第三話「ホワイトヒル王国」

 リアが高速飛行をし始めてから、暫く経った後。

「ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ……」

 正に息も絶え絶えという様子で、必死に飛んで来たロリコンドラゴンが漸く追い付いた。

 見ると、空中に静止しているリアは、城壁に囲まれ、最奥には美しい巨大な白亜の王城が聳え立つ巨大な都市――ホワイトヒル王国の王都――を見下ろしながら、何やら考えている。

 ロリコンドラゴンは、息を整えつつ、

 先程、同じ人間にも拘わらず、黒翼を生やした姿を見られて、悲鳴を上げて逃げられたからのう。流石のリアも、思うところがあるんじゃろう。

 と、思った。

 ――が。

「どっちが良いんだろう? 全員殺してから食い物を奪うのと、殺さずに奪うのと」

 ――リアの発言は、ロリコンドラゴンの予想を遥かに上回っていた。

 聖剣を鞘から抜き放つリアに対して、ロリコンドラゴンは、慌てて、

「何でそうなるんじゃ!? 金を出して買おうとか、金が無いなら、分けて貰えないかと頼んでみるとか、何故そういう思考にならんのじゃ!?」

 と、言った。

 その言葉に、リアは、

「あ、そっか」

 と、あっけらかんと反応しつつ、聖剣を鞘に戻した。

 そんなリアを見ながら、ロリコンドラゴンは半眼で、

 こやつ……記憶と共に、人間性まで失ったのではないじゃろうか……

 と、内心で呟いた。

 リアは、

「じゃあ、行くか」

 と言った。

 ロリコンドラゴンは、

「そうじゃのう。まずは、城門にて、衛兵たちに用件を――」

 と答えるが、その間にリアは、王都のど真ん中に向かって、急降下をし始めていた。

 慌ててロリコンドラゴンは、

 せっかちにも程があるのじゃ!

 と思いつつ、

「翼を見られたら、きっとまた怖がられるのじゃ! 出来るだけ人目のつかない所に下りるのじゃ!」

 と叫びながら、追い掛けていく。

「え~!? 面倒臭いなぁ~」

 と、顔を顰めながらも、リアは軌道修正し、人気のない路地裏へと降り立った。

 リアは黒翼を消すと、大通りに向かって歩き始めた。

 続いて路地裏に舞い降りたロリコンドラゴンも、ふよふよと飛びながら、その後を追った。

 大通りに出ると、大勢の人が行き交っていた。

 通りの両側に、石造りや煉瓦造りの綺麗で大きな建物が立ち並ぶ。

 それらの多種多様な商店と共に、大通りには、溢れんばかりの露店があった。

 ロリコンドラゴンは、リアの横をゆっくりと飛行しながら、

「冒険者ギルドがあるはずじゃ。そこに行けば、金を稼ぐ方法も教えてくれるじゃろう」

 と言った。

 リアは、

「冒険者ギルドか。一体どこに――」

 と言い掛けたが、

「……こっちな気がする……」

 と言って、歩いて行った。


 少し歩くと、冒険者ギルドへと辿り着いた。

(どうやら、あたしは、記憶を失う前に、ここに来た事があるみたいだな)

 と思いながら、中へ入って行く。

 薄暗い建物の中には、テーブルが幾つか置いてあり、強面の荒くれ者たち――恐らくは冒険者なのだろう――が、数人ほど座っていた。

 彼らには目もくれず、リアは、奥のカウンターへと歩いて行った。

 カウンター内には、十字架の中心に太陽が象られたペンダントをした中肉中背の中年男性がおり、平均的な幼女らしく小柄なリアは、男性を見上げながら、こう言った。

「金を出せ」

「「「「「!?」」」」」

 物騒な台詞に、カウンターの男性だけでなく、テーブルに座っている冒険者たちが反応して、一瞬で殺気立ち、腰の剣や背中に背負った斧に手を掛け、立ち上がる。

 ――が、その台詞を吐いた者が年端もいかない幼女であると知って、「なんだ、ガキか」等と呟きながら、使い慣れた得物から手を放し、座った。

 思わずロリコンドラゴンが、リアの耳元で、

「それは強盗の台詞じゃ!」

 と、小さい声で、しかし必死に突っ込む。

 ちなみに、ロリコンドラゴンは、自分がドラゴンだと知られてしまうとマズいと思って、リア以外には喋っている声を聞かれないようにと気を使っている。

 カウンターの男性は、

「何言ってんだ、ガキ? あんま舐めた悪戯してると、ガキでも容赦しねぇぞ?」

 と言って、凄んだ。

 リアは、ムッとしながら、

「あたしは真剣だ!」

 と言った。

 男性は、「はぁ」と溜息をつくと、

「あのなぁ、ここはお子様の遊び場じゃ――」

 と言い掛けるが、ふと、リアの顔の横をふわふわと飛んでいる、見慣れない生物を見て、問い掛けた。

「……ガキ、その奇妙な生き物は何だ?」

 リアは、

「見て分からないのか? これはド――」

 と、素直に答え掛けるが、その言葉は、

「ピー! ピーピー!」

 と、必死に甲高い鳴き声を出すロリコンドラゴンによって、遮られた。

 流石のリアも、ロリコンドラゴンの意図を酌んだらしく、

「ド……どこにでもいる、普通の鳥だ」

 と、答えた。

 男性は、

「普通の鳥……ねぇ……」

 と、冷や汗を垂らすロリコンドラゴンを訝しげに見詰めていたが、

「まぁ、良い。ガキは帰った帰った」

 と、手を振って、リアを追い出そうとした。

 その態度に、リアが、

「あ?」

 と、顔を歪ませ、怒気を含んだ低い声を上げつつ聖剣の柄を右手で握ると、慌ててロリコンドラゴンが、リアの耳元で、

「仕事を紹介して貰いに来たのじゃろうが! 仕事じゃ! し・ご・と!」

 と、必死に呟く。

 尚も怒りの表情を浮かべるリアだったが、

「食べ物のためじゃ!」

 と、ロリコンドラゴンが囁くと、

「チッ」

 と、舌打ちして、聖剣から手を放しつつ、

「仕事よこせ」

 と、男性に向かってぶっきらぼうに言った。

 男性は、

「その生意気な態度、ムカつくな」

 と言って眉を顰めたが、

「まぁ、ガキに目くじら立てても仕方ねぇか」

 と言うと、

「そこに貼ってあるだろ? 好きなのを選んでカウンターまで持って来い」

 と言って、顎で指した。

 見ると、壁一面に、様々な依頼書が貼ってある。

 リアは、

「一番報酬が高いのはどれだ?」

 と、聞いた。

 男性は、

「ドラゴン討伐だ。どのドラゴンかは、特に指定はない。どんなドラゴンでも、倒せば報酬が貰える。左端の、一番上に貼ってある奴だ」

 と、答えた。

 すると、リアは「よっと」と、跳躍して、その依頼書を剥がすと、カウンターの上に置いた。

 それを見た男性は、

「……って、おい。まさか、本気でドラゴンを倒すつもりじゃないだろうな、ガキ?」

 と、怪訝そうな顔をした。

 男性は、リアの事を、

 どうせ、父親が元冒険者とかで、冒険者に憧れた口だろう。

 と、その見た目から、単なる非力な幼女だと思っていたのだ。

 リアは、

「本気だ」

 と、当然のように答えた。

 その瞬間――

「「「「「ギャハハハ!」」」」」

 ――冒険者たちが、笑い転げた。

「おい、聞いたか?」

「ドラゴン討伐だってよ!」

「あのガキが?」

「蜥蜴の間違いじゃねぇのか?」

「あたち、蜥蜴なら倒せまちゅーってか?」

「蜥蜴と勘違いしてんだな! 可愛いじゃねぇか!」

 リアは顔を顰めると、再び聖剣に手を掛ける。

 ロリコンドラゴンは、再度慌てて、

「あんな奴ら、放っておけば良いのじゃ! お主が本当にドラゴンを倒したら、どうせ、何も言えなくなるに決まっておるのじゃ!」

 と、リアの耳元で呟いた。

 リアは、再び舌打ちすると、聖剣から手を放した。

 カウンターの男性が、

「自殺志願者を募ったつもりはねぇんだがな。死ぬ気か?」

 と聞くと、リアは、

「あたしが死ぬ訳ないだろうが。手続きが済んだなら、あたしは今からドラゴンを狩って来るからな」

 と言って、踵を返そうとした。

 男性は、止めても無駄だと思ったのか、

「はぁ。分かった。これ持って行きな。それで手続きは完了だ」

 と、溜息をつきながら、カウンター内から予備として保管してあったもう一枚の同じ依頼書を取り出して、それをリアに向かって差し出した。

 振り返ったリアは、それを受け取ると、荒々しく胸元にしまって、冒険者ギルドから立ち去って行った。

 

「まさか、いきなり最上級モンスターであるドラゴン討伐の依頼を選ぶとはのう。じゃが、お主なら倒せてしまうような気がするのじゃから、不思議なものじゃ」

 と言いながら、ロリコンドラゴンがリアの横をふよふよと飛んでいる。

 路地裏に行き、周囲に誰もいない事を確認したリアは、背中に黒翼を出現させて、高空へと一気に舞い上がった。

 そして、

「ドラゴンは、どこにいるんだ?」

 と、必死に後ろからついて来るロリコンドラゴンに向かって聞いた。

「そうじゃのう。大抵は、どこかしらの山の頂上付近に棲んでおるもんじゃが」

 と答えたロリコンドラゴンは、周囲を見回して、見覚えがある景色である事を確認しつつ、

「この近くじゃと……恐らく、あちらの方じゃな」

 と、指差した。

 すると、リアは、

「よし、あっちだな!」

 と言うと、いつものように高速で飛翔して行った。

 ロリコンドラゴンは、その後ろから、

「だから、待つのじゃ! 少しは儂の事を気遣うのじゃ!」

 と言いながら、必死に羽搏いて追い掛けて行った。

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