第七十七話 <虚飾之王>
◆◆◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』最終層・邪龍王域:『七天』黒騎士
【
瀕死の肉体を一度だけ万全の状態へと戻すという至ってシンプルなこの能力が、黒騎士をして厄介だと言わしめた所以は、その“万全の状態”という言葉の有効範囲の広さにある。
全損した
【スキルの解放に伴い、簒奪された能力が全て邪龍王の元に返還されました】
ダンジョンの神が告げる絶望的な文言。
そう。
これこそが【
一度の死と引き換えに“外れ”に課せられた制限を撤廃をする返り咲きの権能である。
音を越え、天稟の剣術使いと打ち合える程の技量。
そして“邪龍”アジ・ダハーカの持ち合わせていた強力な術式の全てが、復活した邪龍の王の下へと集ったのだ。
「――――――――」
蘇った邪龍王は、ただ静かに己の肉体を見据えていた。
(妙だな)
その時黒騎士が抱いた疑念を、恐らくはザッハークも感じていた事だろう。
枯渇した生命力は元に戻り、簒奪された能力も還ってきた。
だが、奇妙なことに彼の右腕と腿の一部は欠落したままだったのだ。
“外れ”に課せられた枷すらも超越する程の完全復活能力が、腕と腿の欠損に適用されていないのである。
スキルの不全か、あるいは少女の放ったあの一太刀に何か特別な力が宿っていたのか。
(大手柄だな、蒼乃)
黒騎士は後者であると認識した。
理屈や原理は判然としないが、同じ様に欠損した部位が全て塞がっている以上、原因は彼女にあるとみなす方が自然である。
そして、このアドバンテージはあまりにも大きい。
腕一本と腿の欠落とそれに伴う戦闘力の減少。
攻撃、防御、そして機動力。
損なわれたものは、計り知れず、完全復活能力は、その完全性を失った。
しかし
「――――」
そんな異常な事態にさらされても尚、邪龍王は冷静であった。
自身の不全に気を揉んだのは一瞬だけ。
彼はすぐに腕のない自分を受け入れ、戦闘行動に移ったのである。
圧倒的な推進力を得た邪龍の王が、まず狙いをつけたのは自分達のリーダーであった。
轟音と共に大柄の肉体が宙を舞う。
そこに加えられる更なる
赤い血潮と共に漏れ出た少年の苦悶が、聴覚機能に刺激を与えかけたところで、ようやく黒騎士の銃弾がザッハークに届いた。
乱れ飛ぶ深紅の閃光。耐性貫通と再生阻害の効能を持つ<
一瞬の内に乱れ飛んだ数百の斬撃が、音よりも速く黒騎士の銃撃をかき消していく。
「っ!」
閃光を斬り裂いた遠隔斬撃の余波が、黒騎士の立つ大地ごと断ち切ろうと襲いかかる。
技量の復活によりその本領を取り戻した斬撃の大嵐に対応するべく、黒鋼の騎士は自身の脚部に向けて命令を下した。
『
主の命令に従い、黒騎士の両足から赤黒いオーラが放たれる。
その爆発的なエネルギーを推進力に変えて、黒鋼の騎士は瞬時に死地を離脱。
割断される大地。吹きすさぶ衝撃。
逃げる黒騎士。追いかける邪龍王。
紫黒のオーラと紅黒のオーラが音を越えた速度で駆け抜ける。
(優先すべきは、リーダーの回収。その為には)
速度の壁を越えた影響による熱や衝撃のダメージなどものともせず、黒騎士は少年の救出プランを練り上げていた。
切りこみ役として選ばれたのは<
片腕に構えた機関銃のレガリアを、宙空のザッハークに向けて掃射する。
当然、邪龍の王はこれを遠隔斬撃で対処するが何も問題はない。
なぜならば――――
『<
霊力を介して伝えられた持ち主の指令に従い、天を翔る首なし馬車が攻撃行動に出たのである。
凍てつく冷気と大気を切り裂く烈風。
氷と風の二重属性を纏った破壊の霊力が、邪龍王の肉体を取り込んだ。
(無論、この程度の攻撃では倒れんだろう)
だが、龍麟で防げるのは己へのダメージのみ。周囲の環境の変化まで停められるわけではない。
邪龍王の周りを埋め尽くす白銀の世界。
大気を切り裂く冬の吹雪は、確実にザッハークの視界を遮っていた。
その隙を利用して、黒騎士は倒れ伏す仲間の下へと駆け寄り、これを回収。
「元気かね」
「あぁ、奴の動きは視えてたから、なんとかクリーンヒットは
息を荒げながらも、少年は笑っていた。
血色も良好だ。先の台詞は強がりではないらしい。
「アレを受け止めるとは、腕をあげたな、リーダー」
「腕っていうか、目が良くなったんだ」
「ふむ」
確かに少年の双眸からは、奇妙な霊力が流れていた。
(成る程。あの“白いの”の仕業か)
であれば、少女の変化にも一通りの説明がつく。
彼らは人為的、いや神為的に強くなったのだ。
百年余りの時を生き、この世界の仕組みの一端を知る者としては思う所がないわけではない。
だが、強くなる為に己の生涯を捧げ続けてきた己に、彼らの選択をとやかく言う権利もまたないのだと、そう判断した黒騎士は年若いリーダーの変貌に触れぬまま、話を戦場へと戻した。
「幾つかこちら側に有利なアクシデントが働いてはいるが、リーダーの読み通り、ザッハークが復活を遂げた。
「ない。
少年の声に
「よろしい。では、そろそろ私は行くとするよ」
言って黒騎士は、追加の<妖精>を少年に派遣し終えると、新たな
「第一天啓展開、<
それは彼が初めて獲得した天啓にして、切り札の一角。
魔王の称号を持つ精霊の魂を自身の身体と混じり合わせ、在りし日の姿を一時的に再現する禁断の召喚術が、今ここに解き放たれた。
闇の世界においてもなお
ギチギチと音を立てながら黒鋼の騎士の身体を咀嚼していく罪深きソレは、やがて明確な形を持ち始めた。
全ての光を呑みこむような濃厚な闇、美しくも鋭利な羽々によって形成された暗黒の翼、そして黒騎士のものよりも二回り程大きなオーラの
有翼、四ツ腕、闇纏いの異形が今ここに顕現した。
「フッ――――」
魔王への変身を遂げた黒騎士が星なき夜空へと飛翔する。
それはとても素早く、そして優雅な飛行だった。
先の移動術よりも上の速度で駆動しているはずなのに、そこには一切の衝撃も、音も、熱もない。
ただたおやかに宙を舞う魔の姿だけが、あったのだ。
凍てつく烈風を跳ね除け、現れた新たな強敵に視線を向ける邪龍王。
ザッハークは己の背中に集束させた紫黒のオーラを翼状に変化させ、迫りくる脅威を迎え撃つべく天昇した。
これまでのような霊力の爆発を利用した乱暴な移動ではなく、指向性と操作性に富んだ舞空術。
邪龍の王と虚飾之王。
光なき暗黒の空の下、二つの闇が激突する。
「――――――――」
先に仕掛けたのは、ザッハークだった。
決戦場の空を覆い尽くす程の霊力を展開し、そこに無数の「門」を形成していく。
隻腕の状態で、大太刀を敵に向けた状態での
そして星なき世界に滅びの流星が降り注いだ。
(狙いはリーダー達か)
天空より無数の隕石を降ろし、戦場全体に壊滅的な打撃を与える広域殲滅スキル【
ユピテルという優秀な砲撃手が機能していない今の状況で、隕石の雨の投下を許せば、下にいる仲間達に甚大な被害が及ぶ。
そして彼らを助けるべく黒騎士が動き出せば――――
(その隙をついて、斬り伏せる算段かね。中々どうして知恵が回る)
隕石を見逃せば仲間の命が危うい。
広範囲に散らばる隕石に何らかの対処を仕掛ければ致命的な隙が生まれる。
一瞬にして作り上げられた理不尽な二択。
どうやらこの存在は、そちらの方面にも強いらしい。
だが。
「温いな」
落ちていく隕石を躊躇なく見逃し、黒騎士は己の左腕に新たな天啓を召喚した。
「第二天啓展開、<
現れたのは優に八尺は越えるであろう規格外の大剣。
鉄塊のような分厚さを持つラピスラズリ色の刀身は、されどまるで天に浮かぶ星々のような荘厳な光を放っている。
それはまさに剣の形に加工された星だった。
「
黒騎士の命令に従い、彼の身体が超音速で駆動を始める。
爆ぜた霊力と共に天を翔る黒鋼の魔王。
瞬きの間に繰り出された星の剣閃の数はおよそ三。
しかしそれが意味する所は、ただの三連撃ではない。
斬撃は、ほぼ同時に全く異なる三方向から繰り出されたのだ。
超音速と星剣の持つ桁外れの霊力から繰り出される
そのあまりの霊力と剣撃の速さに危険を感じたザッハークは
「――――!」
迷うことなくこれを全力で回避した。
音越えの機動力を以てしても、ギリギリの距離。
しかし、ザッハークはこの死のデルタ地帯を抜け、その“穴”を見ることに成功する。
「…………」
穴の中には、星があった。
数瞬前まで彼がいたはずの空域に、突如として現れた三角形の銀河。
発生源は間違いなくあの剣だろうと当たりをつけた邪龍王は、黒騎士と穴から更に距離を取り、彼とソレの様子を伺う。
(龍鱗で受け止めなかったか)
邪龍王の判断は正しい。
虚飾の魔王の力を帯び、銀河の剣を振るう今の黒騎士は龍鱗の加護をも打ち破る。
なぜこれほどの存在が今までサポートに徹していたのか、そのような疑問をザッハークに覚えさせる程に、彼の力は圧倒的であった。
とはいえ。
「――――」
いかに彼が優れた実力者であったとしても、既に隕石の雨は彼の下に降り注いでいる。
彼は仲間達を見捨てたのだ。
つまり、敵は後一人。
であれば、まだやり様はいくらでも――――
「だから温いと言っているのだよ」
「――!?」
異変は、直後に訪れた。
落下していた無数の流星群が徐々に落ちる速度を緩めていき、やがて完全に停止。そして、あろうことか上昇を始めたのである。
重力操作の類いではない。
キロ単位で展開された隕石群を持ち上げるような力が働けば、当然ザッハークの身にも変調があるだろうし、何よりも感知できる霊力が余りにも少なすぎる。
発生源は間違いなくあの三角形の穴だろう。
黒騎士によって裂かれた空間の先に広がる星の大海。
常闇の領域に生み出された三角形の天の河。
あれが、流星群を吸い上げているのだ。
「――――」
当然、ザッハークは穴の破壊を試みる。
損われた右腕を砲身として放たれる闇色の炎術。
暗がりを照らす破壊の炎が、銀河の穴へと吸い込まれていく。
まるで効いていない。
それどころか、あちら側に呑みこまれたとでもいうべき程のあっけなさ。
何かカラクリがある。
邪龍王がそう思った矢先に
「無駄だよ」
深紅の閃光が放たれた。
霊力の翼を
先の倍の霊力を込めて放たれた邪龍の炎術は、黒騎士の霊力を
まるで最新型戦闘機とミサイルのドッグファイトのような展開が続いたのは、それから僅かの間の事だった。
黒騎士の追尾を命じられたはずの闇のブレスが突如進路を方向転換し、三角形の銀河へと突撃。
そしてザッハークの砲撃は
隕石も、炎術も、邪龍王の放つ霊術のことごとくが銀河の穴へと吸われていく。
物理的な引き寄せではなく、もっと別のルールに則った強制力とでもいうべき「何か」。
そう。
これこそが<
空間に裂け目を作り出し、切り裂いた形によって知性体以外の特定の事象を取り込む「法則吸収」の異能。
この力を用いて黒騎士が作り出した三角形の銀河は、敵意のある相手から放たれた全ての精霊術を吸い込む
早い話が、物理法則を無視して敵の霊術
無論、この穴にも限界や許容量は存在する。
しかし、それは例えばユピテルの放つ
持続時間が切れるか、黒騎士自身がコレを除こうとしない限り、銀河の穴は、敵対する存在の放つ術式を延々と吸い続けるのである。
つまりザッハークは、
そして頼みの綱の崩界術式も、この相手では分が悪い。
(お前の崩壊術式は、敵の攻撃を受け切れる防御能力があってこそ完成する代物だ。故に、お前の防御を上回る攻め手を持つ敵には使えないのだろう)
この戦いにおいてアジ・ダハーカとザッハークは二度に渡りその龍麟を砕かれてきた。
一度目は、宇宙すらも焦がす神の雷に。
二度目は、因果すらも破断する
そして、
術式を封じる銀河の穴、龍麟を突破できる程の攻撃力を備えた猛者。
取り返したはずの霊術と防御能力が、まるで役に立たない。
今、邪龍王の前に立つその存在は、まさに無価値を司る魔王に他ならなかった。
――――――――――――――――――――――――――
・黒騎士の秘密道具紹介
・<
第四天啓。空飛ぶお馬さん戦車。よく魔改造される。
ちなみに冷気攻撃は自前。
・<
第五天啓。回復許さないマン&耐性ぶっ壊しマン的光線機関銃。
残弾数は、作者のその日の気分次第で変わる。
・<
第三天啓。<妖精>さんという名のナノマシンを散布して、せっせこ回復してくれるリジェネウエポン。
なお、これを攻撃に転用するとエグい絵面になる(ただし、ようせいさん達は一定以上の霊力さえあれば追い払えるので、雑魚狩り専用)。
・<
第二天啓。メインウエポン。特定の法則を吸収し、それをバフや回復、霊力タンクに変えられる超兵器。これを旦那が出してきたら結構本気モード。
無印本編の旦那は主人公達との初戦でこれをブッパしてきた為、それは酷い無双乱舞が行われた。
・<
第一天啓。三大切り札の一角。天啓の中でも特に希少価値の高い『
龍麟を貫通する程の超攻撃力と超音速飛行、それに加えて二つの固有術式と魔王クラス専用の特殊奥義まで備えたスーパーレガリア。
何で最初からコレを使わなかったのかは、次回。
ちなみに天啓の前についている数字は獲得順なので、黒騎士の旦那は
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