外伝1−2.複雑な意味を持たせる大人

 結婚式が終わって、翌朝。僕は用意された馬車に乗り込んだ。姉様とカスト兄様が部屋から出てこないとか。そんな話は聞きたくない。早朝から馬車で出かけると言ったら、お母様はからからと笑った。


 こう言うところ、本当にお母様だ。気の毒そうな顔をするお父様より余程いい。変に気遣わないで欲しいんだ。僕は可哀想じゃないから、同情は不要だった。


 揺れる馬車の中で、俯きそうになる顔を無理やり上げる。アナスタージ侯爵家は、前王家の宰相だった。だから王都の中でも、王宮に近い位置に屋敷を構えている。石畳を揺られること数十分、ようやく馬車が止まった。


 自ら馬車を降りて、待っていたアナスタージ侯爵に会釈する。隣でスカートを摘んだオリエッタ嬢が一礼した。そちらにも会釈し、侯爵に声をかける。


「昨日は姉の結婚式へご参列いただき、ありがとうございました。オリエッタ嬢と出掛ける約束をしています。護衛はつけますか?」


「ご丁寧にありがとうございます。王太子殿下、口調はもう少し傲慢で構いません。丁重すぎますね。それとは別に、彼女は良い子です。気を持たせるだけなら、おやめ下さい」


 父の下でも宰相を命じられた彼は、まるで教師のように言い聞かせた。不思議と腹は立たない。この忠告が、真に僕のことを考えての発言だと感じた。だから本音で返す。


「忠告痛み入る。オリエッタ嬢は僕の戦友みたいな関係だ。今後のことは……今日決まるだろう」


 まだ友人関係に過ぎない。同じ痛みを抱えた戦友のような人だけど、僕は彼女が気になる。その気持ちの正体が分かれば、僕は彼女との関係を選ぶ。その見極めのため、今日をもらえないか?


 交渉とは呼べない不器用な願いだった。自分でもあんまりだと思う。好きかどうかさえ、現時点で断言できないのだから。アナスタージ侯爵の遠縁なら、婚約者にすることは可能だと匂わされた。父上も侯爵も同じことを言う。


 ただ仲良くなりたい。一緒に痛みを分かち合いたい。そう願うことさえ、王族には難しいのかな。感傷に浸るほど大人じゃないけど、切なくなった。


「おじさま、行ってまいります」


 話を打ち切るように微笑んだオリエッタ嬢は、僕に手を伸ばした。下から受けて握り、彼女の笑顔に微笑み返す。ああ、そうか。それだけでいいんだ。まだ僕は子どもでいられる年齢だった。背伸びして大人の顔をする必要なんてない。


「夕方には戻ります。ご心配なく」


 期限だけ告げると、さっさと馬車に乗り込んだ。侯爵が何も言わなかったのは、気遣いだと思いたいな。呆れたんじゃないといいけど。揺れる馬車の中で、オリエッタ嬢は大きく伸びをした。


「ああ、窮屈だった。おじさまったら、あれこれ煩いのよ。王族に嫁ぐ心構えを朝から聞かされたけど、まだそんな仲じゃないわ」


 あけすけに語る彼女に、好感が高まる。こんな正直な子、確かに王家向きじゃないから……アナスタージ侯爵の心配はここかな? ふふっと笑った僕に、ミント色の明るいワンピースの裾を直す彼女は肩をすくめた。


「普段からそうやって笑ってれば良いのよ。難しい顔した王様なんて、ごめんだわ」


 揺れる馬車の中、僕は彼女との距離が縮まるのが嬉しくて、小さな思い出話をいくつか話した。お礼のように、オリエッタ嬢は家族の話をしてくれる。それが嬉しかった。

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