第百八話 空樹花音1(後編) 













 《最後の瞬間を、君と》という糞イベントがある。



 清水文香姉さんと主人公達の出会いと別れを描いた感動ゲロカスストーリーで、今となっては真の意味で虚構フィクションとなったifもしもの話。



 あのイベントにおける主役は、間違いなく姉さんだった。


 そりゃあそうだよな。

 姉さんが主人公達と出会って眠るまでの物語なんだから、姉さんが中心にいなきゃおかしいし、(ゲームのシナリオとしてみるならば)そうあって然るべきだと俺も思う。




 だが、姉さんの次に目立っていたのは誰かと問われれば、少なくとも俺は空樹花音そらきかのんの名前を推す。



 あのシナリオの中で、彼女はやたらと甲斐甲斐しく姉さんの世話を焼いていた。



 普段はとても厳格で、踏み込んだ人間関係を作ることに猛烈な拒絶感を抱いていた彼女が、このイベントの時だけはやたらと素直に、いやむしろ積極的とすら言える程自発的に姉さんとの仲を深めていったのである。




 当時は、「凍りついたヒロインの心をもほだすだなんて、文香さんは本当にすごいなぁ」等と暢気のんきに思っていたものだが、今の立場であのゴミイベを振り返ってみると、多分アレには隠された意図があったのだ。




 意図というよりも、贖罪しょくざいというべきか。




『ごめんなさい、文香さんっ。私』

『泣かないで、花音ちゃん。誰も悪くありません。ただ、巡り合わせが悪かっただけなんです』




 あの時彼女が流した涙の理由わけは、姉さんに向けられたものではなく、きっとその相手は――――






◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』大会議室:『覆す者マストカウンター』清水凶一郎





「ちょっと待てよ」



 沸騰した脳内に全力でブレーキをかけながら、言葉を飛ばす。





「悪いがその説明じゃ納得できねぇな」

「何が納得できないというのですか、マスター? 彼女は噂通りの“仲間殺し”で、自分の命惜しさに仲間を見捨てて逃げ出した。そしてその事を他ならぬ彼女自身が認めたのです。

 これ以上論ずる点など、どこにもないと思うのですが」

「頭イカれてんのかクソ邪神?」



 視線をメインヒロインの席から微妙に外れた位置に置き、屋内の白壁を睨みつけながら努めて強めの言葉を吐き捨てる。



 悪いな、アルよ。


 だけど普段お前が俺に投げかけている言葉の暴力に比べればこれでも幾分と可愛いもんだ、なっ、そうだろう?




「彼女は何にもやってねぇよ。むしろ本来は被害者としてなぐさめられるべき立場の人間なんだ、それを大の大人達がよってたかって正義棒で叩きやがって、クソくだらねぇ、死なねぇかな“烈日の円卓”」

「何を根拠にそんな事を仰っているのですか、マスター」




 ここで「そういう風に全部ゲームで言ってたからです!」の一言で片付けられればドチャクソ楽なんだが、それは流石に無理筋というもの。

 なので、現時点で一般人が知り得るだけの情報だけを燃料にくべて空樹花音無罪説を構築していく。



 大丈夫だ、真相から逆引きしていけば、これでも十分成立する。……よし。




「まず第一に、死んだ人数がおかしい。なんで二人死んでいる? 生贄になるのは、一人で良いはずだ、二人死ぬ必要はない」

「……それは」

「別におかしなことではないでしょう」



 空樹さんが何かを告げるよりも先に邪神が間に入り込んできた。




退避たいひが間に合わず死んでしまうというケースはさして珍しくありません。逃げ出す前に二人の冒険者が最終階層守護者に殺された、それだけの事です」

「そうか、殺されたのか。いいよ、じゃあその通りだったとしよう」




 実際、ボス戦ならば何があってもおかしくないからな。

 不運にも二人の命が散ることだってそりゃあ、あるだろうさ。



 だけど、おかしくはないからこそ。



「じゃあ、なんで空樹さんは逃げ出しただなんて馬鹿正直に申告したんだ? 先に仲間が死んだって事にすれば、何もおとがめはなかったはずだろう?」



 そう。

 『生贄制度』の効力は、あくまで帰還系アイテムの使用を制限するだけだ。


 そしてこれには、パーティーの内の誰かがボス戦中におっんだ時点で効力をなくすという抜け道があり、ぶっちゃけてしまえば幾らでも言い訳が聞くシステムなのだ。



 たとえば『自分は殿しんがり担当だったが、最後の仲間が脱出を図る前にボスにやられてしまったので、仕方なく戻って来た』とでも言っておけば、その真偽がどうであれ、それを確かめるすべはないわけだし、クランメンバーも強く責める事はできなかったはずだろう。



 しかも死んだのは、二人だ。



「状況が状況だけに断定はできないが、普通、命が惜しくて逃げ出したのなら真っ先に逃げ出すと思うんだ。そうじゃなくても早い段階で逃げ出す。

 でも確か、“烈日の円卓”の公式調査報告書によると空樹さんが帰還系アイテムを使ったのは、六番目。

 その時の攻略パーティーの人数は八人だったはずだから、って事になる」

「だから何だと言うんです? 順番なんてどうでもいいでしょうに」

「それがそうでもないんだよ」



 この六番目という数字、あまりにも中途半端なのだ。



「普通に考えりゃあよぉ、六番目まで待てたのなら、七番目を狙いに行くと思うんだよね。だってそうだろ? 言い訳をするなら目撃者がいない方が都合がいい」



 ボス部屋は隔絶された空間だ。

 一度脱出したパーティーは、戦闘が終わるまで救援にかけつける事もできず、また第三者が乱入することも叶わない。



 だから、目撃者がいない状況を作り出す事さえできれば、嘘なんてつき放題なのだ。




「命惜しさに一目散に逃げ出す素振りもなく、そして死人に口なし目撃者ゼロの状態が作り出せる七番目でもない。

 六番目に逃げ出して、そして残った二人が死んだ。これを単なる“仲間殺し”と片付けるには、いささか無理があると俺は思うんだよね」

「あっ……私は……っ」

「大丈夫、安心して」



 俺は精いっぱいの誠意と真心を込めて桜色の髪の少女に言葉をかける。




「俺は君の味方だ。微塵たりとも疑っちゃいない」



 彼女の翡翠色の瞳が小さく揺れる。


 あぁ、今まで辛かっただろう。

 苦しかっただろう。

 悔しかっただろう。


 誰にも本当の事が言えず、ずっと一人で抱え続けてきたあの日の真実。



 ……すまねぇ、主人公アーサー



 お前の役目を少しだけ奪っちまう事をどうか許して欲しい。



 だけどきっとお前さんが同じ立場でも絶対、そうすると思うから。



 だから俺は、ここで彼女の身の潔白を晴らす。



 英傑戦姫メインヒロインを取り巻くつまらねぇくもらせ展開は、今日をもって全部おしまいだ。




「ふむ。では仮に彼女が“仲間殺し”に関わっていなかったとしよう。であれば、あの事件は何だったんだ?」



 叔母さんからの問いかけに、当然ながら空樹さんは答えない。


 ただ目をつぶって、必死に唇を噛むばかりである。



「お前の意見を聞かせてくれ、甥っ子」



 内に秘めた彼女の想い。

 答えられないその理由。

 それに感づいたからこそ、叔母さんは俺に振ったのだろう。

 


 

「これはあくまでも俺の推測だけど」



 一応の予防線を張った上で、推測しんじつを話す。




「『黄衣』のボスは、狂気を操る存在だと聞く。狂気ってのは精神の逸脱ズレだ。世間一般まとものラインを越え、あり得ない方向に心がズレる。もちろん、空樹さん達も事前に得ていた攻略情報を基に対抗策を講じていたのだろうが」




 高レベルの精神異常耐性を持っている人間すらも狂わせる『黄衣』のボスの【狂気感染】が、元々逸脱していた、あるいは事情があって弱っていた相手に作用すればどうなるか。



 そもそも、あのダンジョンは全階層にSAN値を減少させるフィールドギミックがある。


 蓄積する狂気。

 衰えていく理性。



 そして



「死んだ二人は恋仲だったらしい。ただ、男の方に色々と問題があって、しょっちゅう他の女と遊んでいたそうだ」

「うっ、うぅ……っ」

「対して女の方は、とある原始宗教の巫女シャーマンだった。この宗教はちょっと特殊でね、なんでも生涯に伴侶はんりょを一人しか持っちゃダメらしい。女関係にだらしがない男と、身持ちが固い女、そんな二人が狂気の深淵に長い事さらされ続けたら、どうなると思う? よしんば女の方に命でも宿っていたりしたら、もう」

「わた、私が――――」



 空樹さんの瞳に大粒の涙が零れ落ちる。




「わた、しがいけないんです。私が怖くなって、命が惜しくて、ひくっ、にげ、出して、だから、怜次れいじさんも、月見つきみさんも、悪くないんですっ。わたしが、全部、ぜんぶわるいんです」



 彼女は、この期に及んでもまだ亡くなった二人の事を守っていた。



 いや、二人だけじゃない。



 彼女は、追い出された古巣の名誉も守り続けていたのだ。



 その方法は、もしかしたら間違っていたのかもしれない。


 たとえ言い訳のように聞こえようとも、洗いざらいゲロっちまった方が全体の利益ためにもなっただろう。



 だけど、空樹さんはそうしなかった。

 たとえ不器用で間違っていても、彼らの名誉を一生懸命守ろうとしたのだ。



 黒幕ゴミカスの存在に気づきもせずに仲間の名誉をとうとんで、ずっと、ずっと……




「クランのみんなも、怜次さんも、月見つきみさんも、誰も悪くないんですっ。私が、私が弱かったから――――うっ、うぅぅぅ、うぁぁああああっ!」




 いかん。こっちまで目頭がヤバい事になってきた。



 くそ、泣くな。


 ちゃんと最後までやり通せ。


 この誰よりも仲間想いで一生懸命だった少女を助けられるのは、現状俺だけなんだ。



 彼女の姿を見ていると、どうしても未来チュートリアルの記憶がぎってしまう。



 空樹花音は、清水凶一郎の天敵だ。


 あの時の彼女に、少しでも加減する余裕やさしさがあれば、もしかしたらオレは死なずに済んだのかもしれない。




「空樹さん」



 あぁ、だから。


 これはいつも通りの、自分本位エゴなのだ。



 彼女の心が折れないように、少しの間だけ居場所になって



 そして万が一原作と同じような展開に陥った時に、ちゃんと俺に手心を加えてくれるように



 その為だけに、手を差し伸べる。



 俺の命が惜しいから、だから彼女を助けるのだ。




「空樹さんがそう思いたいのなら、そういう事でもいい。それに悪いけど、命が惜しくて逃げ出したって程度のエピソードじゃ、ちょっとパンチ不足かな。ウチで悪自慢がしたきゃあ、クーデターの一つか二つくらい起こしてくれないと霞んじまうよ……あっ、今のはもちろん冗談ね。ウチのクランメンバーは、みんな清廉潔白せいれんけっぱくの優等生さん達ばかりだからさ」

「――――っ、いい、んですか? こんな私なんかが、皆さんと一緒に冒険しても?」




 震える声で、彼女が尋ねる。



 暗がりの中で、ようやく一筋の光を見出したかのような希望と不安の入り混じった瞳。



 ……よかねぇよ。全然、よかねぇんだよ。




 こんな原作ブレイクみたいな展開、心底やだし/何よりオレは、彼女が怖い。



 だけど/それでも



 今現在、空樹花音メインヒロインを“烈日の円卓ハメやがった奴ら”の悪意から守れるのが俺達しかいないというのなら





「なんかじゃないよ。君だから良いんだ」





 いいさ、やってやるとも。

 

 世界の敵俺達が、アイギスの盾になってやる。









◆◆◆




 第一回“烏合の王冠Crow Crown”クランメンバー選抜試験合格者




 ・『龍騎手』火荊かけいナラカ


 ・『癒し手ヒーラー』ソーフィア・ヴィーケンリード


 ・『妨害手』会津・ジャシーヴィル


 ・『オーバーロード』ハーロット・モナーク


 ・『英傑戦姫アイギス空樹花音そらきかのん




 以上、五名を“烏合の王冠”所属とする。







 ―――――――――――――――――――――――




 Q:結局、邪神は何やってたの?



 A:徹底的に遥さんをメタっていました。

 現場にいる遥さんに彼女がいる事を知られないように時間止めたり、妨害工作に励んだり物を隠したり、送信メールのデータを改ざんしたりしていたのです。



・『黄衣』で、何があったのか。


本編中で凶一郎が言及している通り、彼女は逃げたわけでも見殺しにしたわけでもありません。

彼女が殿を務め終える前に、どうしようもない末路を辿った死体が二つ出来上がり、そして彼女の全てを滅茶苦茶にしたい黒幕がその舞台を作り出した、今言えるのはここまでです。











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