対五、約五十倍の開きがそこにはある。


 だが、この業界において数の有利は、卓越した『個』の力によって覆る。

 ……覆って、しまう。




「奴等は五人しかいない。だが、五人もいる」



 そして少なくともその中の四人は、並みの最終階層守護者を優に上回る実力を持った化物達だ。


 まともに戦えば、抗う事すら許されずに蹂躙されて終わるだろう。


 ヒイロの警告に異議を唱える者はいなかった。

 特に三十四層の悪夢を経験したメンバー達の表情は、一様に硬い。



「正直言うとね、勝ち目は相当薄いよ。“作戦”が正確に機能して、五分の一の“賭け”に勝って、その上で二割弱もあれば良いところ」

「博打にすらなっていませんね」

競馬ウマなら万馬券確定だな」



 うんうん、としきりに上がる肯定の声。

 彼等は皆、分かっていたのだ。

 自分達が、観客達に期待されていない事を。

 正義の御旗が、あちら側にある事を。



「(アタシ達は、多分“端役”で“悪役”だ。それも物語を彩る華麗な“悪”じゃなくて、道に転がるデカイ石ころみたいな)」



 直接的、あるいは間接的、そして亡霊的に。


 これまで彼等は幾つもの冒険者パーティーを『天城』から退けてきた。


 背負った罪も、犠牲も、そして動機おもいも、傍からみれば嘲笑われ、あるいは罵られて同然の独り善がりである。



 だが、それでも。

 それでも、なのだ。




「アタシ達は、守らなきゃならない。アイツの脅威から、みんなの命を。そしてあの日失ってしまったアタシ達の誇りを」




 もう誰も死なせない。悲劇は二度と起こさせない。

 誰に罵られようと、どれだけ蔑まれようとこの正義だけは譲れない。

 だから




「行こう、みんな。アタシ達なら絶対にできる」




 



◆特殊仮想空間・戦場




 だから、より絶望は深かった。



『バ……カな』

『あり得ない』




 脳に響く仲間達の驚愕、焦燥、そして悲哀。



 この日の為にあらゆる可能性を模索してきた。

 徹底的に相手方の能力を対策したつもりでいた。



 だが、甘かった。

 否――――信じ難い事に、自分達は怪物達を過小評価していたのだ。




「これが、裁きだってのかい」



 泣きたくなる気持ちをぐっと堪えて、ヒイロは天を見上げる。




 空を覆い尽くす無数の隕石群。


 開幕を告げるブザー音と共に顕現した宙天の破壊者達が、巨大な火球を伴いながら雨のように降り注ぐ。



 そこに慈悲などなかった。

 微塵たりとも、なかったのだ。







―――――――――――――――――――――――



・タワーウォーズ(基本ルール)


①チーム戦だよ

②制限時間内に沢山ポイントをゲットしたチームの勝ちだよ

③ポイントは、“塔”を倒すか、プレイヤーを倒すと手に入るよ

④“塔”は、拠点として使えるよ

⑤“塔”のポイントは1500ポイントだよ

⑥“塔”は“オプション”を使ってカスタマイズができるよ

⑦“オプション”は、事前申告制だよ

⑧“オプション”にはコストがかかるよ

⑨“オプション”に使えるコストは最大15コストまでだよ

⑩各チームの“塔”配置とプレイヤーの初期位置は、事前に設定してもらうよ

⑪プレイヤーの持ち点は陣営毎に1500ポイントだよ

⑫天啓は自由に使えるよ

⑬獲得ポイントは、“ボーナスオプション”を使えば増やせるよ

⑭制限時間は九十分(現実世界換算で四十五分)だよ!

⑮レッツ、エンジョイタワーウォーズ!












 


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