第六十一話 交渉と紹介









◆完全予約制オーベルジュ・キルシュブリューテ





「…………すまない。迷惑をかけたな」

「いや、俺の方こそ配慮が足りなかったよ」



 優美なクラシック音楽が流れるオシャレなレストランで、二人の男が己の非礼を謝り合う。





「美味です。とても美味です。いくらでも食べられます」



 その横で、ひとり楽しくフォアグラのポアレを咀嚼そしゃくする邪神様。



 こいつ――――いや、何も言うまい。動機も手段も全てが滅茶苦茶だったが、それでも事態を収束に導いたのはアルである。

 ゲーム知識を過信して黒騎士の地雷を踏み抜いてしまった俺に、この食いしん坊邪神をどうこう言う資格はない。

 そんな事に時間を使う暇があるのなら、やるべき事をやれって話だ。

 

 今やるべき事はなんだ? 反省か? 悪態か? どっちも違うな凶一郎。


 

 黒騎士を口説き落とす――――それが今の俺に課せられた唯一絶対のミッションだ。

 



「それで旦那、アンタさえよければ話を再開したいんだが、どうかな?」

「問題ない。続けてくれ」



 黒騎士は、特に躊躇ちゅうちょする事もなく、再び交渉のテーブルに応じてくれた。


 その落ち着いた様子から察するに、先程の暴走は彼にとってもイレギュラーだったのだろう。


 今の旦那からは殺意や敵意といった感情は微塵も感じられない。いや、むしろ暴走する前よりも雰囲気が和らいでいるような気さえする。


 想い人への感情を暴発させた事で、逆にメンタルが安定スッキリしたのだろうか。だとすれば僥倖ぎょうこうだ。この機会を逃してはならない。




「さっきの話で、俺が知識を“持っている”人間だという事が証明できたと思う」

「異世界出身の是非はともかくとして、その一点については信じよう」

「うん。そこだけ信じてもらえれば、今はいいよ」


 今は本当にそれだけでいい。

 どの道信頼関係の構築なんて、一朝一夕いっちょういっせきで出来上がるもんじゃないし。



「で、ここからが本題だ。取引をしよう、黒騎士。俺がアンタに要求するのは、当然さっき挙げた二つの条件だ。攻略補助と中長期的な専属契約……この二つの対価として俺はアンタに情報と金を支払う。開示する情報の内容は、アンタの選択次第だ」

「情報の量は、応じた条件の数と報酬金の額に連動しているという事か」


 頷きと共に補足情報をつけ加える。


「そゆこと。といっても、一つ目の条件を呑んでくれるだけでも大分話すつもりだぜ? 少なくとも彼女の居場所と今置かれている状況、ついでに未来のアンタが採った行動ぐらいまではちゃんと伝えるよ。

 もちろん、何か質問があればその都度訊いてくれて構わない。さすがに無制限というわけにはいかないが、それでもアンタの知りたがっている情報の大半は一つ目だけでも揃えられると思う」



 正直、俺としては常闇さえクリアできればそれでいいのだ。


 そりゃあ理想としては黒騎士に仲間になって欲しいさ。だけどそこにこだわり過ぎて取引自体がご破算になってしまったら元も子もない。


 だから最低限、一つ目の条件だけでも呑んでくれるようにとプランを練り上げたんだよ。




 常闇のボス攻略を手伝うだけでも十分に旨味がある。ならば二つ目の条件も呑んだ場合は、どんな見返りが?――――そんな風に旦那が考えてくれれば、幸いなのだが




「解せんな。それでは私がお前達の幕下ばくかに加わった場合のメリットが薄くなる」



 よし、食いついてきた。

 そうだよな、一つ目ですでに質問権が解放されているのなら、わざわざ二つ目の条件を飲む理由がなくなってくる。

 ならば、二つ目にはそれ以上の見返りがあるのか、と旦那が疑問を抱くのは極々自然の流れ。



「いいや。旦那は俺達のパーティに加入した方がお得なんだよ」

「理由は?」

「簡単さ。仲間ができる。仲間ができれば、一人じゃなくなる。一人で戦うよりもみんなで戦った方が勝率が上がるだろ」

「そのような安い精神論で、私がほだされるとでも?」



 苦笑を交えながら首を横に振る。



「まさか。もっと現実的で、功利的な話さ」



 アンタにそういうおためごかしが一切通用しない事は、ゲームでとっくに履修済みだからな。


 

 主人公達がどれだけ光属性ピュアな説得を繰り返そうとも、一切なびかなかった堅物相手に俺ごときの安い言葉が通用するとは思えないし、ここは徹頭徹尾てっとうてつび打算まみれでいかせてもらう。




「俺の頭の中にはこの世界の攻略情報が詰まっている。世界情勢、最終階層守護者のスペック、そして天啓レガリアを含めた有用なお宝の在り処。なぁ旦那、アンタ程の猛者ならこのヤバさが分かるだろ」

「……つまりお前は自分のパーティを自由自在に強化できると」



 そういう事だ。


 俺の持っている攻略情報を駆使すれば、数多の天啓の中でも特に有用なモノが眠るダンジョンを百発百中で引き当てる事ができる。


 天啓の確定ドロップは四回。それ以降は五大ダンジョンなどの一部例外を除けば、獲得回数ごとにドロップ率が半減する仕様だが、逆に考えると四回もチャンスがあるのだ。



 その四回を(俺は後三回だが)全て最強クラスの天啓で埋めることができればどうなると思う?


 


「あぁ、俺達なら最強のパーティが作れる」



 誇張でも何でもない。俺の脳内に眠っている記憶の宝物庫には、こんなガキの妄想みたいな文言を現実に変えるだけの力がある。



「既に七天級の旦那にとって、天啓のピックアップはそんなに魅力的な話ではないのかもしれない。

 だけどさ、考えてもみてくれよ。俺達の仲間になれば、旦那は俺達を頼る事ができる。世界で唯一天啓の選り好みができる俺達の力を、だ」

「…………獲得できる天啓には個人差がある。たとえ望む天啓の在り処が分かっていようとも、適性がなければ別の天啓をつかまされるぞ」

「だったらメンバーを増やせばいい。

 ……コイツはここだけの話にしておいて欲しいんだが、実は俺達、常闇の攻略が終わったら自分達のクランを作ろうかなとかと考えていてね、そいつを基盤に優秀な人材を揃えて一大勢力を築こうと画策中なのさ」

「何の為に?」

「死なない為に」



 俺は黒騎士に、清水凶一郎の辿る破滅の未来について語り上げた。


 狂って、イキッて、ボコられて、死ぬ。


 何も守れず、何も為しえなかった一人の男の物語。




「ここで問題なのは、未来のアンタが俺達を狂わせる“元凶”と組んじまうってところにある」



 二年後の黒騎士は、ラスボスの尖兵として主人公の前に立ちはだかる。

 理由はもちろん、愛する想い人の為だ。



「ある精霊が“元凶”に彼女を献上してね、その情報が巡り巡って旦那の耳に入り、アンタは“元凶”の尖兵になるんだよ」

「……詳しく聞かせてくれ」

「いいよ。ただし」

「分かっている。情報の対価は支払うさ」



 欲しい言葉が聞けた俺は、返礼として旦那の欲している情報を洗いざらい開示した。



 想い人の行方、“元凶”の正体、そして旦那が打倒すべき敵の事。




「アンタの想い人は、世界樹にいる」




 ダンジョン世界樹、それは現桜花最大規模のダンジョンであると同時に最大手クラン“神々の黄昏ラグナロク”のホームでもある。



「あそこは悪名高き『オーディン』の支配する戦死者の館ヴァルハラだ。奴が性質たちの悪い蒐集家コレクターだって事は、アンタもよく知っているだろう」



 ダンジョン世界樹は、あらゆる意味において例外的だ。


 死者が在りし日のままの姿で闊歩し、終わりなき闘争に身を焦がす歓喜の戦場グラズヘイム



「そこで彼女は今――――」



 漆黒のガントレットがその先を告げないでくれと、雄弁に語る。



「……悪い。喋りすぎたな」

「謝る事はない。お陰で長年探し求めていた彼女の足取りを掴む事ができた。情報の提供感謝する」

「そう言ってもらえると助かるよ。

 …………それで旦那、アンタこれから一体どうする? 情報を知ったアンタは、彼女を救出する為に一人でオーディンの根城に特攻をしかけるのかい? それとも“神々の黄昏ラグナロク”のメンバーに加わって次回の『英霊夜行祭ワイルドハント』に挑戦するか?」

「…………」



 沈黙する黒騎士。事が事だけにあらゆる選択を熟慮しているのだろう。




「オーディンが“元凶”に彼女を譲渡じょうとするとして」



 禍々しさと洗練さを同居させたアーマーヘルムが、じっと俺の瞳を見据える。



「お前の言うように、ソレが今から約一年後に現れるものだとしよう」

「あぁ」

「だとすれば、少なくともこの先一年以上の間、オーディンは存命しているという計算になる」

「そうだな」

「であれば、必然的に次回の『英霊夜行祭ワイルドハント』の勝者はオーディン達という事になるが、私の推測は間違っているかね?」

「……………………」




 間違っていない。

 桜花最大クラン“神々の黄昏ラグナロク”は、来年の三月に行われる決戦に敗北し、壊滅的な被害をこうむる運命にある。



「成る程、その顔から察するに、奴ら相当な大敗を喫するようだな」

「アンタが“神々の黄昏ラグナロク”に移籍するっていうんなら、常闇攻略後にその辺の情報も渡すよ」



 暗に今は話せないと旦那に告げる。


 この辺りはものすごくデリケートな問題なのだ。その場のノリで迂闊うかつに喋っていいようなレベルの話じゃない。

 だから、ノーコメント。俺の顔がどれだけ口ほどに物を言おうとも、それでも本物の口は無言を貫かせてもらう。



「まぁいい。私の心積もりは、大方決まった」



 これ以上の情報は引き出せないと悟った黒騎士は、渋みあふれるバスボイスを鎧越しに震わせながら言った。




「常闇の攻略は請け負おう。金は必要経費と山分け分の精霊石だけで構わない。代わりに情報を提供してくれれば、それでいい」

「ほんとかっ。あぁ、夢のようだよ。アンタと肩を並べられる日が来るだなんて!」



 感動のあまり、つい黒騎士にハグをしそうになったが、やんわりと断られたので大人しく引き下がる。クソ、あと少しだったのに。



「そしてパーティ加入の件についてだが」



 そこで旦那は言葉を区切り、



「保留という形で見極めさせてもらいたい」


 保留ときたか。

 イエスでもノーでもない第三の選択肢。

 どっちつかずの蝙蝠プランだ。



「その選択に至った理由を聞かせてくれないか」

「単純な慎重案だよ。お前達が私の背中を預けるに値する人物か否か試させてくれ」

「要するにアンタは、常闇の攻略を通して俺達の性能チェックを行うつもりなんだな」

おおむね合っている」


 成る程な。


 まぁ、この場で即決するのは確かに性急だもんな。


 実際、向こうからしたら俺の話も百パーセント信用できるかどうか分からないだろうし、下手に即決するよりも、見極めてから決めた方が安牌あんぱいか。




『マスター、この辺りが落し所かと』



 《思念共有》を通して脳内に響き渡るアルの声。

 張り手の後からここまで、一貫して我関せずのスタイルを取ってきた裏ボス様であったが、どうやらちゃんと俺達の会話を聞いていたらしい。



『あの最悪の状況から、ようやくここまで辿り着いたのです。下手に粘って交渉がこじれてしまう前に彼の提案を受け入れましょう』

『だな』



 常闇の攻略は手伝ってくれるみたいだし、信頼関係は旅の中で築いていけばいい。



「オーケー黒騎士。今のアンタの提案、全体的に飲もう。俺達とアンタは、今日からお試しパーティって事で」

「よろしく頼む」


 

 互いに差し伸べた手を力強く握り合う。



「後、今日の話は他言無用で頼むぜ。旦那の事を疑っているわけじゃないが、後で、こいつにサインしてくれ」

「問題ない」


 

 握り合ったまま、もう片方の手で秘密保持契約書の受け渡しを行う。



 さて、これで一通り終わったかな。



 一時はどうなるかと思ったが、なんとか無事に収める事ができた。





「お疲れ様です、黒騎士様」




 振り返ると、給仕を務めていた老婦人が人のよさそうな笑顔を浮かべて立っていた。



 いつの間に現れたのだろうか。


 


「あぁ。滞りなく終わったよ。いや、滞りはあったか。すまなかったね、マーサ。君とルドルフの宮殿にとんだ粗相を働いてしまった」

「いえいえ。あの程度のおいたであれば、むしろ大歓迎ですよ。老いてくると、どうしても日々の暮らしに張りが足りなくなってきてねぇ」

「君もルドルフも、まだ十分に若いだろう?」

「あらお上手」



 まるで海外ドラマのワンシーンを見ているかのようなテンポのいい会話。



 どうやら旦那とマーサさん達は懇意の仲らしい。ゲームでは描かれなかった交遊関係である。



 しかし、そうか。黒騎士にもこういう相手がいたとはね。

 ゲーム時代の印象を引きずっていたせいで、てっきり旦那は、想い人一直線の無口系ハードボイルド傭兵キャラだとばかり思っていたが、どうもそうではなかったらしい。


 

 マーサさんと話している時の旦那は、(そのおっかない外見とは裏腹に)とても紳士的で軽やかだった。



 老婦人と談笑する黒騎士。

 それはある意味、解釈違いではあったけれど、むしろこっちの方が断然良いと俺のオタク脳は喜んでいる。



 いいなぁ、こいういの。大好き。








◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一中間点「住宅街エリア」




 それから三日後の事である。




「えー、本日付けで我々のパーティに加わって頂くことになりました、黒騎士さんです」



 

 中間点の借り家のリビングに、まばらな拍手が鳴り響く。

 なんとも言えない表情で、全身黒鎧の大男を見つめる二人の小娘たち。

 



「ねぇ、なんでこの人――――」

「ハイ、そこ勝手に失礼な質問をしない」

「まだ何にも言ってないよぅ」


 

 うるせぇ。お前の場合、声のトーンで大体分かるんだよ。

 どうせ「なんでずっと鎧着ているの?」とか聞くつもりだったんだろ。無駄にコミュ力ある癖に、たまに全力でブッ込んでくるからな、コイツ。



「…………」



 一方、もう一人の小娘は大層大人しかった。


 静かに、とても静かに黒鎧の騎士を見つめる銀髪ツインテール。

 そしてその華奢な身体は、小刻みに震えていた。



 どういう事だ? 黒騎士とユピテルの間に面識などないはずなのだが



「キョウイチロウ」



 やがてユピテルは、意を決したかのように声を震わせながら俺に訴えかけてきた。





「おしっこもれそう」

「……さっさとトイレに行って来い」



 どうしてこう、ウチの子達はアレなんだ。









「先程、紹介に預かった黒騎士だ。役割はオールラウンダーで、得意なポジションは



 旦那の自己紹介は、初手からぶっ飛んでいた。



 得意ポジションはない――――それはつまり、どのポジションにおいても同一の水準で仕事をこなせるという事だ。



 器用貧乏ならぬ、器用万能。「もう、あいつ一人でよくね」という言葉の体現者。並みの冒険者が言えばただの無能アピールにしかならない文言も、この男が語れば斯様かような意味に変わるのである。




「今回はヒーラーとしての役割を期待されての登用の為、パーティの生命維持を第一とした戦闘行動を心がけていく。至らぬ身ではあるが、お前達の命を守れるように全力を尽くす所存だ。よろしく頼む」




 そのあまりにも雄々しい宣言に、今度は割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 旦那、アンタって奴は……




「ちなみにこの鎧はカッコいいから着けている」

「旦那!?」



 何しれっと飛んでもないこと言っちゃってるの!? 違うでしょ旦那、アンタが鎧兜で身を隠しているのはもっとシリアスな理由があるからでしょ!




「あっ、分かった! この人ちゅう――――モガッ!?」

「違うから、断じて違うから! そういうのじゃないから!」



 特大の爆弾をぶっ放しかけた恒星系の口に、神速の勢いでささみプロテインバーをねじ込む。



 あぶねぇ、あぶねぇ。何、言おうとしちゃってんのコイツ。

 てか旦那も旦那だよ。初対面の相手にそんなボケかましたら、普通に信じちゃうでしょうが!



 

 俺が眼力をたっぷり込めて「頼・み・ま・す・よ」と伝えると、黒騎士の旦那は漆黒のアーマーヘルムを縦に振って言った。




「すまない、今のは軽い冗談だ」 

「そう、冗談! だからみんな、さっきの台詞は笑って流しましょうね」

「本当はコレ、アニメキャラのコスプレなんだ」

「旦那!?」



 ちっげぇだろうがぁっ! ボケにボケを重ねろだなんて誰が頼んだよ!? 


 いや、そもそもアンタそういうキャラじゃないじゃん。アニメのオープニングで、燃える街をバックに、一人たたずんでる系のキャラじゃん。


 そんな奴が「これ、アニメキャラのコスプレなんすよww」なんて言うか!? 言うわけないだろこのスカポンタン!


 



「分かってないな、リーダー」



 しかし、当の黒騎士は全く悪びれることなく持論を語りだした。



「真にたっとぶべきは、自らのイメージではなくチームのカラーだ。特に我々のような稼業は、チームワークが物を言うからね。己の在り方を曲げるつもりは毛頭ないが、だからといってチームの特色をないがしろにしていては、いざという時の連携にほころびが生じてしまう」

「成る程。つまり、こいつは旦那なりに俺達の空気感を再現してみた結果だと」

「そうだ」



 そうだじゃないよ! コンチクショウ!







―――――――――――――――――――




次回予告 童貞が瀕死になる

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