第百四十六話 会心の一撃(腹パン)











◆◆◆『龍騎士』火荊ナラカ





 少女が初めて本物かれらを拝んだのは、三つの年頃の事だった。



 実際の所は生まれ落ちたみぎりより毎年彼女は彼らに謁見していたそうなのだが、記憶としての始まりはそこからだ。



 ────忘れもしない、あの景色を。


 “御殿”の奥、次元の狭間から覗いた彼らの世界。



 龍宇大りゅううだい

 人ではなく、龍のみが住まうことの許された、皇国の真なる中枢ほんとう



 彼等は強靭で美しく、そして何よりも自由だった。


 大空を飛び、万象の流れを論じ、人の法を定め、果てしなく戦い、情深く番い、大いに笑う。




“…………パパ、アタシ、あれなりたい”



 そんな彼等の在り方に触れた少女は、誰に望まれずともひとりでに、ソレになることを決めたのである。






 幸か不幸か少女の家は過去に何度も『龍』を排出した経験のある“名家”だった。


 火荊家。


 戴龍三十六家撰の一角にして、龍生九士“狻猊さんげい”の特級養家プラントとして名を馳せる火の貴族。



 ここには、沢山の『家族』がいた。



 敵対する血縁者かぞくがいたのである。



 愛されるためには、性能を求められた。


 弱い子供は容赦なく棄てられた。


 中くらいの子供は、産む機械か他家の因子を取り込むための交換道具。



 人として、否、龍人として扱われるのは上位一割にも満たない子供達だけだった。




“ナラカ、勝利こそが全てだ。勝つ者は正しく、劣る者は醜い。正しく、そして美しい大人になりなさい。君が勝ち続ける限り、私達はずっと味方だ”



 パパは何でも買ってくれた。少女が優れていたからだ。




“あぁ、今回の子もダメね。どうしてみんなナラカちゃんみたいになれないのかしら”



 ママは自分以外の子供を嫌っていた。劣っている子が多かったからだ。




“愛してるよ、ナラカ”

“愛しているわ、ナラカちゃん”



 温かい食事。かしづく兄弟。綺麗なお洋服。棄てられる姉妹。蝶よ花よと育てられ、そして他の血縁者こども達を虫のように踏み潰してきた。



 勝つ事が、全てなのだ。

 勝たなければ、廃棄ごみなのだ。


 努力は前提であり、過程に意味はなく、結果こそが尊ばれる。


 負け犬の遠吠えなどとんでもない。

 本当に敗れた者は、鳴くことすら許されずに消えていくのだから。




 “負けちゃダメなの。かとーせいぶつになっちゃうの。それはイヤ。アタシは上がいい。うえにならなきゃ、捨てられちゃう”




 かつて抱いたその夢を、いつの頃からか少女は目標あがりと呼ぶようになっていた。






 競争は終わらない。

 勝てども勝てども次がやってくる。

 家族の中で一番になったら学校へ。

 学校で一番になったら“塔”の中へ。

 生きている限り、勝っている限り戦いは続いていく。



 龍の因子を賜り、炎龍『ファフニール』を継承し、技を磨き、存在強度を強め、時には汚いことだって平然とやってのけた。



“正しさってのはね、後から来るものなの。そんな事も分からなかったからアンタはここで落第オチるのよ”




 勝つ者は正しく、劣る者は醜い。



 故に勝ち続ける己は誰よりも正しく美しいのだと、少女は無邪気に信じ続けた。



 そう思わなければ、やっていられなかったのだ。









 ケチがつき始めたのは、恐らくあの時からだ。




『烏合の王冠……?』

『新進気鋭のクランだ。リーダーはルーキーながらに、“負の龍あしきもの”の一柱を祓った男だよ』

『……へぇ』



 烏合の王冠――――理事長代理バイスマスターとの取引によって急遽きゅうきょ変わる事になった赴任先。

 そこで彼女は、多くの未知くつじょくと出会ったのである。





『お手柔らかにねっ、受験生さん』




 まず、試験の初日に頭のおかしな女に切り刻まれた。



 彼女はこの日、初めて『正しく負けた』のである。


 

 無論これまでの人生においても、幾度かの敗北経験はあった。


 しかしそれらは全て教官や龍生九士といった“格上”との訓練であり、言わば負けたところで何も損われない疑似体験にせものに過ぎなかったのである。



 だから悔しくはなかったし、責められることもなかった。



 むしろその年で『あの人』にここまで喰らいつけるなんて、ナラカちゃんは流石ねと褒められた程である。




 しかし、あの頭のおかしな剣士との一戦で受けた敗北くつじょくは、本物だった。



 龍人である己が、次代の“狻猊さんげい”最有力候補と謳われている火荊ナラカが、年下の、しかも下等生物ニンゲンの少女に敗れ去る?




“そんなことあるはずがない。あってはならない、絶対に”


 何かがおかしいと、少女はいぶかしんだ。

 次の瞬間には、裏があるに違いないと思いこんだ。



“――――自分達の優位性を示す為にシミュレーターの設定を弄ってアタシが勝てないようにしたんだわ。そうよ、ただの人間があんな鹿できるはずがないんだもの。絶対にそう。それ以外にありえない”


 あぁ、可哀想な下等生物。誤魔化しチートで得た勝利なんてただのまやかしに過ぎないというのに。




 …………じゃあ何で自分アンタはあの女に再戦リベンジしなかったの? 機会はいくらでもあったわよね。



 黙れ。そんな本音ざれごとは聞こえない。










『いつまでも甘えてんじゃねぇぞ、ガキが』




 そして彼女はまた負けた。



 相手は人間よりも“下等”な獣人族。


 そんな男に、下の下の下の畜生ケモノの同義語に、少女は何も出来ずに心臓を潰され果てたのだ。



 粒子となって仮想の世界を離れる直前、完敗の二文字が脳を過ぎった。



 負けた。

 負けた?

 いや、違う。

 まだだ。

 まだなんだ。

 まだ



“まだ負けてない。今のは運が悪かっただけ。フィールドの位置が良ければきっとアタシが勝ってたはず。それに今のアタシは最悪のコンディションで、だから”




 ――――だから何だというのだ?


 そんな幼児でも見透かせるような浅い嘘で、自分アタシが騙されるとでも思ってんの?



 五月蠅い/ねぇ、なんとか言いなさいよ。


 黙れ/プライドだけは一丁前で


 消えろ/だけど本当は弱くて臆病者な


 消えろっ!/この上なく負け犬の姿が良く似合う


      /哀れで醜い火荊ナラカ







◆第六試合:清水凶一郎VS火荊ナラカ(ステージ・荒野)




 風と炎が吹き乱れる荒野の真中まなかで、骸龍の異形が少女を見降ろしていた。



 龍骨の頭蓋の中心に空いた二つのくぼみから浮かび上がる眼形の紫光。



 勝者特有の愉悦でも、敗者を貶める為の嘲りでもない。彼の瞳に映る感情ソレは、氷のような冷静さだけ。




「どうした火荊、もう降参リザインか?」




 耳を揺さぶる様な圧の感じる重低音。


 まるで龍達かれらと話しているかのようなプレッシャーを、何故この男から感じなければならないのだ。




「まぁ、分からんでもないけどな。自分の手持ちじゃカスダメも与えられなくって、頼みの綱の相棒ファフニールは呆気なくワンパン。スピードも攻撃力も、そんでもって龍麟ドラゴンスケイルすらも下の相手に出来る事なんて」

「ざっけんなっ!」



 尖らせた声と共に炎爪を振り上げる。



 巨腕、長剣、槍衾やりぶすま、戦斧、大鎌、破城鎚、機関銃


 籠手に覆われたてのひら砲塔クチとして放った“息吹”の造形かたちを、ありとあらゆる殺意ぶきに変えては乱れ撃つ。



 その一つ一つが鉄をも融かす程の超高熱であり、並みの相手であればいずれか一振りの直撃で片がついてた事だろう。



「はぁ」



 しかし、男は避けなかった。


 少女の作り上げた炎の武装を一身に浴びながら、大儀そうにため息をつくばかりである。



「気ぃ済んだか?」



 効いていない。

 呆れる程の無傷ぶりである。



「いや、済まないなら済まないでいいんだけどさ。とりあえず、やりながらで良いから聞いてくれよ」



 直後、男の身体を紅蓮の竜巻が包み込んだ。



 轟々と音を立てながら燃え荒れる灼熱の旋風。


 骸龍の怪人は動かない。


 あえての静観なのか、あるいは実は効いているのか――――まぁいい。どちらでも構わない。



(今大事なのは、こいつから離れる事)



 流れる汗を拭きもせずに、龍人の少女は一心不乱に後ろへと引き下がった。



 無論、移動中も攻撃の手は緩めない。



「(『ファフニール』を出そうとすると、アイツはすぐに動いてくる。警戒する理由は戦力的な問題じゃなくて、多分、空へ逃げられたら困るとかそんな理由なんでしょうね)」



 認めたくはないけれど、今の彼の耐久力は尋常ではない。

 たとえ『ファフニール』の支援が加算されたところで、大したダメージは与えられないだろう。



「(逆にこれまで観た感じだと、それ以外の攻めに関しては全スルーを決め込んでる。大した自信ね。ムカつくったらありゃしないわ。でも)」



 突くとするならば、油断そこしかない。



 舐めていようが何だろうが、大人しく攻撃を受けてくれるというのならば好都合。ならば自分は、ハイリスクローリターンの顕現賭けではなく、ノーリスクローリターンの猛攻撃アタックラッシュを選びましょう――――決意を固めた少女は双腕に霊力を集束



「覇ァッ!」



 裂帛の気合と共に極大の《暴虐タイラント》と七星の【圧政君主論マキャベリズム】が放たれる。更にダメ押しとばかりに爆炎で練り上げた無数の焔龍トークン達が、動かない怪物の躯体からだを不乱に噛締かみしめる




「俺もさぁ、あれから色々考えたんだよ。どうすればお前と仲直り出来るんだろうって、何をすれば許して貰えるんだろうって」



 蒼穹に木霊する暢気なスピーチ。

 その牧歌的とすら言える程の健全さに心を抉られながらも、少女は侵攻を続けた。

 

 白色の閃熱、蒼色の爆砕、無色の空間燃焼に金色の龍炎。


 どの炎も少女が血の滲むような訓練の果てに体得した謹製とくべつだ。


 これならばきっと、……否、頼むから効いてくれと、少女は己のかみに祈りながら手札のカードを一枚一枚切っていく。



 だが




「でもさ、よくよく考えたらだよ? この問題、俺何にも悪くないじゃんね。嫉妬してんのもそっち、勝手に持ち上げようとしてるのも上の連中そっち、お前達が内輪でギャーギャー騒ぐのは勝手だけどさ、龍達そっちの理屈を一介の冒険者俺ちゃんに押しつけるのはなんか違くねェか?」



 だが効かない。


 地脈を利用した大地爆破アースバーンも、天空に描いた『噴出口』から解き放つ火の雨ナパームも、まるで骸龍器かれには届かない。



 理不尽だ、と思った。


 あまりにもデタラメが過ぎる。




「でさ、実は昨日遥に話したんだよ。お前の事どうすればいいんだろうなって。そしたら彼女あいつこう言ったんだ。『だったら潔く殴り合えバトればいいんじゃないか』ってさ。ククッ、傑作だよな。どんだけバトル好きっ子なんだっつーの」



 相手は何もしてこない。

 動かしているのは口だけで、攻めているのは終始こちら側。


 避けもせず、防ごうとすらせず、やかれ侵され爆ぜさせられながら、それでも一方的に圧倒的に絶対的に敗北の二文字を突きつけてくる龍の骸の化物。




「だけど聞けば聞く程、咀嚼すればする程、これしかないと思えたんだ。もし仮に、俺が弱ってなくて冷静だったとしても、最後にはコイツを選んでたと思う。だって――――」



 業火の中心で、男は静かに言った。



「だってこの劣等感みじめさは、お前が俺を越えない限り収まんないだろ?」

「ッ!?」




 少女の攻め手がハタと止まる。

 彼の投げかけた言葉が、あまりにも本質を突いていたからだ。


 

「俺が謝ろうが、優しくしようが、たしなめようが、泣こうが喚こうが慰めようが他のあらゆる何かをしたところで、お前が“勝利アレ”やら“優劣ソレ”やらにこだわり続ける限り、一生わだかまりは残ったままだ」




 そしてその一瞬の隙を、男は見逃さなかった。


 火炎地獄を泰然と抜けだし、造作もないといわんばかりの速度軽やかさで少女の懐に入り込む怪物。




「あ」

「だから二つに一つだ、ドラゴン娘。この戦いで俺に勝つか、はたまた別の答えを見出すか。まぁ、いずれにせよここで一皮むけないようじゃ」



 言葉の区切りと共に、骸龍器の拳撃が少女の腹部に炸裂する。



 込み上げる違和感と異物感。


 痛覚の遮断された仮想の世界において、それでも耐えら得ない程の苦悶きもちわるさが少女の全身を襲い、そして




「お前の真龍望みは一生叶わねぇぞ」




 そして少女の体は荒野の果てへと飛ばされた。






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・お知らせ


次回更新は一回お休みさせて頂いて6月の10日(金)、次々回はいつも通り隔日の6月12日に投稿させて頂きますっ!

すまぬな、その代わり(というかコレが主な原因なんじゃが)次々回とその次の回のボリュームは通常更新の倍なので、楽しみに待っていてくだせぇっ!
















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