第百一話 不死身の女帝









◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第十層





 ラスボス聖女様のおかげで色んなところが元気になった俺は、再び退屈な周回作業に戻った。



 緊縛プレイ、くっ殺、【四次元防御】、解放、反動、そして討伐。


 終わったら次の受検者達とパーティ―を組んで再び死魔との緊縛プレイ……字面にするとどこまでもアホ臭い所業だが、残念ながら俺にしかできない仕事なので休む間もなくひたすら周回。



 いや、ホントなんで周回作業ってこんな苦痛なんだろうな。


 術による反動ダメージは聖女様の治癒術でリセットされたけど、「つまんねぇ」というこのどうしようもないモヤモヤ感だけは治るばかりか回を重ねるごとに蓄積されていくばかり。


 しかもこの周回作業はいわゆるドロップアイテム目当てのガチャ作業じゃなくて、本当に単なる労役でしかないから、ただただ退屈で飽きてくる。



 あぁ、なんかちょっとでもいいから刺激的な出来事でも起こってくれれば――――




「おいぼんよ、お主のやってる“あとらくしょん”、わらわにも一回やらせてくれ!」




 起こった。

 というか来た。



 黒と赤をベースカラーとしたゴージャスドレスに身を包んだプラチナブランドの麗人が何をトチ狂ったのか遊ばせろと強請ってきやがったのである。




「あの、陛下へいか



 俺は内心無理だろうなと諦めつつも、この傍迷惑な真祖様に常識を説いた。



「これはアトラクションじゃなくて一応ボス戦なんです。俺達には陛下を安全に中間点へとお通しする義務があるんでね、大人しく他の受検者達と一緒に」

「ふぅん、お前さんが即死術の使い手かぁ。見た感じわらわんところの十層ボスヒュドラの方が強そうだがのぉ」



 当然の様に制御などできるはずがなかった。



 陛下は死魔の再現体相手に謎のマウントを取りながら、ズカズカと棺桶ルームを進んでいく。




「あっ」



 まずいと言い終えるよりも前に、部屋の拘束ギミックがハーロット陛下の四肢を縛りあげ、そして



「は?」



 何が起こったのか良く分からない。

 死魔の包帯触手は【ボス側の攻撃行動を一度受けるまで、回避行動を制限する】というルールを具現化した理の鎖だ。

 いかに陛下といえどもこいつを解く事などできないはず……。



「それは過大評価というものよ。こやつの術はそう大したものではない。

より正しくは【外的な強度に対する耐性を軸にした物理的に壊れない鎖の生成】とでも言うべきかの。一時的な肉体の不壊化も相まって攻撃を当てる事に特化した設定能力ではあるが、だからといって抜け道がないわけでもないわ」



 このように、と傷一つない美しい手足をひらつかせながら『大淫婦』の主はドヤ顔で語る。



 まさか、この真祖ヒト……。



「自分の手足を

「おう、良く気づいたの。見えておったのか?」



 いや、視えたわけじゃない。

 俺が目視できたのは、陛下が縛られて爆発したという所までだ。



 だが、その後の解放と今の解説を交えれば大凡おおよそのあらましは見えてくる。




「確かに」



 一度死魔の様子を確認してから話を進める。


 厨二病ミイラの再現体は、目の前の異常事態におののく事もなく、淡々と即死玉を作っていた。


 さすがは再現体、アドリブに対していとよわし。



「確かに縛られた状態でも俺達は術を使えます。攻撃は通らないし、鎖も壊せないけれど己を守ったり、回復術で蘇生を試みる事はできる」



 前者が俺の使っている方法で、後者が無印聖女が編み出した攻略法だ。


 防ぐが、癒すか。死魔攻略のルートはこの二つが鉄板だと、俺は今まで信じて疑わなかった。



 だけど……。



「まさか自傷とはね、試練を突破するためとはいえ、四肢を自分で吹っ飛ばすとは……アンタめちゃくちゃだよ」



 こんな方法で拘束を解くとはマジモンの化物だよこの人。


 いや、実際ハーロット陛下の再生能力を加味すれば妥当な戦略ではあるのだ。



 爆ぜた四肢を常人では認識できない程の速さで復元できるこの人ならば、不壊の包帯触手を抜けだす事ができ、結果本来であれば選択不可能だったはずの『回避』コマンドが復活する。



 そして包帯触手が陛下を再び捕らえようと蠢動しゅんどうする様子は――――ない。


 多分、一度でも拘束から抜け出せば【回避不能】のルールはクリアーされたという扱いになり、後続は飛んで来ないという仕様なのだろう。



 すげぇな。拘束中に抜けだすと、こんな間抜けな絵面になるのか。


 激鈍げきのろだんをせっせこ作っている死魔がちょっと可哀想になってくる。



 さておき。



「流石です陛下。というわけでさっさとこの場から離れて下さい」

「うむ? 何故だ? 毒は皿まで食わねば野暮というものだぞ。その上で下手人を始末するのが快感であろうに」



 そりゃあどんな毒も体内で抗体作って中和しちまうアンタはそうなんだろうけどさ、普通王様ってのは下々に毒見を任せて自分は偉そうにふんぞり返ってるものなんだよ。



「あのですね」



 ため息を漏らしながら説得を試みる。



 いや、俺ちゃんも分かってんのよ。

きっとこのまま放置しても、この人は笑って耐えるんだろうなって。



 だけど、こと死魔に関して言えば恐ろしい事にあるのだ。




「奴の呪いは魂に干渉するタイプのものです。陛下の肉体がいかに不死身であろうと、魂は別でしょう」



 再生怪人あるあるだ。

 肉体が無敵でも、中の人格やら魂を攻撃されると脆いとか云々かんぬんってやつ。



 実際どうなのかは分からないが、一応陛下も人間範疇の生物ではある以上、鍛えられない部位を突かれたらそれなりにまずい……はず。



 だから



「おいおいぼんよ、舐めてもらっては困る」




 ガハハッと豪快に笑いながら、死魔へと近づくプラチナブロンドの美女。



「魂が鍛えられないなんぞ誰が決めた? 王か? 神か? 少なくともそれらよりも偉い妾が許可しておらぬ以上、この世の摂理とは到底呼べぬぞ」




 轟く打突音。


 そのありうべからざる光景をものすごく雑な表現でまとめると――――死魔が、股ドンされていた。



 人間離れした身長を持つ死魔の身体を股一つで押さえつける人外の美女。



 キスの射程距離まで近づき、あろうことか逆に厨二ミイラを物理的に拘束し始めた鮮血の女帝。


 金と銀に煌めくオッドアイの内側から感じ取れる情念は完全に捕食者のそれである。




「魂とてわらわの一部。であればその在り方も当然のように不滅。限界? 常識? この世の理屈? そんなちいちゃな物差しで妾を測ろう等とは笑止千万! 腹筋がいとうてたまらんわっ!」



 棺桶ルームに女帝の哄笑が響き渡る。


 最早、この空間は完全に彼女の独壇場と化していた。




「よいか、ぼんよ。覚えておけ? お主が解き放った怪物は、超絶めちゃんこはんぱなくすげぇのだぞ?」





◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一中間点「住宅街エリア」





「それで本当に耐えちゃったと」



 事の顛末てんまつを聞き終えた遥さんがなんともいえない顔で天井を仰いだ。



「やっぱスゴいねぇあの人。魂まで不滅ってほとんど無敵じゃん」

「ほんとの所はどうかわかんねぇけどな」



 愛しのはーたんの膝の上で頭をモゾモゾさせながら、ぼやけた思考のおもむくままに会話を広げていく。



「ただ尋常じゃなくタフなのは間違いない。死魔の呪いを受けても一切曲がらないくらい魂が硬いんだ」



 物質ではないものに硬いと表現するのが果たして本当に正しいのかどうか分からないけれど、ハーロット・モナークの魂は硬い上に再生する――――と陛下ご自身が豪語していたので多分そうなのだろう。



 あるいは彼女の出自を考えればもう一つの可能性に行き着くが、それは国民思いの彼女らしからぬやり方なので多分違う。



 彼女は……



「ふぁっ」

「あら、お眠さん?」



 最愛の彼女の問いかけに「うん」と可愛く首肯する。



 ダブダブの白シャツを着た彼女とソファーの上でイチャイチャ。



 これ以上の幸せがあるだろうか。無論、反語である。



「すき」

「あたしもだーいすきっ」



 桜色の唇が、優しく俺の頬に触れる。



「今日はいっぱいがんばったねー」

「うん、がんばった」



 なでこなでこと心地好さを極めたタッチで頭を撫でてくれる恒星系。



 好きな人にしてもらうナデナデってどうしてこんな気持ちいいんだろうな。



 死魔周回でたまった疲れがみるみる内に回復していくのが分かる。



「でも、あくまであたしの個人的な感想なんだけどさ」

「うん」



 唐突、というよりはタイミングを見計らっての話題リターン。



 気を使わせて申し訳ないなと思いつつも、はーたんの話に耳をすませる。




「あたしは、おじ様の方がやりにくい相手だなーって思う。強い弱いじゃなくて相性の話ね」

「あー、成る程な」



 なんとなく言わんとしている事は分かる。



 今日に至るまでの間に、遥は旦那やハーロット陛下と何度か手合わせを行っている。



 結果は両者共に時間切れの引き分けに終わっているが、ログを観る限りでは確かに陛下の方がやりやすそうだった。




「どこでも全力が出せるハーロットさんと、切り札を出せるシチュエーションが限られてるおじ様を単純に比較する事はできないけど、おじ様がアレを出したら、少なくともあたしの勝ち目はなくなるもの」



 まぁ、負けもしないんだけどさ、とその後当然のようにつけ加えるところが最高にはーたんらしい。




「その点、ハーロットさんは一応攻撃が通るじゃない? 再生されちゃうし、常に何万何十万の軍勢が控えてるから容易にはいかないけど」

「ウン、ソウネ」



 容易どころか普通は勝負になんねぇんだよと全力で突っ込みたかったが、今の俺は基本的にはーたん全肯定ボットなので、深く考えずにうなずくことにした。




 まぁ、実際ウチの彼女は陛下相手に微有利なのだ。


 三日三晩(もちろん仮想空間内の時間を滅茶苦茶加速させた上での話である)に渡るハーロットとの模擬戦も僅かながらはーたんが押していた印象があるし、何よりうちの彼女には、ザッハーク戦でみせたあの“再生不可逆の絶技”がある。



 肝心の勝敗こそ、両者余力を残した状態でのタイムアップだったが、もしもハーロットの“戦争”を踏み越えて、白兵戦に持ち込めれば遥の側に勝機があると俺はあの時思ったね。




 そもそも三日三晩の間、殺し続けなければ際限なく増え続ける数十万の軍勢相手に単騎で拮抗している時点で意味が分からんのだが、まぁそこは遥さんだしな。


 最早ある日突然飛べるようになったり、目からビームを出すようになっても全然驚かん。



「逆に旦那はハーロット相手に勝ち切れないんだよな」



 といってもこれまた微不利程度の差ではあるのだけれど、現状の旦那の戦力ではハーロット・モナークを殺し切る事はできない。



 反対に、遥相手だと結構一方的な攻め方ができるんだよな、旦那。

ザッハーク戦では切れなかったアレもそうだし、空飛ぶ首なし馬車とか銀河剣使ってアウトレンジで攻め立てるだけでも(いや、あくまで遥さん視点だとよ、俺みたいなパンピーはそれだけで普通に瞬殺されるから)の妨害になるからなぁ。



「陛下は旦那に強くて、旦那は遥に強くて、遥は陛下に強い……なんか良い感じに三竦さんすくみみなんだよな、お前さん方」

、いずれはあたしが文句なしの最強になるから」

「その意気だ」



 ゆっくりと顔を起き上がらせて彼女の唇に愛を渡す。



「もしも嫌じゃなければで良いんだけど」

「もう、あたしが君の誘いを断ると思う?」



 思わない、と首を振りながら彼女の整ったうなじに触れる。



「んっ、あたし、そこ弱いからっ」

「だから触ってんの」

「もうっ、バカッ」



 徐々に彼女の吐息が熱っぽさを帯びていき、そろそろ本格的におっ始めるかとハッスルしかけた瞬間――――




『すいません、清水さん。運営スタッフの実雲みくもです、実はつい先程“探索試験”の踏破者が出まして、その内の一人が、その……今から“選択試験”をさせろと』



 俺の脳内に緊急の思考通信が流れ込んできたのである。






―――――――――――――――――――――――




・遥さんVSハーロット



 別に数十万の軍勢相手に無双するわけではなく、どちらかといえば宮本武蔵の一乗寺下り松の決闘を、大阪の役の徳川軍規模の相手にしかける感じ。

 なのでビームで焼いたりとかはしないし、そこまで派手な無双乱舞とかもやらかさない。

 基本的には三日三晩動き続けた状態でのヒット&アウェイ。




・三すくみ



旦那はハーロットを殺し切れず、ハーロットは遥に殺される可能性があり、遥は黒騎士に届かない。総合的にみると若干ハーロットが微有利。攻撃力と敏捷性は遥さんがトップ。装備の質と殲滅力は旦那がトップ。兵力と制圧力はハーロットがトップ。














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