第五十六話 見敵鏖殺








◆◆◆ホープフルカップ概要




 ・本大会は、百名の参加者によるチームバトルロイヤルマッチである。



 ・本大会の参加者は、デビュー三年目未満かつ十八歳未満の冒険者に限るものとする。



 ・勝利条件はラストマンスタンディング。最終的に生き残った一チームの勝利とする。



 ・チームは、一人以上四人以下の人数で構成しなければならない。



 ・戦闘フィールドは、主催者側が用意した複数のマップの中から抽選で選ばれたものを使用する。



 ・戦闘フィールドは、参加者が自由に動く事のできる「セーフティエリア」と、参加者の立ち入りを禁止する「ペナルティエリア」の二エリアに区分くわけされている。



 ・「ペナルティエリア」に侵入した参加者は、戦闘アバターを強制的に分解され、約十秒で敗北ログアウトとなる。



 ・「ペナルティエリア」は、フィールドの外縁部に設置され、時間経過ごとに規模を拡大していく。



 ・ゲーム開始から三時間が経過した時点で全ての戦闘フィールドが「ペナルティエリア」となり、本大会は終了となる。



 ・本大会は装備制限なしのアンリミテッド・ルールである。参加者は天啓レガリアを含む自身の全装備品を自由に扱うことができる。



 ・戦闘フィールド内での共闘行為は、本大会の趣旨に反しない範囲において許可される。ただし、金銭の授受じゅじゅ等を目的とした談合行為が発覚した場合、該当するチーム全てを失格扱いとする。



 ・参加者の初期配置は、ランダムに選ばれた「セーフティエリア」のいずれかである。



 ・チームメンバーの初期配置は、必ず同一の座標である。また、全てのチームの初期配置は、それぞれ他チームから半径二百メートル以上離れたエリアに設定されている。



 ・全ての参加者の戦闘フィールド転送を終えた後、全参加者は十分の戦闘準備期間を得る。



 ・戦闘準備期間中は、全ての攻撃行為及び感知行為が無効化ブロックされる。また、戦闘準備期間の移動可能範囲は、初期配置から半径二百メートル以内の区画に限定される。









◆仮想空間・特殊バトルフィールド・ステージ・市街地シティ





 目覚めた先は、閑静な住宅街だった。


 曇天の空の下に建ち並ぶビルや一軒家の群れ。

 大都会とまではいかないが、それなりの人口が見込めそうなスケールの街並みだ。




『全ての参加者の転送が無事完了致しました。これより十分間の戦闘準備期間に入ります』

 


 響き渡る女声のアナウンスと共に、灰色の空に巨大なホログラム映像が投影された。



 映像の中身は「戦闘開始まで後何秒」と報せるだけのデカい時計でしかなかったが、規模が規模だけに思わず見入りそうになってしまう。


 ……いかんいかん。今は一秒だって惜しいのだ。


 さっさと、ブリーフィングを始めよう。




「さぁ、いよいよバトルロイヤルマッチの始まりだ。準備はいいか、お嬢様方?」

「おーっ!」

「…………おー」



 返って来た言葉は同じはずなのに、温度差は歴然だった。



 いつも以上に元気マシマシな遥さんと、いつも以下のローテンションなユピテルさん。



 元気な方はまだ良いとして、問題はお子様の方だ。


 

 ガチャの爆死の影響か、まとう空気が完全に腑抜ふぬけている。



「おいユピテル。今は一旦、爆死の事は忘れようぜ」

「爆死なんてしていない」

「いや、あれはかなり凄惨な爆死――――じゃなくて、ンな事はどうだっていいんだ。とにかく今は戦闘に集中してくれ。今回の戦いの要は、お前なんだぞ」

「……ダイジョウビ」



 全然大丈夫そうじゃない。


 

 放っておいたら電柱に頭ぶつけて敗退しそうな胡乱うろんさである。



 仕方ねぇな。できればこの方法は使いたくはなかったんだが、うちの砲撃手の目を手っ取り早く覚まさせる為である。



「オーケー、ユピテル。だったら、取引といこうじゃないか」

「取引?」

「あぁ。至極簡単な取引だよ。もしお前がこの大会で頑張ってくれたら、結果のいかんに関わらず魔法のカードを買ってやろう」



 その言葉に、お子様の死んだ魚のような眼が反応を示した。



「今、魔法のカードって言った?」



 よし、食いついた。

 俺は内心でガッツポーズを取りながら、ユピテルの興味を引くような文言をささやいていく。



「そう、魔法のカードって言ったんだ。お前も良く知っているだろユピテル。あらゆるソシャゲの課金アイテムに変換できる魔法のカード――――そいつを、お前の望む分だけおごってやる」

「望む……分だけ」

「あぁ。青天井さ。好きなだけガチャを回せるぞ」

「ふぉおーっ!」



 ぶんぶん、とツインテールを振りまわしながらその場で謎の狂喜乱舞を披露するチビッ子。



 ソシャゲ廃人は扱いが楽で助かるぜ。



「サポートガチャも回してよい?」

「いいぞ」

「じゃあ、五とつもあり?」

「あっ、……あぁ。オテヤワラカニ」



 助……かるぜ。あのゲームのガチャ天井って確か七万だったよな? 

 だとしたらキャラ分とサポートガチャ分×五凸で最大七十万。


 ……うん、一旦考えるのをやめよーっと! 凶ちゃんむずかしーことわかんないや☆





「それじゃあ、お嬢様方。今度こそブリーフィングを始めるぜ。準備はいいか?」

「おーっ!」

「ふぉおーっ!」




 すごく元気な返事と、ものすごく元気なお返事。


 ウチの子達は、いつだって士気が高くてタスカルゼ。




「――――今回の戦いは、いつもやっている模擬戦と違ってフィールドが広い。おまけに大会ルールで敵との初期配置がある程度離れているから、俺や遥の速攻戦術も機能しづらい」



 互いに見合ってよーいドンの決闘形式と違い、広めのフィールドマップでの戦いは感知能力を利用した奇襲及び乱戦がセオリーとなっている。



 しかも今日の大会は、バトルロイヤルだ。

 戦闘中に第三者が乱入してくるという展開も視野に入れた慎重な戦運いくさはこびが重要となってくるだろう。



「少し調べてみたんだが、バトルロイヤルの基本は、霊力感知を用いた見敵必殺サーチ&デストロイにあるらしい。拠点を移動しながら、互いの死角をカバーし合い、なるべく見つからないように隠れながら敵を討っていく――――流動性の高いバトルロイヤルならではの戦術だなと、感心したよ」



 時間経過と共に狭まっていくフィールド、どこにいるのかも分からない沢山の強敵達。



 慎重になって当然だ。単純な力ではなく、立ち回りや気配の読み方が重要視されるのもさもありなんというやつだろう。




 しかし、その理屈が最適解トップメタを張れるのは、参加者の戦力が拮抗している場合の話である。



 ビデオゲームのようにキャラのスペックから装備の獲得機会まで、全てが選べるないしアトランダムな状況であれば、俺も似たような戦術を採っただろう。



 だが、この大会は違う。



 参加者のスペックはてんでバラバラだし、装備の質は天啓レガリアの有無も含めて格差だらけである。



 平等でもなければ、公正でもない。



 弱体化修正ナーフなんて入らないし、最強tire1の真似事なんて雑魚には到底不可能な無制限アンリミテッドルール。



 そんな状況下で俺達が取るべき戦術は、テンプレートに従った小利口な見敵必殺サーチ&デストロイだろうか。




「だけど、ウチのパーティに普通の戦術は必要ない」




 そう、答えはいなだ。断じて否だ、馬鹿馬鹿しい。




「参加者のレベルに合わせる義理なんて、どこにもねぇ。使えるモノは全部使って、立ちふさがる敵を理不尽に蹂躙じゅうりんする。……異論はあるかいお二方?」

「あるわけないじゃん!」

「ぶっころす」




 即答である。

 ここで全く躊躇ためらわずにいられるのが、ウチの強みだと思う。




「よし。じゃあ、セオリーなんざ無視して俺達らしく勝っていこう。基本コンセプトは見敵鏖殺サーチ&キルゼムオール、全キル目指して、片っ端から殺し尽くす。まず初手の構築は――――」









『戦闘準備期間が九分を過ぎました。まもなく、戦闘フィールドの無効化ブロック制限が解除されます』



 灰色の雲の上から聞こえてくるアナウンス音。



 戦いの火蓋ひぶたがいよいよ切られようとする間際まぎわになって、ようやく俺は作戦を語り終える事に成功した。




「また、すっごいのを思いついたね、凶さん」

「大会の趣旨しゅしをガン無視」



 二人の指摘に、若干の後ろめたさを感じつつも、俺はいやいやと首を横に振って反論した。



「元々、自分達にとって都合の良いルールをいてきたのは主催者ラグナロク側なんだ。スポーツマンシップなんて概念は、はなからこの大会にはないんだよ」




 天啓レガリア有りのアンリミテッド・ルールで得をする若手チームなんて、“神々の黄昏ラグナロク”の精鋭チームとせいぜいウチくらいのものだ。



 しかも天啓の総数は向こうが全員に対して、こちらは俺一人。



 装備の差は歴然と言えるだろう。



 勝利の為になりふり構わない姿勢は嫌いじゃないが、こいつはチョイとばかしアンフェアだ。



 だからこそ、俺達もフェアプレイの精神なんてかなぐり捨てて勝ちにいく気概きがいが必要なんだよ。




「ま、運悪くお前の獲物まで巻き込んじまったら、そん時は埋め合わせ考えとくからさ、悪いけどだけは我慢してくれないか?」

「むぅ。りょーかい。……加減してね、ユピちゃん」

「ぜんしょする」




 お子様は適当な返事を遥に寄こすと、そのままヨチヨチと俺の背中を這い上っておんぶ体勢に入った。



「移動はキョウイチロウに任せる」

「あいよ」



 現実リアルから俺の背中に着けておいた特注のおんぶ紐の中に身を潜め、頭だけをぴょこんと覗かせるチビッ子砲撃手。



 威厳など欠片もない格好だが、本人的には楽チンだからアリらしい。

 



「…………いいなぁ」




 不意に恒星系がぽつりと小さく呟いた。




「? なにがいいんだ、遥?」

「あっ、いや。何でもないっ。さぁ、気合入れてワクワクするぞーっ!」



 ほんのりと顔を紅潮させながら、蒼穹をぶんぶんと振り回す遥さん。



 大丈夫かアイツ。ログインしたてのはずだから、疲労の心配はないはずなんだが。





『戦闘フィールドの無効化ブロック制限解除まで、残り十秒、九、八』





 そんな風にいつも通りのやり取りを繰り返している内に、カウントダウンが始まってしまった。



 とはいえ、焦る必要はない。



 伝えるべき言葉は、すでに伝え終えている。


 だから後は、全力で本番に臨むだけだ。




『三、二、一、戦闘フィールドの無効化ブロック制限が解除されました。これより、ホープフルカップの開幕です』




 天の声が告げた戦闘開始の合図と共に、世界の空気が一変した。



 正常な機能を取り戻した霊覚がざわめき始め、多種多様な霊力を正確にとらえようと駆動する。



 ここから先は、情け容赦無用のバトルロイヤル。



 勝ち残った一チームだけが全てを手にする弱肉強食の生存争いだ。



 だから俺達も、初手から飛ばすぜ全力全開フルスロットル




「っし、ンじゃあ早速ぶちかましてやれ、ユピテル!」

「もうやってる」




 背中越しに聞こえてくるチビッ子砲撃手の宣言と共に、数十本の『霊力経路バイパス』が灰色の虚空目がけて飛翔する。



 直進、湾曲、分岐、旋回――――曇天を駆け回る数多の霊力経路バイパス一つ一つが、敵をつけ狙う狩人の眼。



 五山先まで見通せる異次元の感知能力と、シラードさん級と本人に言わしめた砲撃手としての素質が重なり合った奇跡の御業みわざが、フィールド中の敵へと牙をく。



「位置が悪い。北端ここからだとまでしか狙い撃てない」

「十分だ。そいつらまとめてブッ倒したら、中央エリアに移動するぞ」

「りょーかい。《堕ちて》」





 

 《堕ちて》――――それは、面倒を嫌うユピテルらしいとても簡素な術式である。



 効能はシンプルな落雷攻撃。

 彼女の放つスキルの中では、最もノーマルな性能である。




 だがそれは、威力だけならば一つ上のクラスに届き得ると評されたあの亜神級神威型ケラウノスを基準にした普通ノーマルだ。



 瘴気と雷という二つの属性が混じり合った黒雷の一撃に、ヒト科の生き物が耐えられる道理などあるはずがない。


 

 故にこの大災害は必然だった。



 轟音、閃光、稲妻の嵐。



 爆ぜる、爆ぜる、空が漆黒色に爆ぜていく。



 天気が曇りから黒雷の雨へと切り替わった瞬間、閑静な住宅街はたちまちこの世の地獄へと成り変わった。



 建物は粉々に砕かれ、辺り一面に次々と火災が発生する。


 耳をつんざく断末魔、隠密行動をかなぐり捨てた敵方が、虫の様に宙を飛ぶ。

 だが、無駄だ。

 飛ぼうが逃げようが隠れようが、下される判決はただ一つ。



「《堕ちて》」



 必死に逃げようとする犠牲者たちに無慈悲な次弾おかわりが飛来した。




「六十九人目、ロスト。七十人目、ロスト。七十一人目と七十二人目に次弾発射。《堕ちて》、ロスト、ロスト。射程内の敵、せんめつかんりょうオールクリア




 もぞもぞとおんぶ紐にくるまったお子様が告げる、あまりにもいつも通りな鏖殺報告キリングレポート




 どうだい主催者さん達よ、これが俺達流のバトルロイヤルの攻略法だ。



 隠れながら戦うハイド&シーク? 即時奇襲と即時撤退ヒット&アウェイ



 そんな温い戦法、誰が使うかっての。



 今のバトロワ業界のトレンドは、MAP兵器を使用した大量広域先制砲撃なんだぜ?






【生存者:残り二十八人】






―――――――――――――――――――――――――――――




そんなトレンドは、ない







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