第百六十一話 《英傑同期》









 『ダンマギ』といえば理不尽な難易度……等と呼ばれる程度には、このゲームは底意地の悪さに満ちている。


 フリーダンジョンで遊んでいたら邪龍王ザッハークがこんにちわしてくるし、蒼乃彼方ヒロインのシナリオをやれば極悪難易度のダンジョンを強制二人パーティーでやらされるし、挙げ句の果てにはその辺の中ボスが二段階変身をぶちかます始末である。



 ……ギャルゲーとしてどうなの、という話だ。



 そりゃあ、骨太RPG好きドM野郎にとっては堪らない逸品のかもしれないが、多くの(少なくとも無印がリリースされた当初の客層はそうだったんだ)ギャルゲー紳士達はこう思ったに違いない。



 ────いや、女の子とイチャイチャさせろよ、と。



 『ダンマギ』はギャルゲーである。

 何をもってギャルゲーとして定義するのかは「どこからがラノベ問題」にも似た非常に哲学的な問いかけになってしまうので割愛するが、少なくとも有名ギャルゲーブランドの会社が売り方でリリースしたら、誰だってそういう風にギャルゲーだと思うだろう。



 なーにが本格RPGパートじゃ! その謳い文句で本当に「本格RPG」やる馬鹿がどこにいるってんだよ。ていうか初期からATBベースの戦闘とか正気かよって思ったわ! どうして普通のコマンドバトルにしなかった! アレのせいで《剣獄羅刹》が九回連続行動とかやり始めたんだぞ、がるるるっ……!



 ……すまない。久しぶりに取り乱してしまった。話を進めよう。

 つまりさ、俺が言いたいのは、無印の『ダンマギ』には十分“年間クソゲー大賞”を取るポテンシャルがあったって事なのよ。



 だって普通のギャルゲーを楽しみにしていた紳士達が、突然某死にまくり系フ○ムゲー難易度のRPGもどきをやらされたんだぜ? 糞雑魚中ボス凶一郎という撒き餌を用意してからの、激強ボス戦コンボで、一体何人のアーサーがゲームオーバーの憂き目にあったことか。


 実際ネット界隈でも様々な意見があったんだよ。“死にまくらないと女の子と出会うことすら出来ないゲームは、果たしてギャルゲーと呼べるのだろうか”だとか、“トロコンを取らせる気がない糞運営”だとか、はたまた“凶一郎を強くてカッコいいプレイアブルキャラにしろよ”だとか…………。


 兎に角無印のダンマギには、そういったマイナス寄りの声も沢山あったんだ。



 しかしながら驚くべき事に、『ダンマギ』は、その年の“年間クソゲー大賞(非公式)”を受賞するどころか“美少女ゲーアワード(公式)”の複数部門で結果を残しやがったのさ。



 惜しくも年間大賞こそ逃したものの、この地獄みたいな難易度のゲームが栄えあるギャルゲーの殿堂に選ばれた――――シナリオ、音楽、演技、ボリューム。プラスの理由を挙げればキリがないが、俺が特に評価しているのは、バグの少なさという点である。



 ダンマギ運営は、常々ユーザーに対して鬼のような厳しさで接してきたが、しかし彼等は、それ以上に自分達に対して悪魔的だったのだ。


 考えてもみて欲しい。これだけのキャラやダンジョンを創造し、あり得ない程のイベントを埋め込んだ大作ゲームが、その実一度としてバグ修正パッチを配布せず、あまつさえその事に誰もクレームを入れなかったのだ。



 ゲームの難しさに対して文句を言う輩は多くいた。

 シナリオの鬱な部分にやられた奴らの嘆きの声も少なからず聞こえたよ。


 だが、ゲームとして遊べないという不満を抱く者は誰ひとりとしていなかったのである。




 これまで俺がゲーム転生系定番のバグ技を全く使わなかったのも、原作準拠そのせいだ。

 つまり使わなかったんじゃなくって、使えなかった。

 

 何らかの不具合を利用して成り上がるという王道テンプレを成立させる為の失敗チャンスが、そもそもこのゲームにはほぼほぼ存在しなかったのである。


 加えてほら、ウチのクランメンバーってその九割がボスキャラで出来てるだろ? バグ技どころか育成論すら確立されていないような連中達の育成とか、おこがましい云々の前に知らねーっつーの。



 そんな例外だらけの“烏合の王冠”においてある意味最も特別なのが花音さんである。



 花音さんは歴としたプレイアブルキャラクターであると同時に、ダンマギの中でも相当珍しい“バグ技”の使い手でもある。

 ……いや、バグ技というのは少々語弊があるか。さっきも言ったようにダンマギ運営は、ユーザーの次位にバグを嫌っている。


 そんなクソ運営様が、あえてコイツを残したという事は、これ即ち――――







◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第二十五層





 鋼鉄の都市群の中心で、青銅の巨人が金属音だんまつまを上げた。



 弱点であるコアを高層ビル装甲ごと切り裂かれ、為すすべもなく光の粒子へと還る『タロス』の再現体。



 音が、熱が、匂いが、輝きが告げる。


 それは勝利だ。


 彼女が、たった一人であの因縁深き相手を倒したという革命のファンファーレ。



「嘘……」



 灰色の空に桜髪の少女の呆然とした声が溶けていく。



 花音さんは、有り体に言ってしまえば驚いていた。


 蒼い色の鎧姿オデュッセウスを身に纏ったまま、主の消えた二十五層戦場たたずむメインヒロイン。


 そのかんばせを支配する表情いろは、歓喜、感動、達成感――――は、およそ二割。残りの八割は全て疑問だ。




「本当に、『アイギス』に、こんな力が……」

「おめでとう、花音さん」



 俺は出来る限り自然な笑顔を浮かべながら、戦いを終えた花音さんの傍へと近づいた。


 彼我の距離はおよそ三百メートル。

 今の<骸龍器>ならば、一瞬だ。



「見てたよ、もう完全にモノにしたみたいだね。やっぱり花音さんは飲みこみが早い」



 見え透いたお世辞だ。……いや、ちゃんと本心からめでたいと思ってはいるんだよ? 


 何せ『タロス』は、花音さんの停滞の象徴だ。


 かつて倒せなかった強敵を、彼女が一人で倒せるようになった――――大変、喜ばしい事じゃないか。問題の打開に俺のアドバイスが役に立った点も含めて、百点満点の成果である。


 だけどさ、……何というか、俺の面倒くさい部分正義感がどうしようもなくジュクジュクと痛むんだ。



 教えてそれで本当に良かったのかよって。



 やっぱりこういうのは、中々割り切れないもんだよな。

 現実の彼女に向き合おうと努力すればするほどに、俺の中の物語を愛する心譲れない部分が削れていく。



 それでも結局、進む正義ルートを選んでしまう辺りも含めて、我ながら濁りきっている。まるで腐った牛乳のようだ。度し難い。



 「本当は物語を変えたくないんでちゅー」と予防線を張っておけば、好き勝手何をやっても良いってのか? 馬鹿を言え、そんな事あるはずがないだろうが。むしろ自覚がある分余程性質タチが――――




「あの、凶一郎さん?」

「はい、なんでしょう」



 花音さんの声に導かれるまま、俺の意識は現実世界へと帰還した。


 ……あぶねぇ、あぶねぇ。ついつい良くない方向ダークサイドに引っ張られるところだった。


 今の俺は花音さんを強くする責任がある、今の俺は花音さんを強くする責任がある、今の俺は花音さんを強くする責任がある――――オーライ、もう大丈夫だ。ここから先は、いつもの俺ちゃんでいきましょう。



「コレすごいです。えっとステ、ステ」

「《英傑同期ステータスリンク》」

「はい、それです。《英傑同期ステータスリンク》、本当にすごい……戦略が一気に広がりました」

「そいつは良かった」



 今度はちゃんと笑う事が出来た。

 理由は恐ろしく単純で花音さんが微笑んでくれたから。

 あーだこーだと内心愚痴りながらも、俺は結局彼女に笑っていて欲しいのだ。

 だから反省はあっても後悔はない。



 裏技グリッチの伝授は、現実の彼女を優先すると決めた俺の決意の表れでもあるのだから。








 《英傑同期ステータスリンク》――――それは、『アイギス』の盾生成メインスキル《アイギスの盾》を活用したステータスの同期技である。



 かいつまんで言うと、この《英傑同期ステータスリンク》を決めると、花音さんの攻撃ステータスが別のパーティメンバーの攻撃力と同値になるのだ。



 手順は以下の通りである。



 ①まず花音さんが自身に《アイギスの盾》を付与する。

 ②次にステータスを同期したい相手に対して《アイギスの盾》を付与する。

 ③最後に攻撃したい相手敵キャラクターに対して《アイギスの盾》を使用する。

 ④以降、《アイギスの盾》の持続時間が切れるまでの間、花音さんの攻撃力は③の対象となった敵への攻撃に限り、全て②のステータスを参照としたモノに変化する(※なおこの間、《アイギスの盾》が持つ防御力上昇効果は、いずれの対象にも働かない)。




 要するに花音さんコピー先同期する味方コピー元、攻撃対象の順に《アイギスの盾》を使用すると本来盾生成スキルであったはずのものが、攻撃力の同期技へと変化するのだ。



 花音さんの反応をみても分かる通り当然、《アイギスの盾》の技解説テキストにそのような項目は存在しない。



 特定の条件下におけるテキスト外の特殊効果――――これをもって《英傑同期ステータスリンク》を“バグ技”、つまり運営側の不手際だとみなす輩は一定数以上いる。



 だが、その数は全体でみると少数派だ。


 俺を含めた多数の紳士達は、こいつの事を隠された仕様内の挙動裏技と定義づけている。



 理由は主に三つ。


 第一にダンマギ運営が、ここに至るまで《英傑同期ステータスリンク》の修正を行わなかった事。


 第二に《アイギスの盾》の最大生成数と、《英傑同期ステータスリンク》発動に必要とされるスキルの回数が完全に同一である事。


 そして第三に《英傑同期ステータスリンク》の能力が、あまりにも『アイギス』という精霊の本質を捉えているからだ。




 だから俺達はこの名もなき能力値の同調技を《英傑同期ステータスリンク》と名付け、持て囃した。



 ……まさか、本人にこいつを教える日が来るだなんて思いもしなかったけれど、まぁ彼女も大いに喜んでくれているみたいだし、きっと俺は“善きこと”ってやつをしたのだろう。そういう風に、自分を騙す。




「とはいえ、この技も万能じゃない。花音隊員、《英傑同期ステータスリンク》の弱点を述べよ」

「はい教官っ。この技の弱点は、主に三つです。第一に準備時間の長大性、第二に味方のいない状況下での使用が不可な点、そして最後に【この技の同期はあくまで攻撃に限定したモノである】という事です」

「それの何が問題であるというのかね」

「たとえ攻撃力を真似る事ができたとしても、私は虚さんのような技巧もナラカさんのような術式保有数レパートリーも、ユピテルちゃんのような霊力許容量キャパシティもありません。

 《英傑同期ステータスリンク》による攻撃の同期ミラーリングとは、即ち【もしも皆さんが、私と同じ行動を取ってくれたら】という仮定を対象とした亜種的な神話再現エミュレーションであると考えられますから、良くも悪くも使い手の力量に左右されます」

「それを端的にまとめると?」

「借り物の力に飲まれるな、です」

「素晴らしい」




 手を叩いて、大仰に褒め称える。

 何だかんだと言いながら俺は花音さんとの教官ごっここういう時間が好きなのだ。


 特に課された質問に対して、ちゃんと理由を三つ挙げてくれる辺り好感を持てる。


 やっぱ理由は三つだよな。長過ぎず、短すぎず、三点決まれば理屈は面化するロジカルに



 こんな事言うと不敬かもしれないけれど、花音さんの思考は、俺の芯の部分と良く似ている。



 真面目なんだよな。クソがつく程考えすぎて、だから世の中が生きづらくてしょうがない。


 しかも花音さんは俺と違ってねじ曲がってないからさ、“人のせいにする”っていう当たり前の生存戦略が使えずに、何かあると必ず自分の中へと貯め込んじまう。

 ……まぁ、貯め込むという部分に関しては俺も全く人の事を言えないが、そういう部分も含めて俺はこの子にある種の共感を覚えているのだ。



「(幸せになって欲しいな)」




 そんな事をしみじみと思っていると、花音さんが「ところで」と、少し戸惑いがちに切り出してきた。



「凶一郎さんは、どうしてこんな抜け道を知っていたのですか」

「あぁ、それはね」



 俺は灰色の空に視線を送りながら、用意していた解答を喋り出す。



「昔君と同系統の術を使う精霊使いがいてね、その人が同じような事をやっていたんだよ。だからもしやと思ってやってみたら――――」




 まぁ、嘘は言っていない。例えその“花音さんと同系統の術を使う精霊使い”というのがゲームの空樹花音未来の彼女だとしても、ほぼ等しい事に変わりはないわけだからさ。






―――――――――――――――――――――──



匿名希望KS(現在“神々の黄昏”の下部組織に所属中)さんからお便りを頂きました。


Q:どうしたら清水凶一郎さんを落とせますか? 

A:もしもあなたがボスキャラクターに類する属性でない場合、彼が貴女を恋愛対象として見る可能性はほぼないでしょう。既に貴女に特定の異性対象パートナーがいる場合は尚更です。

 ゴリラという生き物は、とても繊細です。下手な告白は彼の罪悪感を刺激するだけなので、控えておくのが無難です。



匿名希望HA(自称HS、“烏合の王冠”所属)さんからお便りを頂きました。



Q:どうしたら、旦那に群がるメスブタ共を【ワクワク】出来ますか?

A:あなたは放っておいても勝ち確なので、頼むから何もしないでください。寧ろ下手に動くと自爆します。




・普通の質問コーナー



Q:もしも、《英傑同期》コンボを遥さん相手に使ったらどうなりますか?

A:その時の遥さんの攻撃力を参照しますが、戦闘時の彼女は常に全ステータス上昇状態にある為、必ず下位互換になります。また、そもそもの問題点として、遥さんは《アイギスの盾》を付与する段階で絶対に拒絶してきやがりますので(無理やり付与しようとすると何らかの手段でバフという概念そのものを打ち消してきます)、まずは彼女との親密度を上げるところから始めましょう。





















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