第百五十五話 はるかいんじぇらしっくわーるど⑤









 ダンジョン『嫉妬』には、『コクーン』を用いたシミュレーションバトルに代表されるような“他者と競い合う”設備が存在しない。


 これは、魔王の振りまく“嫉妬”の活性化因子から自分達の精神性を守る為の自衛の措置であると同時に、冒険者協会本部から下された明確な規範ルールでもある。



 故に遥と“蓮華開花”が模擬戦を行う為には、どこか別の場所へ移動する必要があったのだが――――






「大丈夫、お手間はかけさせません」




 そこは四季蓮華、“桜花最強”である。



 彼女が一振り手刀を何もない空間に当てると、そこに虹色の裂け目が生じ、そして『嫉妬』と『世界樹』が繋がった。



転移門ポータルゲートの亜種のようなものです。あぁ、大丈夫。この空間に存在する“嫉妬まおう因子おいた”はちゃんと【破壊】しておきましたから。感染拡大の心配は万に一つもありませんよ。

 ……まぁ最も、亜神級最上位スプレマシーレベルの概念ルールが通用する程“私達の戦場しょくば”は甘くはないのですけれど」




 そういう事じゃないと、少女は思った。


 逸脱者フリーダムにも程がある。

 





◆ダンジョン都市桜花・第三十九番ダンジョン『世界樹』シミュレーションバトルルームVIPエリア:仮想空間(ステージ・荒野)




 そうしてかくも珍しき次元渡航を経て、彼女のホームへとやって来た遥は、そのまま直ぐに四季蓮華と対戦する運びへと相成った。



 この時の少女の感情の大半は、何だかんだいってやはり『ワクワク』していた。


 四季蓮華。


 遥にとっての憧れの冒険者であると同時に、誰もが認める“桜花最強”



 強者との戦いに悦びを見出す少女にとってこの相対は、多少の戸惑いこそあるものの、それを上回る程の歓喜と興奮に満ちたものだったのだ。



 思わぬ形で実現してしまった“蓮華開花”とのマッチング。


 正直、勝てるビジョンは微塵も浮かばないが、それでも今の自分の全力を出し切って、蓮華様と戦うんだ、と少女はワクワクしながら<龍哭>を抜いて





「ごめんなさい、遥さん。普通にやってもと思うので、少しだけ条件をつけさせて下さいな」




 そして、現実を思い知った。



 “蓮華開花”が行ったアクションは、本当に些細なものである。



 荒野の只中で、一度指を鳴らす動作フィンガースナップを行った――――たったそれだけで。




「えっ」




 世界は、崩壊を迎えたのである。



 青い空も白い雲も黄土色の地面も吹き抜ける砂嵐も全部全部消え去って、代わりに形容しがたい極彩色の“うねり”が仮想空間を埋め尽くした。



 天も地も、前後も左右も不明瞭。



 世界の全てが黒を孕んだ虹色の渦へと変質し、残されたのは少女と、そしてたった今仮想の世界を滅ぼした彼女のみ。



「制限時間を設けましょう」




 “黄昏の幕開けロカセナ”は言う。




「五分以内に一太刀です。髪の毛の一本でも斬る事が叶えばあなたの勝ち。五分経過の時点で私に一太刀も入らなかった場合は、あなたの負け。止めている崩界術式この子を解放してお遊戯ゲーム終了おしまいです」




 突きつけられた一方的なルール。

 遥に拒否権はない。

 断れば比喩ではなく世界が終わるのだから。




 『サタン』、憤怒を司る真神級の魔王。

 その能力は“地獄ゲヘナの創造”という名の崩界おわり


 

 地獄とは、即ち死後の世界である。

 故に空間そこが地獄として定義される為には、生者の存在は

 だから死ぬ。空間ごと滅び去る。【ここは地獄である】という結果に向かって世界がひとりでに自壊する――――故にそう、少女が今もこうして生きていられるのはひとえ蓮華開花かのじょが慈悲の糸を垂らしているからに他ならない。



 彼女が五分と言えば五分なのだ。

 五分以内に条件を満たさなければ、そこでゲームオーバー。世界の終焉と同時に遥のアバターも消え去るのだろう。




「とはいえ、これだけでは貴女に勝ち目がありません。ゲームとはルールと勝敗があってこそ。予め結果が決まっている戦いなど――いえ、それはそれで見ている分には面白いのですけれど、こと私自身が遊ぶ場合に限っては詰まりませんわ」




 だから、と“蓮華開花”は極楽浄土に咲く花のような笑顔を浮かべて




「だから私はここから一歩たりとも動きませんし、反撃も致しません。貴女の攻撃を、ただココで受け止めましょう」

「でも、それじゃあ……」

「えぇ。これだけでは、やはりゲームにならない。動かない的に刃を当てるだけだなんて、そんなの只の作業ですものね。なので、貴女の方にも一つだけ概念ルールを課させて頂きます」



 そして、黄昏の主がいま一度指を鳴らすと




「っ!?」




 世界の理が、再び変った。


 景色に変化はない。

 遥自身にも目立った負傷や不調はない。



 だが、動かなかった。

 ただ、動けなかった。



 黒刀を構えた状態のまま、一歩たりとも前へ進めないのだ。


 息はできる。視界も良好だ。心臓はトクトクと鼓動を刻んでいるし、意識も明瞭である。

 故にこの異変の正体は、動作の停止ではなく




「(――――座標の、固定)」



 遥は知っていた。

 ファンであるが故に知っていた。



 【最罪の氷獄コキュートス】、『サタン』が保有する魔王の概念ルール



 罪人として定めた者を空間ごと“固定”し、更にはあらゆる防衛行動アクションを無力化する“罰”と“裁き”の理である。



 地獄には反乱がない。

 地獄には脱走がない。

 安寧も、休息も、無論自由もなく、地獄の罪人達は粛々と罰を受ける。受け続ける。


 まるで、それが義務だとでも言わんばかりに。


 地獄ここにおいて罰とは絶対の法則なのだ。


 悪を為した者は相応しき罰を受けなければならない――――人の世界では、時に小綺麗な理想事として片付けられてしまいそうな文言が、亡者の世界においては自明の理として適用されている。



 それは、人の世で虐げられた者達の怨念がんぼうだ。


 それは、輝かしき勝利の影で散っていった敗者達の断末魔とおぼえだ。


 地獄へ落ちろ。

 罰に震えよ。

 勝ち逃げなんて許さない。

 悪への報いは絶対だ。



 それが正義、それこそが公正。


 という「怒り」の最小単位によって構成された一方的な裁きの世界が、ここに降臨を遂げたのである。




「ごめんなさいね、ちょっと窮屈でしょう」

「いえ、思っていたよりは大丈夫です。ていうかあたし普通に喋れてますけど、良いんですか」

「問題ありませんよ。貴女は剣士ですし、言葉まで縛る必要がありません」

「ふふっ、その隙が四季様の命取りになるのであった」

「そうなって欲しいものです」

「なら、頑張らないとですねー。見ていて下さい四季様、あたし言葉だけであなたを斬って見せます!」



 半分は強がりだった。

 ここまで生殺与奪の権利を握られていて楽観的でいられる程、遥も暢気のんきではない。

 ……まぁ、それはそれとして、やっぱりワクワクはしているのだけれど。



「(あたしは動けない。四季様も動かない。そして制限時間は五分。それまでにあたしがこの牢獄じょうきょうから抜け出せるかどうかを主題テーマにしたそういう“ゲーム”)」



 成る程。確かにこれは遊びだ。

 ルールがあって、勝敗があって、そして作業にならない。




「それでは遊戯ゲーム開始と致しましょうか。よろしいかしら、遥さん」

「一つだけ」



 両腕が大太刀を構えたまま固定フリーズしているので、代わりに心の人差し指をピンと、立てながら遥は“裁く加害者パラドックス”に異議を申し立てた。




「もしも、あたしがこのゲームに勝ったら、今度は全力でお手合わせして下さい」




 少女の言葉に“蓮華開花”は二度三度ぱちくりと目をしばたたかせ




「良いでしょう。報酬ソレ勝者あなたが望むのならば」




 そうして、三度指を鳴らしたのである。









「(とはいえ、現状どうする事も出来ないんだよなぁ)」



 あれだけの啖呵を切って置きながら、その実少女には打つ手がなかった。



 さもありなん。剣で斬る事を生業とする剣士が五体の動きを封じられてしまったら、それは最早ただの可愛い木偶である。



「(これが“概念”か、いやはや、本当にエグいにゃー)」



 

 物理法則に囚われない在り方の強制。


 力でも、硬さでも、熱量でも、重さでもなく、ただ“そうしろ”という形而上的きれないルールが世界を縛る。


 まさに魔法。魔王の法律。


 物理的な障害に対しては滅法強い少女でも、これには正直お手上げだった。




「ねぇ、遥さん。少しお話しましょうか。あぁ勿論、貴女がこのお遊戯ゲームに集中したいというのであれば、私は大人しく口をつぐんでいるわ」 

「構いませんよー。憧れの四季様と二人っきりでお喋りだなんて堪らなく光栄わはーです」




 彼我の距離は約三十メートル。遥は口を動かしながら、『布都御魂フツノミタマ』の展開を試みて、そして当然のように失敗した。



「(『布都御魂ミーちゃん』が展開できない。いや、そもそも『霊力経路バイパス』と『噴出点』が構築できないんだ)」



 防御、回避、そして霊術。その全てを一度に無力化する『サタン』の権能。

 それは、これまで数多の強敵達としのぎを削って来た遥をして、勝利の可能性ビジョンが微塵も見出せない程に絶対的だった。




「それで、ガールズトークのお題は何にします? あんまり長いのだと、途中で世界崩壊打ち切りになっちゃいそうなので、なるべくなら軽い話が良いですよね」

「がーるずとーく。ガールズトーク! ふふっ、えぇ、えぇそうですよね! 十五歳と十七歳のお喋りは立派なガールズトークですよね! 素敵よ、素敵過ぎるわ遥さん! 私、貴女の事がますます好きになりましたっ!」



 アメジスト色の瞳を輝かせながら、今までで一番高い声音テンションではしゃぐ“桜花最強”。


 少女からすれば、全くもって意味の分からない状況であるが、どうやら『ガールズトーク』という言葉が彼女の琴線に触れたらしい。




「(……いや、まさかね)」



 一瞬ネット界隈で蔓延る下らない流言の類が脳にチラついたが、四季蓮華程の大人物が気にする筈がないだろうと遥はすぐに考え直した。




「で、何について話しましょ」



 言いながら何とか気合と根性で身体を動かそうとするも、やはり身体が進まない。

 世界崩壊まで五分を切っているというのに、この体たらく。

 現状において自分の勝つ確率は絶無といって差し支えないだろう。



 こんな感覚は初めてだった。

 強くなろうと、彼女を越えようと幾ら決意を固めても、一向に前に進めない。

 燃えているのに消されてしまう。突き抜けようとする力が全てスポンジのように吸収されてしまう。


 これが概念。

 これが真神。

 これが四季蓮華。



「やはりガールズトークの鉄板といったらこれしかないでしょう」

 

 

 “桜花最強”は、うっすらと朱色に染めた頬に手を当てながら吐息たっぷりの声で言ったのだ。




「恋バナ、しましょ?」







―――――――――――――――――――――――




・『サタン』


 四季蓮華が統べる三柱の真神の一つ。憤怒之上主。

 殲滅及び支援担当。司る概念は地獄。

 ザッハークのような切り札としての崩界術式ゼニスではなく、振るう力の全てが“終わる世界”というワールドエンドな絶対殺すマン。

 作中で言及されている通り「ここを地獄にするぜ」→「だからお前ら全員死ねよ」という理不尽ルールを押しつけて来て殺す。魔王の攻撃は基本的に概念を使ったものなので、幾ら物理的に強くても問答無用で死ぬ。ゲーム的に言うならば真神級に至らない存在は即死(【最大HP固定ダメージ】)。真神級でも、概念耐性に応じた永続スリップダメージという名の地獄が待っている。





・【最罪の氷獄コキュートス


 『サタン』の憤怒之上主魔王としての権能。

 司る概念は“罰”と“裁き”。

 「俺は被害者だ」→「お前が悪い」→「悪いお前は地獄の罰を受けなければならない」という一方的な憤怒決めつけによって問答無用で相手の空間座標を“固定フリーズ”させ、更にはあらゆる防衛行動を無力化する。

 防衛行動とは即ち、回避、防御、霊術を伴った行動全てであり、また空間ごと座標を固定化されている為、相手はつけ入る隙なく完全に封殺される。

 なお、本来であれば罪のない人間には通用しない権能であるが、憤怒之上主サタン自身が被害者意識の権化のような性格である為、誰であろうが罪人と見做される。



Q:つまり某聖女も罪人と見做されて裁かれるのですね?

A:いいえ、彼女は罪人になりません

Q:どうしてですか?

A:ソフィだからです



 



・次回、はるかいんざじぇらしっくわーるど最終回!

 おっ楽しみに!









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