オルタナティブクエスト1
第百五十一話 はるかいんじぇらしっくわーるど①
◆◆◆『天元剣術使い』蒼乃遥
蒼乃遥は悩んでいた。
夫の事で悩んでいた。
愛する夫である。法的な手続きこそ未達であれど、それはこの国の法律が馬鹿で間抜けでエアプなだけであり、彼と少女は既に夫婦である。
夫婦であるったら夫婦なのである。
そんな愛する夫から、昨日久方ぶりに連絡があった。
原理や理屈はさっぱりだけれど、遠く離れたダンジョンの中から通じた奇跡の《思考通信》。
「まさに愛の為せる技だよ、わはー!」と少女の心は歓喜のタップダンスを踊り、そして直後にそれは怒りのボレロへと変貌を遂げた。
何故ならば、彼が、愛しの彼が、別の
彼。
自分の為だと嘯きながら、その実誰よりも他者を慮る優しい彼。
そしてその優しさ故に、彼は頼られ、溜め込み、遂には俯いてしまったのだ。
許せない、と思った。
彼に道化役を演じさせる恥知らず共。
何をするにも彼におんぶに抱っこな
そしてこんなにも彼が傷ついているのにも関わらず、傍にいてあげられない無能な
全部まとめて許せなかった。一人残らず
大体どうして、クラン代表の彼が毎日三食ご飯を作っているのだ。そういうのは本来下っ端がやるべき仕事なのではなかろうか。
……いや、確かに彼は率先して家事をやりたがる傾向にあるけれども。放っておいたら勝手に料理を作り出して、食卓に並べて皿洗いまで全部やっちゃう人ではあるのだけれども。
でもだからといって、それを当たり前だと思ってはいけないのだ。
代表が家事も雑務も全部一人でこなしている異常性に周りが気づいてあげなきゃダメなのだ。
彼は人間である。決して完全無敵の超人じゃない。疲れもするし、傷つきもする。時には目一杯甘やかしてあげる事だって必要なのだ。
……最も、自分以外のメスが本当に「甘やかしたら」それはそれで
ともあれ、折角繋がった彼との貴重な時間である。
この機会を少女は、彼の心のケアの為に費やした。
話を聞き、共感し、全てを受け入れ、欲しがり屋さんな彼にちょっとだけスパイスの利いたアドバイスを送り、そして溢れんばかりの
『ありがとう、遥。やっぱり俺、お前がいないとダメだわ』
そう。ここまでは良かったのだ。
彼の心を立て直し、同時に彼も自分を見てくれる。
多少、不謹慎かもしれないが、ある意味理想的な
衝動のまま彼の潜っているダンジョンに押し入り、彼を傷つけた阿呆共(と、ついでに『特殊なボス』とやらも)を全員まとめて
『火荊さんねー、話を聞く限りだと、解決するのは、割と簡単な気がするんだけど』
つい調子に乗って喋り過ぎてしまったのである。
あっと気づいた時にはもう遅かった。夫は弾んだ声で「なんだなんだ」と聞いて来て、ここで「冗談だよー」等と言ってしまえばシュンとすること間違いなし。
そんな顔は絶対にさせたくなかった。特に今の彼は、「誰か」という重荷を背負いすぎて潰れかけている状態にあるのだから。
だったらせめて自分くらいは
「(あんな、あんな
後悔先に立たず。
彼との通信を終えた遥は、その日一日ひたすら己の迂闊さを呪った。
「(今の火荊さんが凶さんと模擬戦なんかやったら絶対堕ちるに決まってんじゃん! 馬鹿! あたしの馬鹿! どうして肝心なところで毎回毎回やらかすかなぁっ!?)」
死神戦での危機一髪、邪龍王戦でのガス欠、徹底的に警戒したはずの
情けない。本当に情けない。抜けているというか、変なところで運命力が足りないというか。多分、少しでもボタンの掛け違えが起こっていたら、自分はとんでもない
「(あぁ、どうしよどうしよ。次会った時、凶さんと火荊さんが手とか繋いでたら、あたしはどう反応すればいいの? ……いや、凶さんに限ってそんな事はしないって分かってはいるんだけど、なんか火荊さんって物凄い押しが強そうだしっ)」
少女の悩みは尽きない。
なまじ世界一の男(無論、百パーセント主観で出来た意見である)と付き合ってしまったばかりにこんな苦しみを味わっているのだと思うと、嬉しさと苦しさとほんのちょっぴりの優越感でどうにかなっちゃいそうである。
「(また、昨日みたいに繋がらないかなぁ)」
彼の声が聞きたい。
事の顛末を知りたいのは勿論の事、兎に角彼と繋がっていたかった。
「(凶さん、凶さん、凶さん、凶さん)」
少女は想う。
いつも通り彼の事を想い続ける。
あの時のように繋がれと、もう一度奇跡よ起きたまえと、ひたすら何かに祈りを捧げて
◆ダンジョン都市桜花・第四十一番ダンジョン『嫉妬』
『おいっ蒼乃っ! 何をやっている!』
「ふえっ?」
金色だ。光り輝くおっきな穴。それが『瞳』である事に気づくのに僅かばかりの時間を要したのは、あまりにも対象が大きすぎた為だろう。
だって軽く十メートルはあるんだもの。しかもピカピカに輝いてらっしゃるんだもの。そりゃあ無理だ。いきなりこんなのに出くわしたらビックリするのもさもありなんというやつですよ――――ていうか、そうか。あたし今中ボスと戦ってる最中なんだった、と少女はようやく己の置かれた現実を正確に認識し
「んーにゃっ!」
そのまま光るおっきな目に向かってパンチをかました。
瞬間、
一つは敵側。少女の適当パンチを眼球に喰らったソレは、嵐もかくやという程の大音響で嘶きを上げた。
さもありなん。高々立て幅十数センチの少女の手指に触れた彼(性別不肖の為、便宜上彼とする)の右目は無残にも陥没。
更に
そして対する加害者側。今しがた化物の顔に痛烈な一撃を喰らわしたばかりの少女の拳骨は、ちょっとだけプルプルと震えていた。
「(うわ、固っ!
流石は準五大級ダンジョン。中ボスでこのスペックとは恐れ入る。
「(ちょっと離れるかぁ、頭落ち着けたいし)」
侍らせていた十一本の黒刀達に“攻めちゃおうねーっ”と新たな指示を下しながら、
そうして少女が
まず、現在進行形で全身を切り刻まれている化物。アレが今日の
全長はおよそ数百メートル。
飛行速度は大体マッハ三といったところか。
骨格は完全に鯨類のソレであり、表面の色は藍色と水色のグラデーション、そして不気味に光る蒼黒の
身体の至る所に巨大な『砲門』がついているせいで、若干戦艦みもあるけれど、基本的には生物ベースのエネミーである。
ケートゥス、ダンジョン『嫉妬』における現時点での
あのジェームズ・シラード率いる“燃える冰剣”の精鋭達をも撤退に追い込んだといわれる怪物でだ。
常闇の邪龍を越える体躯に、音越えの敏捷性、更には豊富な砲撃能力と、この時点でも中規模ダンジョンの一般的な最終階層守護者の平均値を大きく逸脱しているのだが、この
一つはこのダンジョンの中ボス達全てに付与されている
このダンジョンの最下層に君臨する“嫉妬の魔王”の寵愛を受けた眷族達は、亜神級以下の霊術攻撃に対する完全耐性を持つ。
それがどのような属性、特性を持とうとも魔王の力を下回る術式攻撃は完全に無力化され、傷一つつける事すら叶わない。
故にこのダンジョンの攻略方法は必然的に物理攻撃に重きをおいたものとなるが、しかし、先程の攻防をみれば分かる通り、【魔王の加護】下にあるケートゥスの防御能力は、かの邪龍王をも上回る。
そしてこれだけの『装甲』を獲得しているにも関わらず、この化物は――――
『遥様っ、敵の鯨様が急速に再生しておりますっ!』
『うんっ、見れば分かるっ!』
非戦闘員の聖女からのオペレートに、真っすぐな言葉を投げかけながら少女は思わずため息をついた。
暗闇の雲間に溶けこむ白い息。中々どうして業の深い怪物さんである。
「(これで再生能力持ちは、流石にちょっとダルイかにゃー)」
夜の雲間を
大鯨の身体は、斬られた傍から復元を始めていた。まるで巻き戻された映像を見せられているかのような不自然さだ。
先程陥没した筈の右目も、いつの間にかまた金キラリンと輝いていていて、本当に本当に
しかもアレはエネルギー系統やアンデット属性の
「(うーん、どうしよっか)」
少女は超音速でケートゥスの周辺三百メートルをグルグルと飛び回りながら打開策を考える。
「(別に攻めきれないってわけじゃないからなー)」
確かにケートゥスの防御能力はあの邪龍王をも超えている。
しかし、今の少女(正しくは <龍哭>の加護により獲得した龍の頑強性を『
十回? 百回? 千回? 一万回? 敵の限界がどこまであるかは分からないけれど、結局のところやる事はいつも通りの数か質。どちらの手段も持ち合わせている少女にとっては、今勝つかいつか勝つか程度の違いしかない。
だからもう、後は時間の問題なのだ。
「(多分、
かといって自分の趣味嗜好の為に、みんなを待たせるのもそれはそれで気が引けるわけで。
「(仕方ないっ。とりあえずここは一度みんなに聞いてみよっか)」
なので少女は、後方に控える、空飛ぶお馬さん馬車こと<
《思考通信》の形態を従来の音声認識型から簡易的な文字情報型へと切り替える。
<・遥さん:遥です。チャットモードで失礼します。皆さんにアンケートです。この鯨さんの倒し方ですが、パパッと済ませた方が良いか、じっくり倒した方がいいかで迷っています。皆さんの意見をお聞かせ下さい。ちなみにあたしは、じっくりやりたい派です>
速めに倒すか、あえて時間をかけるか。
普通に考えれば前者一択だろうなと思いながら、各人に《思考通信》を飛ばしたところ
<・†黒騎士†:可能であるならば、早急に片付ける方を勧める>
<・ソフィ:戦っているのは遥様ですし、遥様のやりたい方をわたくしは応援致します!>
<・会津:どっちでもいいです>
<・わらわ:わらわがやりたい>
「(わーお)」
てんでバラバラだった。
二択のアンケートで四つに分かれるなんて、ほんとミラクル。
―――――――――――――――――――――――
・<
後者については釈迦に説法どころの話ではないので、まったく役に立たないが(というか遥さんは邪龍王戦の時点で既にコピった上に今は独自解釈の元、龍宇大の剣術を現在進行形で編み出し続けているので本当に意味がない)、龍の頑強性と『
また、刀自体の頑強性もとてつもなく高い(上にその頑強性を十二倍化できるので)ので刀に乗っかったままスカイサーフィンも可能。
空飛ぶ遥艦隊という悪夢以外の何物でもない代物の完成である。
・『嫉妬』の魔王
『常闇』を30、『天城』を300とするならば、ボスキャラ誰ですかクイズレベル2くらいの分かりやすさ。何の捻りもない。
魔王は精霊の中でもかなり特殊であり、ダンマギの世界観で唯一魔術を使う。
魔術とは“
なので『嫉妬』の魔王が遠距離攻撃なんて効かねーよバーカといえば本当に効かない。シラードさんが撤退したのはこの辺の理由に依るところが大きい(なお、彼は彼で相性のよい準五大級をクリアしてるので、本当に相性ゲーである)。
・遥さんの男性観
遥さんはゴリラ以外の男性を喋るジャガイモくらいにしか認識していない。好きとか嫌いではない。ジャガイモはジャガイモなのである。
・チャットモード:沢山の人と一斉に会話する時に使う簡易的 《思考通信》、それぞれ分かりやすいようにハンドルネームを用意する。
ちなみに『天城』組のハンドルネームは
・ゴリラ→<・清水凶一郎>
・ユピテル→<・ユピテル@FIRE目指し隊>
・花音→<・Kanon>
・ナラカ様→<・ナラカ様>
・虚→<・虚ちゃん@三次元彼女作り隊(年上おっぱい希望)>
です。
・次回更新及びオルタナティブ&第二部二章更新間隔
とりあえず書き貯め等をしつつの進行になりますので、週二プラスアルファとさせて頂きたいと思います。
定期更新は毎週木曜日と日曜日固定で、余裕がある時は他の曜日にも更新という形でいきたいなぁ、と。
追加更新をする場合は最新話で告知させて頂きます!
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