第四十三話 雷霆の獣と夢みる少女4












浪漫ろまん工房『ラリ・ラリ』






「おにーちゃん、約束守ってくれてうれしいよ。いっぱい買ってくれて感謝ね」

「いえ、こちらこそ結構まけてもらっちゃって、ありがとうございました」




 ベビーキャップのじいさん店主に礼を言い、アクセサリー屋を後にする。


 あれもこれもと買ってしまったおかげで、結局、かなりの出費になってしまったが、まぁいい。

 

 これだけスペックの高いアクセサリーならば、値段相応の活躍をしてくれるはずだ。


 本当、品質だけはいいんだよなぁ、ここ。




 金額と変態達の濃い接客におし負けさえしなければ、『ラリ・ラリ』は、かなりの優良店である。



 次の『ケラウノス』戦は、いかに強力な装備を用意できるかにかかっているといっても過言ではないからな。


 性能重視でいくなら、『ラリ・ラリ』一択ってわけよ。



 さて、粗方あらかた必要な物も手に入ったし、グレンさんから新しい着脱式戦闘論理カートリッジも受け取った。

 名残惜しいが、そろそろこの変態の巣窟ともお別れの時間である。


 さらば、愛しの変態達。今度会うのはグレンさんだけだ。



 俺は変態達から解放される喜びに打ち震えながら、うきうきステップで『ラリ・ラリ』の門扉もんぴを抜けだしていく。



 シャバの空気は、大層爽快だった。








「やぁ、キョウイチロウ。息災かな」


 

 シラードさんからの電話がかかってきたのは、その帰り道のことである。




「どうも、シラードさん。お久しぶりです」



 スマホ越しに社交辞令のような会話が、ぽんぽんと飛び交っていく。


 探り合いというか、様子見というか……あまり意味があるとは思えないやり取りが数分続いた後、シラードさんが俺に伝えてきたのは「今から会えないか」という趣旨の文言だった。



 “燃える冰剣Rosso&Blu”の主から突然のラブコール。

 もちろん、二つ返事でオーケーさ。


 こんなレアイベ、一ダンマギファンとして見逃せるかっての。







◆ステーキハウス『ドナドナドナルド』




 指定された店舗に足を運ぶと、そこには優雅な手つきで厚切りのサーロインステーキを召し上がるシラードさんの姿があった。



「やぁ、キョウイチロウ! また会えて嬉しいよ」



 ハッハッハ! と高そうな肉をフォークで刺しながら爽やかな頬笑みを浮かべる“燃える冰剣Rosso&Blu”の主。


 ステーキソースもしたたる良い男ってか。

 くそ、イケメンは何をしても様になるから、羨ましいぜ。ちょっとキュンと来ちまったじゃねぇか。



「再びお目にかかる事ができて大変光栄です。それで本日はどういったご用件で?」

「その前に、一つ腹ごしらえといこうじゃないか。好きな物を頼みなさい。おごるよ」

「あっ、ありがとうございます」



 俺はシラードさんにうながされるまま、ステーキのランチセットを頼み、極上の肉厚ステーキに舌鼓を打った。



 貸切の店で、昼間から奢りのステーキとか最高すぎるだろ。



「気に入ってくれたようだね」

「はい! 厚みがあるのに、柔らかくってめっちゃ美味しいです!」



 りんごと玉ねぎベースの和風ソースもいい味出してんだよなぁ。

 ステーキはおろしポン酢派だったが、ちょっと価値観変わりそう。



「実はここの店主は合衆国出身の人間でね。本場仕込みのステーキを皇国民好みの味付けで提供するハイブリッドブランドを確立したパイオニアとして、界隈では少々名が知れているんだ」



 成る程。言われてみれば、確かに皇国民の好きそうな味わいだ。

 単純にソースが和風なだけでなく、付け合わせやシーズニングスパイスもちゃんと和のテイストでいろどられていて、なのにしっかりと本場の力強さを感じさせる。


 まさに作り手の創意工夫が行き届いた逸品だ。


 噛めば噛むほど幸せがやって来る。



「こりゃあ、繁盛しますわ」

「ハハハッ。その意見には私も同意するよ。顧客のニーズに合わせた調理法、店主の優れた経営手腕、そして何よりも、この国の寛容な風土が追い風になったのだろうね」



 寛容な風土?

 何かの聞き間違えか?



「寛容、なのでしょうか」

「意外そうな顔をしているね」



 そりゃあ、驚くさ。

 他ならぬ異国民代表のシラードさんから斯様かような台詞が出てくるなんて、想像もしていなかったもの。




「あくまで政治を知らないガキの戯言ですけど、この国は異種族や異国民に厳し過ぎると思うんです」

「異国の人間に厳しいのは、どこの国のでも一緒さ。むしろ皇国は先進国家の中でも極めて進歩的リベラルな部類だよ」

「その根拠は?」



 シラードさんが紙ナプキンで口元を拭きながら答える。



「異国出身である私が、皇国有数のダンジョン都市である桜花の顔役として認められ、同じく異国出身の彼が経営するこの店が、正当な評価を受け繁盛している。加えて、税金も皇国民と同じ仕組みで支払う事ができるのだから、至れり尽くせりだよ。私の故郷ならば、異国の民というだけで重い税金が課せられるというのにな」


 

 ハッハッハッと爽やかに重いエピソードを語る灰髪の偉丈夫。



 そういうもんなのか。

 ゲームでは、異国民政策の影の部分ばかりが強調されていたから、てっきりそういうものだと認識していたのだが、どうも俺の考えは偏見まみれだったようだ。反省。




「とはいえ、キョウイチロウの言うような厳格な側面も当然ある。特に、一度でも法の穴を抜けた異国出身者に対して、皇国が情けをかけないことは……君も分かっているよね?」

「……はい」



 白か黒なのだ。

 皇国の一員として勤めている間は良き隣人として振舞うが、少しでも間違いを犯せばスパイやテロリストとみなして徹底的に裁く――――白か黒、異国の民にはグレーゾーンが存在しない。




「ユピテルは、危ないところにいたんだ。少しでも傷つけば、あるいは一定以上のストレスを貯め込めば黒雷の獣が怒り狂う――――同情すべき過去があるとはいえ、野に放てばいつ爆発するかも分からない爆弾と行動を共にすることは、我々にとってリスクが大きすぎたのだよ」



 その述懐じゅっかいは、あるいは懺悔だったのかもしれない。

 一人の少女をついぞ助ける事の叶わなかった男の深い後悔とやるせなさが、そこにはあった。




「彼女がダンジョンの攻略中に“暴発”した事は一度や二度ではない。獣の攻撃に巻き込まれて、浅くない傷を負ったメンバーも沢山いる」



 それでも、ユピテルの“暴発”が、世に知れ渡ることはなかった。

 何故か。



かばってくれていたんですね」

「そんな高尚こうしょうな話ではない。我々は、単に彼女の罪が、こちら側にまで波及はきゅうする事を恐れていただけさ。隠蔽工作とそしられても、反論はできんよ」



 嘘だ。

 本当に利益を優先するのであれば、被害者として即刻ユピテルを警察に突き出せばよかったのだ。

 隠蔽なんて働けば、バレた時に余計なリスクがかかるだけである。

 にも関わらず、シラードさん達がユピテルを二年間もの間、かばっていたのは、つまりそういう事なのだろう。




「ずっと不思議に思っていたんです。あの日シラードさんは、どうして俺達みたいな新参者相手にハイリスクハイリターンな賭け試合を敢行かんこうなされたのだろうかって」



 最初は、単なる思いつきだと思っていた。

 

 試合に適度な緊張感を持たせて、俺達の本気を引き出そうとしていたのだと、それ位の認識でいたんだ。


 今考えればお気楽にも程がある。


 シラードさんは、おそらくあの時点で、いや、俺達と会う前からこの盤面を思い浮かべていたのだ。




「シラードさんが勝った場合、“燃える冰剣Rosso&Blu”のメンバーと強制的にパーティを組ませて、俺達に十層を攻略させる、そして俺達が勝った場合は、シラードさんがりすぐりの砲撃手を俺達に提供する――――あの時は全く気づきませんでしたが、これって根本的には同じ意味ですよね?」




 勝つにしろ負けるにしろ、俺達は“燃える冰剣Rosso&Blu”のメンバーとパーティを組むことになる。



 十層攻略という目くらましのせいで、判断を見誤っていしまったが、気づいてしまえば、どうという事はない。



 あの会合と模擬戦の正体は、ユピテルを預けるにふさわしいパーティを見つけ出す為のテストだったのだ。




「シラードさんが天啓レガリアからを一切使わず、愚直なまでの真っ向勝負を挑んできた理由も今なら分かります。あの日の貴方は、『ケラウノス』だった。そうでしょう?」



 圧倒的な火力による攻撃と機関銃の様なスピードで放たれるエネルギー攻撃の掃射。


 確かにあれらの攻撃はおしなべて強力なものばかりだったが、【四次元防御】を持つ俺と、エネルギー系統に特攻を持つ遥ならば十分に越えられる壁だった。



 それを承知の上でシラードさんが熱術での真っ向勝負に終始していた理由は、俺らが『ケラウノス』の暴虐に耐えるのかを精査する為だったのだろう。


 事前のお茶会で、さりげなく『蒼穹』のスペックを聞き出していたのも抜け目がない。




 俺達がテストに不合格だった場合は、どうしていたのかって?

 その時は、賭けの内容は冗談だったとでも言えばいいのさ。

 賭けの負け分を、勝者が帳消ちょうけしにすると申し出たら、普通、敗者は快諾かいだくするからな。




「あの獣は、強大だ。私を真っ向から打ち破れる程の猛者でなければ、戦いの土俵に立つ事すら敵わない程に」




 シラードさんの『ケラウノス』評は、残念ながら的を射ている。



 桜花のトップクランが御しきれないレベルの化物なんだよ、アイツは。




「他の五大クランに頼むことは、」

「それが叶うような関係性を築けていたのならば、我々はとっくの昔に一つのクランとしてまとまっていただろうね」

「……ですよね」



 五大クランには、それぞれ特色がある。



 例えば“燃える冰剣Rosso&Blu”ならば、異国の民達の相互扶助組織というカラーがあるし、別の五大クランは、異種族同士の寄り合いという側面を持つ。



 そして別々の信念を持ちながらも、同等の力を持つ組織が五つも乱立すれば、必然的に見えない力場が発生するものだ。



 縄張り。駆け引き。化かし合い。



 火花で繋がる五角関係ペンタグラムに無償の助け合い等という概念は存在しないのである。

 



 “燃える冰剣Rosso&Blu”でも御しきれなかった『ケラウノス』ごと彼女を受け入れられる実力があり、なおかつ五大クランの息がかかっていないパーティ。



 シラードさんがユピテルの受け入れ先に求めなければならなかった条件は、ありていに言って無茶なものだったのだ。

 



「――――君達と出会えたことは、け値なしの奇跡だったよ」



 奇跡、か。

 まぁ、そうだろうな。


 実際、原作には存在し得ないパーティだし。



 そして奇跡が起こらなかった世界のアイツは…………いや、よそう。

 あんな未来を実現させない為に、今俺達はこうして話し合っているんじゃないか。



「絶対防御の力を持つキョウイチロウと、エネルギーを切り裂く力を持つハルカ。君達二人の存在は、折れかけていた私の心に、希望という名の篝火かがりびを灯してくれたのだ」




 五大クランの関係者ではないとはいえ、俺達のところにいわくつきのユピテルを預ければ、最悪“燃える冰剣Rosso&Blu”の醜聞が世に広まる可能性だってあったのだ。



 だというのにシラードさんは、リスクを承知で俺達とユピテルを結びつけた。


 その選択にどれだけの想いがこめられていたのかを正確に推し量ることはできない。

 だけど、五大クランの一長にこれだけの期待と信頼を置かれてしまったら、おいそれと“逃げる”のコマンドが使えなくなってしまうではないか。




「シラードさんの気持ちにどれだけ応えられるのかは分かりませんが、やれるだけのことはやってみるつもりです」

「勝算はあるのかね?」

「プランはあります。後は、その勝ち筋をどれだけ確度の高いものに仕上げられるのかが、今度の戦いの肝ですね」




 俺の発した一言に、灰髪の偉丈夫いじょうふ瞠目どうもくする。



「詳しく聞かせてもらえるかな」

「はい。まず段取りとしてはですね――――」




 そしてその驚きの感情は、次第に歓喜の笑みへと変わっていき、最後にはお決まりの「ハッハッハ!」へと昇華された。




「この短期間の内に、よもやこれ程の奇策をしたためてくるとはな! 面白い! 実に面白い試みだキョウイチロウ!」

「結構な綱渡りですけどね。実質、俺と遥の二人で動かなければならないし」




 あの雷親父モンペと戦うということは、即ちユピテルの力は借りられないということだ。



 もちろん、その点を加味した上で戦略を立てているから問題はないのだけれど、おかげで個々人の重要性ウエイト尋常じんじょうじゃない程跳ね上がってしまった。



 ぶっちゃけ俺か遥のどちらかが負傷すれば、その時点でゲームオーバーは確実だ。

 だから『ケラウノス』調伏わからせ作戦は無傷でやり通さなければならない。

 

 死神野郎を二回りは上回る雷親父モンペ相手にノーミスノーダメで挑もうだなんて、我ながらどうかしてると思うよ?


 でも、瘴気の雷なんてまともに喰らったら戦闘どころじゃなくなるからね。


 被弾イコール即死亡くらいの認識でいかないと、あっけなくやられる恐れがある。



 圧勝か、全滅かオールオアナッシング



 『ケラウノス』戦の結末は、どちらに転ぼうと劇的なものになるだろう。




「ならばその負担、この私が請け負おうじゃないか」



 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。



「すいません。おっしゃっている意味が良く分からないのですが」

「君達の作戦に、私も加わえてくれと頼んでいるのだ。どうだい、このジェームズ・シラードを、顎で使ってみる気はないかね?」







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