第七十二話 常闇の邪龍と烏合の王冠3









◆◆◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』最終層・邪龍王域:清水凶一郎






 その時、俺達は確かに星が砕ける音を聞いたのだ。



 天を焦がす破壊の雷が邪龍を喰らい、盛大な轟音と共に弾け飛ぶ。


 閃光が爆ぜた。

 雷鳴が響いた。

 稲妻が駆け抜け、衝撃が拡散し、そして最後には




「ハハッ、すっげ」




 最後には何も残らなかった。



 わずらわしい重力波は霧散し、あれほど主張の激しかった不気味な霊力の痕跡は見る影もない。



 疲弊した身体に喝を入れて、空を見上げる。


 星一つない暗黒の世界。


 そこには大きな空洞があった。


 大きな大きな空洞が。



「凶さんっ!」

「あぁ……っ!」




 湧き上がる喜びを遥と共有しながら、俺はユピテルの功績を目に焼きつけた。



 邪龍の首が消えている。それも三つ全部だ。



「やりやがったアイツ」



 

 闇星を撃ち落とすだけじゃ飽き足らず、ついでに邪龍の命すら断つなんて。


 ったく、どんだけスゲーんだよお前は。


 あのケラウノスを手懐けた上で《顕現》を使いこなすなんて、本当、あのお子様は。



「ユピちゃん、すっごく頑張ってたもんね」


 そう語る遥の碧眼へきがんは、ほんの少しだけ涙ぐんでいた。


 分かる、分かるぜ遥。あいつ照れ屋だからよ、自分の努力をすぐ隠そうとするんだ。だけどやっぱりまだまだ子供だからその隠し方がへたくそで、だからどうしてもこっちに伝わっちまうんだよ。


 ……くそっ、なんか釣られてこっちの涙腺まで熱くなってきやがった。こんなことしてる場合じゃないってのに。




『そんな所で乳繰ちちくり合ってないで早く移動しろ』


 霊覚に響く激しぶボイス。

 霊力を辿たどり声のする方へ視線を向けると、首なし馬車の開閉口から顔を覗かせる黒騎士の旦那の姿があった。



『旦那っ!』

『オジサマっ、ユピちゃんは』

『心配するな。こちらで回収しておく。お前達は自分の心配をしろ』


 そのぶっきらぼうな物言いと同時に、空から深緑の粒子が降り注いだ。



『追加の<妖精>だ。ポーションと併用して“次”に備えておけ』

『ありがと、オジサマ!』

『恩に着るぜ』



 天翔る首なし馬車を見送りながら、俺達も駆け足で移動する。



 邪龍は確かに滅び去った。


 百メートル越えの巨体は現在進行形で光の粒へと成り変わっているし、黒雷の放射によって跡形もなく消し飛んだ三つ首が再生を始める様子もない。



 だがーーーー




「離れよう遥。アレが完全に消えてなくなるまでの間が、俺達に残された猶予だ」










【“邪龍”アジ・ダハーカの沈黙を確認致しました。挑戦者へのリソース分配、完了。討伐レコードに冒険者清水ユピテルの名を記録致します】



 淡々としたアナウンスが流れ始めたのは、それから約数分後の事だった。



 時間のない中、死骸の二百メートル先まで移動した俺達はポーション片手に、次の戦いへ向けた準備にいそしんだ。



「行けそうか?」

「なんとかね。この子達が頑張ってくれてるおかげで問題なく戦えそう」



 肌についた邪龍の血潮を拭き取りながら、快活な笑顔を浮かべる恒星系。


 その宝石のような美貌には、強がりの色が見当たらない。



 どうやら本当に大丈夫なご様子。



「オジサマの天啓のおかげだねー。これがなきゃ今頃ヘロヘロだったよ」

「だな」 



 全身に満ちる深緑の光。



 そう、これこそが黒騎士の旦那が保有する七つの天啓が一つ<鏡像世界トゥアハ妖精国家デダナン>。

 その能力は<妖精ナノマシン>の散布である。



 ゲームのフレーバーテキストにはご丁寧に、“微生物サイズの妖精達を召喚し、破損した肉体の修繕を行うスキル”と書いてあったのだが、俺はこいつをナノマシンと呼んでいる。

 

 やってることも似通っているし、サイズだって同程度なのだ。



 だったらより凝った解釈をしたくなるのがオタク心というもの。

 


 まぁ、誰に迷惑をかけているわけでもないんだし、脳内で好き勝手な妄想を膨らませるくらいのお茶目はご愛嬌ってことでどうかおひとつ目を瞑ってくださいな。




 さておき。



「ねぇ、凶さん」

「んっ?」

「もしオジサマの情報がなかったら今頃あたし達どうなってたんだろうね」

 

 中々に答えづらい質問が飛んできた。


 「その情報、実は俺が発信元なんだよーん」と言えれば楽なんだろうが、この場で無用の混乱を招くのは得策じゃないだろうし、そもそも遥が求めているのはそういう答えじゃない気がする。



「そうさな」


 だから俺は推測として成り立つであろう範囲の知識を使って所見を語った。



「まず前提として相手が分からないから装備も連携もゴチャゴチャだったと思う。今みたいに地上組と空中組に分かれたりせずに普通に四人で邪龍と相対して、それから対策を練るみたいな感じ」



 実際、初見プレイ時は阿鼻叫喚だった。


 中規模クラスのダンジョンボスなんて楽勝だろとタカをくくって適当な構成で潜ったら、いきなりドデカいドラゴンが出てきて、そいつがべらぼうに強いんだもの。


 ダンジョンの規模とボスの強さが必ずしもイコールではないということを、俺はこの場所で学んだのだ。



「隕石攻撃に面食らってあたふたと防衛策を講じている内に別の遠距離攻撃が飛んできて」

「おまけにあの闇星クワルナフだもんねぇ」



 そう。クワルナフ。あれは本当に酷い。



 自身の防御&術式防御大アップに加え重力波による敵へのスリップダメージと広域デバフ、そんでもって時間内に一定のダメージを与えられなければ強制ゲームオーバーとか無理ゲーにも程がある。


 ていうか、中規模ダンジョンのボスが使っていい技ではない。



「今みたいに耐過重力系のアクセサリーで身を守るなんて芸当もできなかっただろうし、何より仕上がってないユピテルじゃ闇星を壊せなかっただろうしな」

「そこで詰みかぁ」



 あるいは、幾つかの代償と黒騎士の本気が合わされば打倒できたかもしれないが、あの御仁の事だ。

 

 ハイリスクハイリターンなんて博打じみた真似はせず、賢明に撤退の道を選ぶだろう。

 よしんば旦那が俺達の博打に付き合ってくれて、さらに奇跡的な偶然が重なって闇星を打倒できたとしても、その時点で戦線は満身創痍状態。



 そんな状態で次なんて来た日には……ハハッ考えたくねぇな。



「情報って大事なんだねぇ」

「あぁ。どこで仕入れたものなのか皆目検討もつかないけれど、旦那がくれた情報のおかげで俺達の命は繋がってる。感謝しかねぇよ、まったく」

 


 俺が助演男優賞ものの演技で旦那を誉めちぎっていると――――




「そうでもないさ。リーダー達の活躍あっての賜物だよ」



 そんな謎の黒騎士っぽくない光属性の台詞を吐きながら、颯爽と現れるサイバネティックナイト様。



 噂をすればなんとやらというやつである。



「ユピテルは大丈夫そうか?」

「霊力の欠乏で困憊こんばいとしているが、命に別状はない。<歪み泣くコシュタ夜闇の教誨者バワー>の中で大人しくしているよ」



 良かった、と胸を小さく撫で下ろす。



「だが彼女はここまでだ」



 リタイア、ということなのだろう。

 続く言葉はその理由を伝えるものだった。



「いくら清水妹の霊力許容量キャパシティが並外れているとはいえ、あれだけの術を放てば、相応の消耗は免れない。……分かっているな、リーダー」

「あぁ」


 分かっているとも。


 ユピテルの途中離脱は、作戦会議の時点で予想されていた事だ。


 だから動揺はないし、軌道修正の必要もなし。



 何よりあのめんどくさがりが、ここまで頑張ってくれたんだ。



 なげくなんてもってのほか、奴の活躍に心からの感謝と誇りを持ち、その上で――――



「次は俺達が魅せる番だ」



 そうさ。

 ユピテルばかりにいい格好なんてさせやしない。

 気合いの張りどころスポットライトは、みんな平等に、だ。




【――――以上をもって、“邪龍”アジ・ダハーカ戦のリザルトを終了致します】




 場内に響き渡る神の声。

 淡々とした結びの言葉は、予想通り“次”への序章に過ぎなかった。



【最終階層守護者“邪龍”アジ・ダハーカの消失に伴い、特殊封印個体の召喚権限が解除されました。該当個体とアジ・ダハーカの霊的関係性を確認。

 突然変異体イリーガル認定、否認ノー

 階層追加設定クリエイトオーダー否認ノー

 最終階層守護者権限の継承、是認イエス

 ―――承認完了。これより特殊封印個体“邪龍王”ザッハークを当ダンジョンの新たな最終階層守護者に任命致します。挑戦者の皆様は、直ちに戦闘体勢に移行して下さい】




「もう万端バッチリだよ」



 隣の遥がそんな頼もしいことを言ってくれる。


 良い顔するじゃねぇか、まったくよぉ。



 だったらオレもぶっちぎらせてもらうぜ。



 効果時間の切れかけたスキルを全て張り替えて、大剣形態のエッケザックスを正眼に構える。



 気合いもバフも充填完了。


 さぁ、後は――――




「!?」




 全身を襲う寒気と固まった決意を霧散させるかのような強い殺意。



 発生源は二百メートル先。丁度邪龍の死骸があった場所だ。



 モヤが見える。紫色のモヤだ。地面の色よりも僅かに濃い。

 その中から滲み出てくる霊力の質がとにかくヤバい。



 霊覚を抉るような鋭さと頑強さ、そこに邪龍特有の相手を押し潰すかのような存在圧力がブレンドされた気味の悪いナニカ。




「凶さん、汗」

「そういうお前さんも、すごいことになってんぞ」



 言いながら首筋に触れる。


 ひでぇな、こりゃあ。ぐっしょりだ。



「怖いかね?」

「ノー寄りのイエス。心は違うと叫びたがってるんだけど、身体は嘘をつけないみたいだ」 

「あたしはイエス寄りのノー。怖いけど、やっぱりすっごくワクワクする」



 俺達の解答を聞き終えた黒騎士の旦那は、黒鋼に覆われた逞しい指をパチンと大きく打ち鳴らした。



「神経系の過活動を鎮める命令を組み込んだ<妖精>達だ。少しは楽になるだろう」



 キラキラと俺達の周囲を舞う緑色の粒子達。


 なるほど。こいつは良い。

 胸の中に滾る熱い想いはそのままに、不調を訴えていた身体が嘘みたいに軽くなっていくのを実感できた。



 さすがはナノマシン。便利すぎる。



「助かったよ旦那」

「職務の範疇だ。借りは戦闘で返してくれば良い」

 


 なんて男気に満ちた台詞だろう。こんなキュンと来ることを言われたら、俺の好感度ゲージがまた一つ上がってしまうではないか。




「むぅ」

「なんだ嫉妬しているのか蒼乃」

「べっつに。全然。これっぽっちも。黒騎士のオジサマには感謝しかないですヨーダ」



 内容と声のトーンが一致していないように感じられたのは俺だけだろうか。



 ともあれこんな風にみんなで軽口を叩けるだけの余裕が出てきたのは良いことだ。



 刻一刻と存在感を増していく紫色のモヤ。


 同時に気味の悪い霊力の濃度も増していくが、最早どうという事はない。


 ナノマシンのおかげで最高にハイになっている今の俺にそんな脅しが効くかっての。



「来いよ“邪龍王”、もったいぶってないでさっさとおっぱじめようや」



 俺のイキリ文句が届いたおかげかどうかは定かでないが、状況が動き出したのはそのすぐ後の事である。



 まず初めに、二つの腕が現れた。

 太く長大で筋肥大に恵まれた腕だ。

 肌の青白さと硬そうな鱗に覆われているという二点に目をつぶれば、そのフォルムは人間に近い。


 現界した二本の剛腕は、そのまま這うような動作を繰り返しながら夜のとばりを進んでいく。


 あれは自分の身体を引っ張っているのだ。

 ただしその方法が常軌を逸している。

 

 奴の指先にはつかめるような固形物が何もない。


 壁も、突起物も、それどころか地面すらないのだ。


 だというのに二つの腕は何かを掴みながら、這っている。


 その何かとはすなわち、空だ。


 奴は、邪龍王は、あろうことか突き進んでいたのである。



 一歩ならぬ一手を着実にこなしながら、己の身体を牽引していく邪龍王の双腕。


 

 恐るべき力だ。

 膂力りょりょくも霊力も、まさに邪龍王の名に恥じないデタラメっぷり。


 実際、初見プレイの時は度肝を抜かれたもんな。


 ストーリーマーカーのついていないフリークエスト用のダンジョンボスだからと気を抜いてたら、専用ムービー引っ提げての第二形態突入だぜ?


 あの時の衝撃は今でも忘れられないよ。



 なんでドラゴン? なんで変身? えっ何お前隠しボス的な立ち位置のお偉いさん? ……ってな具合に脳みそバグらせながら邪龍王に挑んだ午前三時。



 脇をエナドリとカップ麺で固めて、目を血走らせながらコントローラーを握りしめていた瞬間が、俺はたまらなく好きだった。



「――――ふっ」



 懐かしいな。


 空中を這いずり回る手なんて気持ち悪いだけのはずなのに、俺の脳神経はこいつを良い思い出として記録しているみたいだ。


 我ながら救いようのないゲーム脳である。


 ナノマシンの効能おかげで気持ちが落ち着いているって部分も多少はあるんだろうが、それにしたって牧歌的というか、暢気のんきすぎるというか。



 …まぁいい。感傷に浸るのはここまでだ。




「旦那」



 せっかく向こうがゲーム時代さながらのまどろっこしさで登場して下さってるんだ。



「やっちゃってくだせぇ」



 なら、ありがたくその隙を突かせてもらうぜトカゲ野郎!



「了解した」



 瞬間、旦那の巨大機関銃が火を吹いた。



 <大火ヲ焦ガセヴェスペル我ハ裁ク加害者也ティリオ>。

 旦那が保有する七つの天啓レガリアの内の一つである大型機関銃から放たれる弾丸は、その全てが特別な霊力をまとった死の光である。



 さぁさ、たんと召し上がってくださいお客様。おかわりならば、秒間数千発単位で可能でございます事よ!



「凶さん、わっるい顔してる!」

「悪いのはった演出に走ったあちらさんだ!」



 ここは現実リアルだ、ゲームじゃねぇんだぞ。


 生死のかかったバーりトゥードで大人しく相手の登場シーンを眺めているお人よしがどこにいるってんだクソッタレ!

 った演出なんて俺達からしたらただのボーナスタイムにしかならねーつーの。




 弾ッ、弾ッ、弾ッ。



 暗黒の世界に飛来する無数の赤。


 そのひとつひとつが『反火治アンタレス』と呼ばれる耐性貫通と自己治癒能力の阻害機能を持った特殊弾であり、喰らえば喰らう程にやつの双腕は脆くなっていく。



 さぁ、どうするよザッハーク。いくら邪龍由来の頑強さを備えているとはいえ、あんまモタモタしてると二つのおててがなくなっちまうぜ?




「――――!」



 このままのペースでは不利だと判断したのだろう。


 モヤが急激に膨れ上がり、腕以外の奴のパーツが瞬く間の内に露わとなっていく。


 足、胴体、そして首。どれもが腕と同じく紫黒の鱗に覆われており、また筋肉にも恵まれている。


 

 そして最後に現れた頭部は――――蕁麻疹じんましんが出そうになるくらいイケメンだった。



 紫がかった青い長髪に雄々しく反り返った二本の龍角、切れ長の瞳は白黒のバランスが反転しているという差異こそあれども、そこがまたカッコいいんだ。


 荘厳さと神秘性、そこに邪龍特有の禍々しさと威圧感を加えたらやっぱりイケメンでしたってか?


 ったくムカつくぜ。無駄に鍛え抜かれてるところもかんに障る。



 俺より一メートル以上も高くて筋肉もできあがってる龍族のイケメンとか勝てる要素が一個もねぇじゃねぇか!




【第三百三十六番ダンジョン『常闇』最終階層守護者“邪龍王”ザッハークの解凍及び投入を完了致しました。これより、当領域は再び決戦フェイズへと移行します】




 アナウンスが流れ終わるよりも早く、邪龍王は突進をぶちかましてきた。


 

 フライングなどと文句は言うまい。先に奇襲を仕掛けたのは俺達だからな。



 よーいドンの合図で運動会をする時代はとっくに終わっている。


 勝てば官軍負ければ賊軍。


 正しさは、相手を先にぶち殺した側にある。




『マスター』

『あぁ、分かってるさ』



 俺は迫りくる邪龍の王の姿を肉眼でとらえ、ありったけの霊力を解放した。



 そのままエッケザックスを構えザッハークの迎撃に回ろうと――――



「!?」



 ――――速い。二百メートルの距離差があっという間になくなっていく。


 

 しかも流れるような動作で全身をくねらせながら、<大火ヲ焦ガセ、我ハ裁ク加害者也>の掃射を避け続けている……?




「馬鹿な」



 光線銃の乱れ射ちだぞ。

 ご自慢の硬い肉体で受け切るならまだしも、あんなダンスみたいなステップ一つで<大火ヲ焦ガセ、我ハ裁ク加害者也>を完封できるはずがない。



 なにかカラクリがあるはずだ。

 ゲーム知識を総動員してあの謎の回避術の正体を探り当てろ凶一郎。




「落ち着いて凶さん、あそこにいるのがあたしだと思って観察してみ」




 だが俺の思考が回り始めるよりも前に、答えはかたわらから告げられた。



「……まさか」



 だったら、あの舞踏じみた全身運動の正体は




「そゆこと。ほいじゃあ、遥さんはちょっとワクワクしてきますねっ」



 そうして天稟てんぴんの剣士は、すみれ色の大地を駆けていく。



 近まる両者の距離。


 邪龍王を囲みこむ六本の蒼穹。


 激突は間近と思われた次の瞬間――――



「破ァアアアアアアッ!」




 忽然こつぜんと、遥の剣が消えた。



 複製品も含めた七本の蒼穹達全てが、である。



 明かなる異常事態。


 だが、ザッハークと相対する恒星系の表情に動揺はない。


 彼女はいつものように笑っていた。


 ワクワクする気持ちを顔全体を使って表現しながら、剣の消えた右手を振るい、舞っている。



 そして彼女達の舞踏に少し遅れて“音”が来た。



 戦場に広がる幾重もの激突音。


 金属と金属がしのぎを削る戦いの調べ。



 そう。ザッハークは、機関銃の掃射を避けてなどいなかった。



 彼はただ、愚直に斬っていたのだ。


 己の双腕から産み出した


 


「旦那は、あいつらの動きが視えますかい」

「まぁな。しかし、あれらと同じ真似をしろと言われても私にはできんよ」



 斯様かようなことを言いなすっているが、黒騎士の旦那は、聖剣の精霊に愛された主人公と剣の名門蒼乃の次期後継者であるかなたんの二人を大剣一本で圧倒する程の使い手なのである。



 その旦那が真似できないと断言する次元の剣戟が、今目の前で繰り広げられているというのか。



 肉眼でとらえられず、音すら置き去りにした太刀筋を放ちながら、なおも両者の顔には余裕があった。



 ザッハークは眉一つ動かさずに七方向からの剣檄をさばき続け、一方の遥は邪龍の膂力りょりょくと人外の技量が合わさった邪龍王の大太刀を眩しい笑顔で受け流している(のだとアルが教えてくれた)。



 現時点における二人の攻防はほぼ互角。



 だが、遥の戦闘スタイルをかんがみれば、今の膠着こうちゃく状態はむしろ追い風といっても良い。



 ウチのエース様は戦闘中に進化を遂げる。


 相手の動きを解析し、対戦相手専用対抗メタ武術を編み出すことが可能なのだ。



 五大クランの一長であるシラードさんすら手玉に取った奴の適応力は、やがて邪龍王すら凌駕りょうがするだろう。



 時間は俺達の味方だ。


 このまま時が過ぎれば勝ちの目が見えてくるぞと希望を抱いたその矢先――――



「っ!?」




 パリンッと儚い音を立てて、蒼穹の刃が真っ二つに割れた。



 それはオリジナルではなく、天を舞っていたコピーの方ではあったがその強度は本物と全く同じ。



 つまり、一太刀とはいえ、遥の剣が敗れたのである。



「あり得ない」



 遥が負けるはずがない。



 きっと何かの偶然だ。あるいは、たまたま打ちどころが悪かったか……とにかくアイツが純粋な技量で敗れるはずがないのだ。



大丈夫、きっと大丈夫だ。落ち着いて深呼吸してそれからそれから――――



「動じるなリーダー」



 背中に強めの喝が入る。



「安心しろ、蒼乃の剣は負けてはおらん」

「だったらなんで」

「アジ・ダハーカの時と同様だ。邪龍王の外皮が蒼乃の剣を弾いた」



 つまりこういう事らしい。



 遥は邪龍王との剣術勝負に打ち勝ち、奴に一太刀入れることに成功した。


 しかし邪龍と同等の硬さを誇るザッハークの外皮を切り裂くにはあたわず、最終的に硬度負けして砕けた、と。




「アジ・ダハーカの外皮は異常なまでに堅牢だった。先の戦いにおいても、まともな形で通ったのはリーダーの【四次元防御】と清水妹の顕現術の二つだけだ」



 龍鱗ドラゴンスケイル。物理精霊術双方に強い耐性を持ち、並みの金属をはるかに上回る硬さを持った龍族固有の天然ナチュラル鎧武アーマー


 見落としていたわけじゃない。

 

 龍鱗の硬さと脅威性については十分に理解していたし、遥の攻撃が通らなかった時のサブプランもちゃんと用意してある。



 ……いや、遥が技量で負けていない以上は、この期に及んでもまだ作戦に支障はない。


 ないのだが、しかし――――



「ぐっ」



 悔しい。はらわたが煮えくり返る程に悔しい。



 自分の持っている剣より硬い身体なんてそんなのアリかよ?


 斬られても傷つかない身体を持ってるくせに、一丁前に剣士の真似事なんてしてんじゃねぇよクソが!



 ……あぁ、もう。感情の抑えが効かない。



 あいつは役目をまっとうしているのに、何一つ間違っちゃいないのに。



「勝て遥! お前の剣はそんなトカゲもどきに負けたりしない、なぁそうだろっ」



 それでも俺は、彼女に勝利もっとを求めてしまう。


 身勝手な理想を押しつけそうになってしまう。



「負けんな遥っ、負けんなっ、負けんなあぁああああっ!」

 


 




――――――――――――――――――――――




・第二形態


 厳密には第二形態というよりも、別空間にいたパイロットが出勤してきたという形になります。ただし、完全なる別人というわけでもないので、解凍時にアジ・ダハーカの戦闘記録がダウンロードされます。


 推奨レベル丁度くらいのパーティー構成で事前情報なしで挑むと、大概アジ・ダハーカ戦で戦闘リソースを使い切ってしまうので、ここで詰みます。


 また、アジ・ダハーカとザッハークで有効なスキルやステータスが大きく違う為、どちらか一方に偏った構成でいくとやっぱり詰みます。


 レベルを馬鹿みたいに上げるか(特に主人公と聖女)、チートキャラと天啓を揃えて上から殴るか、何度も死んで攻略パターンを覚えて対処しよう!



















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