第百十四話 三度目の約束を









「絶対に、イヤ☆」





 当然ながら遥さんがゴネた。




「彼女のあたしを差し置いて君があの女と冒険ワクワクするなんて耐えらんない。凶さんはもうあたしに飽きちゃったの? だから他の女とわくわくしたいの? ねぇ、どうなのさ。違うって言うならあたしもそっちに入れてよ。入れてくれないとヤダ。やだやだやだやだやだやだやだやだ」



 こんな台詞が出る度に、俺はあの手この手で彼女を宥め、だけれども結局わだかまりは解けなくて。



 ……まぁ、これに関しては俺が全面的に悪い。


 だってこれは、言うなれば最愛の彼氏が自分を差し置いて恋敵(と一方的に遥が目の敵にしている)と寝食を共にする事を選んだととらえられてもおかしくはない状況なわけである。



 もちろん、俺にそんなつもりは全くないし、一応アンケートの結果も考慮に入れた上での采配さいはいだったのだが――――あぁ、そうさな。全部言い訳だ。

 どれだけ取り繕おうと、俺はある意味で遥ではなく花音さんを選んだのだから。




 遥が『嫉妬』で、花音さんが『天城てんじょう




 俺が斯様かようなパーティー編成を選択した背景には、主に戦略的な理由がある。




 遥は『嫉妬』のボスに対する解答を持ち合わせており、また花音さんは原作で対『天城』の最適キャラとして各種攻略サイトに取り上げられていた事のあるキャラだ。



 そして両名共に、該当するダンジョンで獲得できる天啓レガリアとすこぶる相性がいい。


 特に花音さんに至っては、“メインヒロインの最強ビルドを作るなら『天城』の天啓は必須”とまでうたわれる程、かの天啓とシナジーがある。



 だから遥と花音さんの強化、更には俺を含めた他メンバー達の理想ビルドを逆算すると、どうしてもこういう配置になってしまうのだ。



 本音を言えば、俺とて遥とは片時かたときも離れたくはない。


 あいつの顔を見れない日々を想像するだけで胸が痛むし、あいつの声を聞けない世界なんて音が死んだも同然なのだ。



 けれども、俺は彼女達を強く育てなければならない。



 五大ダンジョンを越え、裏世界に跋扈する魑魅魍魎ちみもうりょう達の悪意から仲間を守り、そして俺自身がチュートリアルを越える為には尋常じゃないレベルの戦力強化が必要なのだ。



 ……あぁ、分かってる。

 全部俺のエゴだ。

 生きたいという俺個人の欲求の為にみんなを巻き込んで、そして今、最愛の彼女を悲しませている。



 どうしようもない男さ、ホント――――と、ちょっと前の俺ならそこで臭い自己憐憫れんびんひたって、何日も無為に過ごしていた事だろうが、生憎と今の俺はちと違う。



 ウジウジと悩んでいる時間はそんなにないし、何より選んでしまった“選択肢”は取り返しがつかないのだと知ったから。





 ――――なんかじゃないよ。君だから良いんだ。





 あぁ、そうさ。

 取ってしまった彼女の手を今更払いのける事などできはしない。



 だから俺がやらなければならない事は、後悔ではなく……。






◆清水家・遥の部屋





「入るぞ」




 部屋の襖を開け、中の様子を確認すると、身長158センチのアイドル顔がつまらなそうにお布団の中で横たわっていた。




「何しに来たの、うわきおとこさん」

「そう言うなって。俺はお前一筋だよ、はーたん」

「どうだか」



 ぷいっと顔をそむけたまま、部屋の主は動こうともしない。


 最近の遥さんはずっとこうだ。



 どれだけ駄々をこねても、パーティーメンバーの修正が叶わないと悟るやいなや、彼女はこれでもかというほど分かりやすく不貞腐ふてくされた。



 話しかければ会話はしてくれるし、日課の動物さんごっこも(無言で)求めてくる。


 だけどいっつもふくれっ面で、向こうから話しかけてくる機会はめっきりと減った。


 どの口でほざくかととがめられるかもしれないが、結構こたえたよ。


 なんせ遥とは出会ってこの方、喧嘩らしい喧嘩なんてしたこともなかったからな。


 ずっとギクシャクしていて、解決の糸口が見つからなくって、そんで気づけばもう遠征前夜。


 

 だからいい加減に仲直りというか、決着をつけたかったんだ。




「とりあえず起きてくれ」

「やだ」

「話がしたいんだ」

「やだ」

「なぁ、遥。頼むから俺達の今後について話を――――」

「やあだぁっ!」



 絹を裂くような叫び声が室内に響き渡る。


 彼女を覆う青色の掛け布団が、まるで生きているかのように震えていた。




「何にも話したくないっ。納得なんてできないっ。君はあたしじゃなくてあの子を選んだんだっ! 折角君と結ばれたのに、やっと想いが叶ったのに、どうしてこんな嫌な気持ちにならなきゃならないの!? 私は、君さえいればそれでいいのに……」

「なぁ、遥」

「分かってるよ! 勝手なこと言ってるって! 空樹さんにその気がないことも知ってる! だけど、ねぇ。あの子だけはダメなの。いくら頭では理解していても、あたしの心の奥底に眠る大切な何かがダメだって言うの。あの子は必ず君と恋に落ちる。そしてあたしから君を奪うんだ。やだよぉ……そんなの絶対やだよぉ……っ」



 そのすすり泣く声は、俺のこれまでの人生の中で一番きついものだった。



 一番大好きな人をこんなに不安にさせて、ほんと俺ってやつは――――あぁ、ダメダメ。うじうじはなし。俺がここで落ち込んだら、いよいよ収拾がつかなくなる。




 だから





「じゃあ、結婚すっか」




 俺は色々な過程をすっ飛ばして、一番大事な結論ぶぶんを先出しした。




「ふえっ?」



 ようやく可愛いお顔を出してくれた我が最愛を優しく起こし、そのまま膝の上に乗っける。



「けっこんって、あたし達まだできない」

「法律上はな、だけど皇国にはさ、アレがあるだろ“婚前婚こんぜんこん”」




 “婚前婚こんぜんこん”というのは、ざっくばらんに言うと「婚約のすごいバージョン」である。



 年齢等のよんどころのない理由により「今すぐの結婚」が不可能なカップルが行う一種の儀礼行為ととらえてくれればいい。



 まぁ、本格的なのをやろうとすると相当金がかかるから、ほとんどのカップルはそんなものやらずに籍を入れるのが当たり前で、“婚前婚こんぜんこん”をやらなかったからといって甲斐性なし扱いさるる事はほとんどない。



 だけどこれは裏を返すと、“大金をつぎ込んでも全く痛くない程にパートナーを愛している”という事にもなる為、主に皇族とか良家の坊ちゃん嬢ちゃん方が、このしきたりを活用するのである。



 その“婚前婚こんぜんこん”を、俺は彼女に申し出たのだ。



「……良いの?」

「何が?」

「あたし、こんなだよ」

「こんなって、世界一可愛くて性格も抜群に良いパーフェクトなパートナーって、そう言いたいん?」

「茶化さないで」

「茶化してねぇよ」



 本気でそう思ってるからこそ、ポロリと出ちまうんだ本音が。



「とにかく、そうじゃなくって」



 断片的に遥が喋った内容を統合すると「こんな重くてワガママな女と婚前婚けいやくしていいのか」と言いたかったらしい。



 まったく、このウジウジちゃんめ。

 そんなんじゃ、恒星系の名が泣くぜオイ。




 でもさ、遥。

 俺はな



「そんな面倒くさいところもだーいすきなの」



 膝に乗っかる彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、柑橘系の良い香りと不思議な蒼い粒子がぽわぽわと漂ってきた。



「どれだけ重かろうが、いくらワガママを言おうが、お前さんを見限る事なんて絶対ないし、何ならゾクゾクしちゃうまである」

「なんで」

「それだけお前の事が好きなの。愛してるの。恋しちゃってんの」



 そして俺はやっぱりこいつに笑っていて欲しいのだ。


 偽ることのない、幸せに満ちた恒星系の笑顔を、誰よりも望んでいる。



「最近、ずっと不安にさせちゃってゴメンな。辛かったよな、苦しかったよな。俺がもう少し上手く立ち回ってれば、お前がこんなに傷つかなくても済んだのに、ホントにごめんな」

「違う、違うのぉ、ひっく、凶さんは、何も悪くないもん。あたしがワガママ言って、困らせて、うっ、なのに、君はこんなにもあたしの事を……うっ、うぇっ、ぇえっ」


 彼女の体を抱きしめていた右腕に大粒の涙がこぼれた。



 あぁ、もうこの生き物は。

 どうしてこんなにも愛しいのだろうか。


「でもさ」


遥が笑う。

涙を流しながら、だけれども心から嬉しそうに。



「この戦いが終わったら結婚しようだなんて、何だかちょっと死亡フラグっぽいよね」

「そんなものはないんだって俺に教えてくれたのは、お前だろ遥」



 虚構の『お約束』に怯えるんじゃなくて、それは前向きな『約束みらい』として見れば良い。


 『常闇』の最終層で、遥と交わした何気ない会話。

 その意味が、今ようやく分かった気がする。



 あぁ、そして。

 こんな大切な事を俺に教えてくれたコイツの事がやっぱりたまらなく大好きで。



「好きだよ遥。誰よりも、何よりも愛してる」

「あたしも……だよっ。君が好き。だーい好き。世界で一番愛してる」

「だから、なぁ遥」

「うんっ」




 そうして俺達はその日、春と夏に続く三回目契約やくそくを交わしたのである。









 翌日、俺は大荷物(その中には当然、めんどくさがりのチビちゃんも含まれている)を抱えながら清水家を後にした。



 姉さんと涙ながらの別れを終え、邪神のクソみたいなお土産ねだりをスルーし




「いってらっしゃい」

「あぁ、いってきます」



 そして遥とは、この上ない程穏やかに別れる事ができた。




「何かあったんか?」



 ダンジョンへ向かう道中、おんぶ形態のお子様がそんな事を聞いてきたので正直に昨夜の事を話すと珍しく「おめでとさん」と素直な祝いの言葉が飛んできた。



「最近のハルカはげんきなかった。だけど今日のハルカは、すっごく穏やかな目をしていた。だから多分、ゴリラの選択は良き事」




 ユピテルは嘘をつかない。

 そして上手なおべっかも使えない。


 だからこれは疑う余地もなく、彼女の本心で、だからこそ俺の心にじんわりと浸透したのである。



「そうかい。ありがとよ」

「ちなみに金は出さんぞ。ワタシ子供だから出さんぞ。どれだけ稼いでいようがビタ一文いちもん出さんぞ」

「へいへい」



 守銭奴め。

 こういうところは全く変わらんのな。



「そういや、今朝久しぶりにあの動物娘を走らせるゲーム起動したんだけどさ」

「うん」

「なんかアニバーサリーイベント? みたいなのやっててカードガチャが無料で十連回せたんだよ」

「せやな」

「そしたらなんか、ピックアップ対象の新カードが一気に五枚来たんだけどあれって凸しちゃって……あれユピテルさん?」

「お前をころす」




 そんな風にして俺とユピテルは、秋の桜花の街をほのぼのピースフルに駆け回った。



 行く先は、ダンジョン『天城』

 そこには新たな仲間と、新たな敵、そして新たな世界が待っている。



「さぁ、行こうぜユピテル。新しい冒険の始まりだ」

「●ね、クソゴリラ」




 あっ、ヤバい。早速はーたんが恋しくなってきた。






――――――――――――――――――――――



・汚いサ○シとピカ○ュウ!



・お知らせ



①4月分の更新予定日をあらすじ欄に記載しておきました。4月は奇数日の19時10分に隔日更新致しますっ。



②選択投票二位に輝いたソフィーさんの特別エピソードを近況ノートに公開致しました。

エイプリルフール企画も兼ねたスペシャルストーリーです。

聖女推しの方もそうでない方も是非、遊びに来てくださいませっ!

(*´∀`)♪











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