第五十五話 集う強者達










◆ダンジョン都市桜花・第三十九番ダンジョン『世界樹』シミュレーションバトルルーム





 荘厳な城を思い起こさせる白亜の壁と大理石の床。

 天井には高級そうなシャンデリアが飾られており、吹き抜けのフロアを繋ぐ螺旋階段には黄金の装飾がほどこされている。



 まるで、これから舞踏会でも開かれるかのようなファビュラス&ラグジュアリーなその場所に、集められた若手冒険者の数は丁度、百人。



 出場資格であるデビュー三年目という条件の縛りもあってか、参加者の顔ぶれはほとんど若者ばかりである。



 中には俺達どころかユピテルよりも幼そうな見た目の参加者までいるが、決してあなどってはいけない。



 何故ならここに集結した百人は、いずれも有力者の推薦や強豪クランから派遣された次世代のホープ達なのである。



 だからこっちも気合を入れて試合にのぞむ必要があるのだが……。




「いい加減に泣きやめよ、遥」



 隣で絶賛号泣中の恒星系にハンカチを手渡す。


 しかし奴は「尊いよぉ」と嗚咽を漏らすばかりなので、一向にハンカチを取ろうとしない。


 クソ、理由が理由だけにあんまり強い言葉が吐けない。




 遥は“蓮華開花”の、ひいては彼女が率いるクラン“神々の黄昏ラグナロク”の大ファンなのである。



 自分が冒険者を志すきっかけとなった“蓮華開花”の事を奴は心の底から尊敬しているし、“神々の黄昏ラグナロク”の事もファンミーティングに顔を出す程熱を上げているのだ。



 そんな一流のラグ女(ラグナロク好きの女性の事をそう呼ぶんだそうだ)である遥にとって、ここはまさに聖地であり、憧れの舞台なのだろう。



 ジャンルは違うが、何かを愛するオタクとして遥の気持ちは良く分かる。


 だから本音としては、存分に聖地巡礼を楽しんでもらいたいところではあるのだが、残念ながらイベントがイベントだ。


 参加者の中には“神々の黄昏ラグナロク”のメンバーもいるわけだし、ここは心を鬼にしてエースに発破をかけなければ。



「分かってるとは思うけど、“神々の黄昏ラグナロク”さんところのメンバーと当たっても、ちゃんと戦うんだぞ」

「……えっ、なんで?」



 鼻をすすりながら、心の底から不思議そうに首を傾げる恒星系。


 

 まずい、こりゃあ重症だ。




「なんでって、そりゃあ俺達はここに勝つためにやってきてるわけだから――――」

「そうじゃなくって、なんでそんな当たり前のこと聞くの?」



 ……えっ?




「せっかく憧れの人達と戦えるんだよ? 手加減なんて失礼な真似できるわけないじゃん。だからちゃんと倒すし……ううん、むしろ絶対に倒す。出会った瞬間にファンである事を告白してから綺麗バラバラにするの……やんっ、想像したらなんか興奮してきちゃった」




 熱っぽい息を吐きながら、わけのわからない事をおほざきになる恒星系。



「おっ、おう。そうか、悪かったな、へんな事聞いて」

「ホントだよっ、あたしをなんだと思ってるのさ」



 どこに出しても恥ずかしくない立派なポジティブサイコだよ、お前は。



「んで、ユピテル。お前は何やってるわけ?」

「ガチャを回してる」



 お子様は手慣れた手つきでスマホの画面をフリックしていた。



「ちっともピックアップが仕事しない。ウンコ」

「……程々にな」




 こっちはこっちで平常運転である。



 まぁ、この様子ならいつも通りのポテンシャルを出せそうだな。



 善哉ぜんざい善哉ぜんざいと一心地つきながら周囲を何気なく見渡す。



 ……ん? あれは、





「おーっ、真木柱じゃないか」

 


 前方で従者らしき男女をはべらせているウェーブヘアーのお貴族様をとらえた俺は、軽く手を振りながら奴の名を呼んだ。



「むっ、清水凶一郎か」



 どうやらあちら側も俺の存在に気づいたらしい。真木柱獅音は、今日も今日とて煌めく美脚をチラつかせながら、大股開きでこちらに歩み寄って来た。




「驚いたな。君達もこの大会に参加するのか」

「まぁ色々あってな。シラードさんのすすめでこのバトルロイヤルマッチに挑む事になった。そっちは?」

「もちろん、父上のコネだっ!」



 なぜか誇らしげに言う短パン貴族。


 その明けけな感じ、悪くないぜ真木柱よ。



「お手柔らかにな」

「抜かせ。手心など加える暇もなく殺しにかかってくるのが君達だろう?」

「良く分かってんじゃねぇか」

「この前の果たし合いで君達の異常性おかしさは、嫌という程理解できたからな」



 肩をすくめながら、呆れる返ったような吐息を漏らす短パン貴族。


 しかし奴の瞳の奥底に眠る闘争の輝きは、決してあせせてなどいない。


 むしろギラギラに燃えたぎっていた。



「悪いが全力でいかせてもらう。だから君も本気でこい」

「二言はないな」

「当然だっ!」



 真正面から握り拳をぶつけ合い、互いに容赦はしないと約束を交わす。



 ったく、男あげやがって。

 こんな雄々しい噛ませ貴族がどこにいるってんだよ。



「君の方こそ、ボクと出会う前に敗れるんじゃないぞ。なにせ今大会の参加者は、相当の精鋭ばかりだ」

「やっぱレベルたけぇの?」

「“英傑戦姫アイギス”以外の若手有望株が全員集まっているといっても過言ではない」



 そう言って、真木柱は手始めとばかりに左方にたたずむスキンヘッドの三人組を指差した。



「あそこにいるのが、かの有名な面涙めんるい兄弟。無所属ながら、数々の公認大会で好成績を残している武闘派集団だ。中でも長男の雨曇うどん氏の放つ剛拳は、鉄筋の建物をたやすく砕く程の威力だという」

「へぇー」



 確かに見るからに強そうな気配を漂わせてやがる。

 特に真ん中の大男がヤバい。

 あんな綺麗に仕上がった僧帽筋そうぼうきんは、中々お目にかかれるもんじゃないぞ。




「注目すべきは面涙めんるい兄弟だけではない。右端の柱で骨付き肉をかじっている耳付きの少女を見てみろ」

「あの小麦色の肌の子か」



 視線の先にはネコ科系統の獣耳を頭頂部に生やしたショートヘアの少女の姿が見える。


 あれは、確か……。



虎崎銅羅こざきどうら




 ダンマギの獣人族ルートで仲間になるキャラクターだ。


 タイプは敏捷性アジリティ重視の変則シューターで、獣人族ルートの貴重な中衛役として重宝していた記憶がある。




「そう、虎崎銅羅こざきどうら、次期獣人族“四傑”候補と目されている気功術のエキスパートだ。恵まれた肉体から繰り出される遠当てのラッシュは、達人クラスでも手を焼く程の代物であると聞く。ボクも彼女の映像ログを閲覧したが、アレはすごかったぞ。機関銃のような速度で大砲クラスの大穴を次々と空けていくんだ」

「成る程な」



 てか、めっちゃ饒舌じょうぜつに喋るじゃん真木柱。


 

 なんだ、噛ませキャラ止めて解説キャラに移行しようとしてるのか。


 だとしたら、それは我々噛ませ犬業界に対する重大な背信だぞ。


 なぁ、真木柱よ。頼むからそっちに行かないでおくれよ。一緒にヒャッハーしようや。



「他にもあそこの彼岸花坂ひがんばなざか幽璃ゆうりは、五大クランの一角である――――」




 しかし、そんな俺のいたいけな怨念おもいは微塵も届かなかったらしい。


 短パン貴族の参加者解説は、その後もとどこおりなく行われた。



 チクショウ。悔しいけど、滅茶苦茶ためになるじゃねぇか。ありがとよ、真木柱!





「そして、やはり最も注目すべきはあの四人を置いて他にないだろう」




 真木柱の恐れを知らない指先が、白服に身を包んだ四人組を差した。




円城えんじょうカイル、蚩尤しゆう紅令くれいひいらぎ昊空そら黒沢くろさわ明影あきかげ――――“神々の黄昏ラグナロク”所属の俊英しゅんえい部隊だよ」




 白の制服をまとった“神々の黄昏ラグナロク”所属のエリート様達は、そりゃあもうきらびやかだった。



 別に華美に着飾っているわけでもないのに周囲の粒子が輝いて見える理由は、きっと一にも二にも彼らが美形だからだろう。



 蚩尤しゆう紅令くれいひいらぎ昊空そらは、それぞれ黒髪大和撫子とボーイッシュ系美人でキャラ分けされてるし、エルフ耳が目を引く円城えんじょうカイルは、映画スターさながらのルックスだ。



 リーダーの黒沢くろさわ明影あきかげに至っては、最早乙女ゲームの攻略対象に選ばれてもおかしくないような偉丈夫である。



 活力に満ち溢れた褐色の肌に、V系アレンジで遊ばせた中性的な黒髪。闇色にかげろう切れ長の瞳は、男の俺でもときめいてしまいそうな程の造形だ。



 どいつもこいつも美男美女。その上、トップクランのホープとして将来を有望視されているというのだから始末に負えない。



 天は二物を与えずなんて嘘っぱちだ。



 シラードさんしかり、黒沢達しかり、持ってる奴はなんだって持っているのである。



 しかも彼らは―――― 




「彼らは全員が天啓所持者レガリアホルダーである上に、リーダーの黒沢に至っては二天級の実力者だ」



 

 そう。黒沢達のパーティは、メンバー全員が天啓レガリア持ちなのだ。




 強くて、カッコよくて、トップクラン所属で天啓持ち――――大したものだ。本編で主人公達のライバルポジションを務めたそのポテンシャルは伊達ではない。


 ……まぁ、宿敵というよりは序盤の壁って立ち位置だったけど。ライバルキャラが大勢いるんだよな、ダンマギって。





「助かったぜ真木柱。お前がくれた情報のおかげで、大分戦いやすくなった」

「別に感謝されるいわれはない。君達に負けた時の言い訳をされぬようにと事前の策を講じただけだ」

 

 

 なにそのツンデレ。可愛すぎるんですけど。



「……なんだ、その目は」

「いや、可愛いなって」

「気色の悪いことをいうな」



 真顔で腹パンされた。

 バッドコミュニケーション。



「とにかく、ゆめゆめ油断などするなよ清水凶一郎。君を倒すのはこのボクなんだからなっ」



 ずびしっと最後に俺の事を力強く指差して、真木柱は従者達の元へと帰っていった。




 男子三日合わざれば何とやらというが、随分とまぁ立派になっちゃって。



 こりゃあ俺も、うかうかしてらんねぇな。




「キョウイチロウ、楽しそう」



 いつの間にかそばに来ていたユピテルに視線を移す。


 お子様のこめかみには、何故だかごん太の青筋が立っていた。


 


「そういうお前は大分きてんな。なにかあったのか?」

「別に。ただ、世のふじょうりにいきどおりを覚えているだけ」

「そっか。……話は変わるが、ガチャの方はどうなった?」




 スネを蹴られた。



「話変わってない」

「その様子だと、爆死したみたいだな。まぁ、そう気を落とすなよユピテル。ソシャゲってのは、すぐにインフレするもんさ。だから、今回狙ってたやつの上位互換キャラも、その内出てくるよ」

「……キョウイチロウ」

「それはそれとして、これ見てくれよ。今朝もらったログインボーナスで回してみたら単発で出ちった☆ すごくね、俺。これが物欲センサーってやつなのかなっ!」

「キエーッ!」



 鉄面皮のまま、強くツインテールを振り上げてかつてない程荒れ狂うお子様。


 

「くたばれ無課金ゴリラっ」

「重課金の爆死者が何か抜かしておるわ」



 そのままキャッキャキャっキャと小学生女子と戯れている内に時間は過ぎ去っていき、気がつけば大会開始の準備アナウンスが場内に流れ始めていた。




「ご来場の皆さま。大変長らくお待たせ致しました。これより“神々の黄昏ラグナロク”主催による特別バトルロイヤルマッチ、『ホープフルカップ』の開会式を始めます。参加者の方々は奥の特設ステージまで移動して下さい」



 







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